時は遡ること選考の決勝へ
なにを坊主頭の彼がこんなに僕を慰めようとしているかというと理由はリレーを走っている最中にあった。既に選抜リレーへの出場が決まっていた彼女と雨宮さんはゴール付近で僕らを待ち構えていた。男子のリレーのピストルが鳴り、走り出すと2人の声援が走っている僕にさえ聞こえた。特に彼女の声援が。スタートが他の人より遅れてしまった僕は8人中3位で半分の50メートルを走り終える。因みに坊主頭の彼は僕のひとつ前に位置していた。彼女は僕らを応援するあまり熱くなってしまったんだろう。突如とんでもないことを言い出した。
「太陽くん負けたら変態って言いふらすゾォ!!」
その時僕だけでなく、周りの人も絶対思っただろう。もう言ってますよ。と。きっと彼女には微塵の悪意も無かったんだろう。変態と言われる原因は少なからず僕にも少しはある。だからといってなんで今言うの。という感情が湧き出てきた。しかしそんなカミングアウトが聞こえてしまったからか、体の中の体温が一気に上がっていく感じがした。なぜだかわからないけどその彼女の言葉で僕に火がついた。きっと負けたらこれ以上に被害が拡大するというせめてもの防衛本能だろう。瞬く間に坊主頭の彼を追い抜き、1位につけていたクラスの人気者の恩田くんも抜いてしまった。そのまま減速することなく、トップでゴールラインを通過した。その瞬間、ゴールで待ち構えていた2人は僕を派手に出迎えてくれた。彼女に文句のひとつでも言ってやろうと思ったけれど2人の顔を見ていたら今言うことじゃないと踏みとどまった。
宣言しよう。僕はこの瞬間、クラスで1番目立っていただろう。それはもちろん僕にとって悪い意味で。クラスの女子はおろか、担任の先生まで僕が勝ったことに唖然とし、クラスの男子は世間一般的に容姿の優れている2人と話している僕を睨み、僕に追い抜かれる結果となった恩田くんは他の男子の倍ほど鋭い目で睨んできた。しかししばらくするとその場もなんとか収集がついた。そのまま3人で教室へ帰っていくと八雲くんがむくれた顔でこちらに走ってきた。
「ちょっと何か忘れてね?」
「なにも?」
雨宮さんはサラリと言い放った。
「いや俺のことは出迎えてくれないの!?ゴールギリギリのところで恩田を抜かし、選抜リレーへの出場を決めたんだぞ!?」
「あ、ごめん日向くんのことで盛り上がって忘れてた。」
冷静に言い放つ雨宮さん
「私は別に忘れてたとかじゃないからね?うん。違うよ?違うから。嘘じゃないから。」
明らかに動揺した表情で言い放つ彼女
「4人で選抜リレー出るって言う約束忘れるなよ!そして夜科嘘下手か!バレバレだわ!ていうか夜科、なんか日向が変態だとか騒いでたけど新手のイジメ?笑」
「山田くん何言ってるの?そんなこと言ってないよ!」
「いやいやツッコミどころ満載だわ。山田じゃない俺八雲。そんで変態って言いふらすゾォ!!って言ってた。」
「雫、私そんなこと言ってなかったよね?」
「私も聞き間違えだと思って触れなかったけどやっぱ言ってたよね?」
「またまたぁー2人して私をからかっても無駄だよ!太陽くん私そんなこと言ってないよね?」
「言った。冗談抜きで。」
僕の顔を見て冗談でないことを察したんだろう。地面が土であるにもかかわらず、これ以上ない綺麗なフォームで土下座を繰り出した。
「ほんっっっっとにごめん!応援で熱くなりすぎて。」
彼女の全力の謝罪のせいか、選抜リレーを4人で出る約束を果たせたからか、不思議と許すことができた。しかし僕的にいただけなかったのはこの後、僕のいるところでクラスのみんなに僕のことを変態といったのはおふざけだったと誤解を解くために動き回ったことだ。正直僕は目立つことこそ嫌えぞ、クラスの人たちにどう思われようがさして興味はない。クラスの人たちも僕にまるで興味がないようで、彼女が必死の説得をしてもふざけでも本気でもどっちでもいいという顔をしていた人が多数でそれを言葉にする人さえいる始末だ。
それから恩田くんの鋭い視線を背に自宅に帰り、ゆっくりしていると八雲くんが僕の家に来訪してきてしまう始末だ。きっと今日の運を全てを選考に使ってしまったんだろうと観念し、八雲くんと静かに小さなパーティーを行うことにした。




