重なる幸運と重なる不運
雪ちゃんがいるであろう唯一の心当たりへ僕は走っている。
それは数日前に雪ちゃんが悩んだりした時に訪れるといった街全体が見晴らせる場所だ。そこまでたどり着くには長い上り坂を何度か登らなきゃいけないので僕は息を切らしながらも淡々と足を動かした。強風で体が持っていかれそうになるし、雨で靴の中はもちろん下着だって濡れる。水が服まで染み込んで体が重くなっていくことを感じた。雪ちゃんが雨ざらしになりながら外にいることを考えるだけでゾッとする。もしあの場所に居なかったらお手上げ状態になってしまうが、彼女に必ず見つけると言った以上後戻りはできないし、そもそもしたくない。
僕の体力が尽きた頃、ようやく数日前、雪ちゃんときた場所に着いた。天気に恵まれたあの日はあんなに絶景だったのに天候が変わるだけで悲惨な景色に変わってしまった。景色なんか見て感傷に浸ってる暇はないと慌てて雪ちゃんが居ないかを探したがそこに姿はなかった。雨風によって想像以上に体力を奪われた僕は一瞬フラつきそうになるがなんとか持ち直し体勢を整えた。こんなんで諦めちゃいけないと自分の顔をバチンバチンと叩き喝を入れて当てもなく走り出した。当てもなく走り出した僕にストップをかけるかのように向かい風が吹いた。その向かい風に気を取られた僕は足元を見ていなかったため、マンホールに足をかけ思いっきり滑ってしまった。僕は大きな音を立て尻餅をついたが、これはまた不幸中の幸い誰も見てなかったので恥ずかしさはなかった。そんな僕の安心は数秒後には消えている。
「太陽さん?」
悲惨な光景の物陰から出てきたのは僕の身に覚えのある声よりは一回り、いや二回り元気のない声ではあったが、それは確かに彼女の妹の雪ちゃんのものであった。
「見つけた。」
「どうしたんですか?」
「どうしたんですかじゃない。彼女と何があったんだか知らないけど、尋常じゃないくらい心配してる。雪ちゃんを心配して心当たりのあるところ片っ端から探してたらしい。僕の家に来たところで彼女に探すのを無理矢理やめさせた。全身びしょびしょだったし、足だって怪我してた。悩んでる時にここに来たいのはわかったけど、とりあえず安全が第一だよ。帰ろう。」
「お姉ちゃんの怪我は大丈夫なんですか!?」
基本的に熱くならないイメージを雪ちゃんに持っていた僕だがその表情を見て姉は妹を心配し、大切に思い、また逆に妹も姉を心配し、大切に思う、僕の中の理想の家族像を垣間見た気がした。
「歩けていたからそこまで酷くはないと思うよ。」
「良かったです。太陽さんもごめんなさい、喧嘩したんですけど内容も本当にちっぽけなことなんです。」
「僕は大したことしてないから大丈夫。喧嘩の内容がどちらに悪いにしろ彼女に雪ちゃんもちゃんと謝るんだよ。」
「はい。」
「とりあえず言いたいこともあるだろうけど行こう。」
雪ちゃんは元々体力があるのかそれとも体力が有り余ってるのかはわからないが体力が風前の灯の僕より軽やかに走っていた。しかし物事がそんなに簡単に進むわけもなく、空がピカッと光った。それから数秒してゴロゴロと音がなり、お天地様の不機嫌さが感じ取れた。そうすると先ほどまで軽快な足運びだった雪ちゃんの足が止まった。女の子なら珍しい話ではないかと思うが、どうやら雷に並々ならぬ恐怖を持っているようだ。僕は足を止め、必死に現状打破する方法を考えたが、雪ちゃんをオブって運ぶという案しか出てこなかった。しかしその案は非現実的でこの雨風雷の中、人を運んで移動するのは困難極まりなかった。どうしたもんかと天を仰ぐと僕の視界に一軒家が目に入った。この家に一時的に避難させて貰おうかと考えたが、そんな迷惑なことできないし、何より僕がそんなことを頼める自信がなかった。他に案なんてないだろうかと考えているとまたしても空が光り、今度はバリバリと確実にどこかに落ちる音がした。さらに怯える雪ちゃんの姿を見て、僕は一切の甘えを捨てることを決意した。僕が頼めるかなんて関係ない。今は家に入れてもらうしか方法が思いつかないのだから仕方ない。勇気を振り絞ってその家の玄関のインターホンを鳴らす。不在かもしれないということを考えたが、家の中から音がするので在宅していることは間違いなかった。足音が玄関に近づいてきてることで僕の緊張が増す。さすが根性なしの僕だ。扉が開く瞬間下を見てうつむいてしまった。親切な人じゃなかったらどうしよう、怖い人だったらどうしよう、そんなことを考えた。
ガチャ。
扉の開く音がする。僕は強く手を握りしめた。おそらく後ろにいる雪ちゃんも僕と同じような状態だろう。
「日向くん?」
「え?」
そこに現れたのは親切じゃない人でもなく、怖い人でもなく、彼女の親友で僕の友達?の雨宮さんだった。




