疑惑が確信に変わった瞬間
自主的に準備運動をしようと重い腰をあげた僕だが、いきなり憂鬱な気分になった。理由としては主に2つ。1つはそもそも何をしていいかわからないから。 元来運動とは縁もゆかりもないもんだから当然といえば当然のことだ。一般的ではあるが、準備体操、ランニング等をすることにした。そしてもう1つの理由は周りの目だ。僕がジョギン等を始めた途端周りがやたらと騒つくもんだから、やりズラい。これも当然といえば当然の話だ。得体の知れないガリ勉の地味男子が意欲的に体を動かしたら驚く人はいるだろう。僕にはその視線が苦痛でしかなかった。僕の人生のモットーは目立たず、迷惑をかけずだ。それなのに自分からクラス選抜リレーという目立つことのために目立ってまでも準備なんてしてるもんだから我ながら頭がおかしいと思うし、自分のことさえも理解できていないんだなと痛感する。いや多分理解しようとしてないだけか。自分の考えが急激に変わっていくのを恐れているだけだ。自分を落ち着いて俯瞰してみれば簡単にわかった。僕の中には目立ってまでリレーになんて出たくない、今までのように逃げてリスクのない方を選びたいと言う気持ちは確かに存在している。でも彼女らと彼と何かをしてみたい、何かを成し遂げてみたいという気持ちがそれらを凌駕しているんだと。自分のなかで微かに抱いていた疑惑が確信に変わった瞬間、体の中が急激に暑くなっている感覚を覚えた。残暑が残っている気候のせいでもなく、準備体操で体が温まってきたわけでもない、もっと何か違うもっともっと深いところから来たものだった。自分の世界に浸かり、無心でランニングをしていた僕は何か柔らかいものにぶつかり、その反動で尻餅を着いてしまった。
「あ、ごめん。」
尻餅をついた状態で謝罪を入れると不幸中の幸いなのかぶつかったのは雨宮さんと一緒にいる彼女とであった。先ほど変な確信を抱いてしまったものだから彼女と雨宮さんと目を合わせることができなかった。直視はできなくても打ち見くらいはと横目で見ると彼女は顔を赤くし、いつ噴火しても可笑しくない表情でこちらを見ていた。確かに僕の不注意でぶつかってはしまったけど、そんなに怒らなくても。と心の片隅で思ってしまった。でもそんな考えをものの数十秒後には悔いることになる。
「おーー日向派手にやらかしたなぁ笑」
どこからやってきたのか八雲くんは僕の肩に腕を回し激しく巻きついてきた。女子にぶつかるということは大罪なのだと自分の中の常識を至急変更した。頭の中がパニック状態になっていると雨宮さんが僕と八雲くんを引っ張り3人で円を組んだ状態になった。
「日向くん。やっちゃったね。」
「ちょっと羨ましくらいだぜ。」
「羨ましいポイントなんて1つもなかったでしょ。君Mだったの。」
「空でいいって言っただろ。まさかお前さっきのことを理解できないほど鈍いやつだったのか。」
「君は何を言ってるの?」
「断固呼び方を変えるつもりはないのな。」
「今はとりあえずこのハゲの呼び方なんてどうでもいいよ。日向くんぶつかったときどんな感じだった。」
「普通に尻餅ついただけだよ。」
「いやその前。」
「あ、少しなんか柔らかいものに当たった気がする。」
「そういうことだよ。日向。」
いまいち理解しきれない僕に対して彼はさらに助言をかけてきた。
「日向お前は女子の秘宝。男子の夢そのものにぶつかったんだ。」
「日向くんはラッキースケベをしちゃったんだよ。」
彼のニヤついた表情と羨ましいという発言、雨宮さんのラッキースケベという発言を踏まえて考えるとあの柔らかい物体の正体を解き明かすのはそう難しくなかった。
「え、それまずいよね。」
「まずい。」
その場にいた僕以外の2人の声が綺麗に重なった。
「まぁ日向友達になった記念だ。ここは俺に任せとけ。」
「どうするの?」
「まぁ見てなって。」
そういうと円になっていた陣形を崩し、彼女の方へ振り向いた。
「まぁ減るもんじゃないしな。夜科も許してやってくれよ。」
これで許してもらえるなんて思ってないけれど、これで僕が謝罪しやすい状況ができたんじゃないかと彼に感謝する。
「あ、日向は1回いったんだし、俺も1回アタックしてオッケ?」
彼は頰に手のひらの後をくっきりつけて僕たちの方へ吹き飛んで来た。
「バカ。あんた何してんの。地雷踏んでるじゃん。一言多い。」
「男の夢に負けた。」
「情けな。」
「日向くん、ここは真っ向に謝るのが利口だと思う。」
「そうだね。」
僕らは意を決したように円を解散し僕のところから離れていった。僕は彼女に近寄るのにだいぶ躊躇したが、おそるおそる近寄る。
「あの、さっきの本当にごめん。わざとじゃないけどごめん。」
「許さない。」
その言葉でその一言で僕の心臓が一瞬止まった気がした。心のどこかで彼女は許してくれると思ってたからだと思う。
「でもちゃんと選抜選手になれたら許してあげる。なれなかったら許してあげない。変態って言いふらすから。笑」
一瞬止まった心臓が正常に戻り、彼女に許してもらえるチャンスをもらい安堵した。もちろん簡単な条件じゃないけれど。
「頑張るよ。」
「よろしい。笑」
こうして僕は4人でリレーに出るという目標のため、僕の社会的名誉のため、何としても選手になれるよう頑張ろうと思った。




