信用されない僕と信用される少年A
放課後いつもと違う目的で図書室に向かっている僕は心の動揺を抑えられないでいる。何度引き返そうと思ったかわからないくらいだ。図書室の前に立った僕はゆっくりと扉を開ける。すると彼が一人で勉学に取り組む姿が見て取れた。扉の開いた音で彼も僕に気づいたようで、視線をこちらに移し、高く明るいトーンで声をかけてきた。
「日向くんどうしたの?早く席に座りなよ。」
「あ、うん。」
いつもとは違う雰囲気で僕に接してくる彼を見て、今までの僕への対応は単なる僕の自意識過剰だったんじゃないかと自分に言い聞かせたが、そんな夢物語はものの数秒で終える。
「あれ、月と雨宮さんは?」
「二人とも用事が終わり次第これたらくるそうだよ。」
彼女がくることがないことはわかっていたが、彼の機嫌を悪くさせない様、上手く誤魔化す。
しかし彼は僕だけしかいないことがわかった時点で態度をグルリと変えてきた。それはもう顔の表情から態度全てにおいて。
「そっか。俺たち中々二人で話す機会ないし、少し話そうよ。日向くんのことだしテスト対策はバッチリでしょ?」
「そんなことないよ。恩田くん方こそ大丈夫なの?」
「少しくらい問題ないよ。」
「そう。」
彼から話したいとの提案だったが、当然僕が話したいことはない。彼の行動について気になる事はあったけれど僕が聞けるわけもなく彼が話を振るのを待つ。
「日向くんは月とよく一緒にいるよね。」
「うん。」
「どんな関係なの?」
「友達。」
「そうなんだ。でもただの友達がこんなことってするのかな?」
そう言うと今僕が所持しているはずだった交換ノートが彼の鞄から出て来た。僕は慌てて自分の鞄の中身を確認するが、そこにノートはなく、間違いなく彼が持っているノートが僕たちの交換ノートだった。僕は自分の動揺が察知されない様、必死に平然を装う。今日朝登校して来たときにノートがある事は確認していたので、それ以降の出来事であったことに間違いはなかった。自分の中でどんな返しが得策なのか必死に模索したが平然を装うことに必死になっていた僕は頭が回らず苦し紛れで口を開く。
「どうしてそれを?」
「そんな分かり切ってること聞かないでよ。」
「じゃあなんで取ったの?」
「月と日向くんが交換ノートをしている事は前に図書室で話しているのを聞いていたからね。取ったのは日向君が月というクラスの中心人物相手にどれだけ調子に乗っているのか見てみたかったからね。」
彼はノート取った事、図書室で交換ノートをしていることを知ったことを包み隠さず僕に話して来た。
「とりあえずそれは僕と彼女のものだ。返して。」
「返してあげるよ。日向くんがもう月と関わらないならね。」
「なんでそんな逸れた話になってるの。」
「別に逸れてなんかないよ。日向くんの逸れた道を元に戻そうとしてるだけだよ。もともと日向くんは一人で本を読んでる人だったでしょ?」
「まるで暴君だね。クラスの人も君がこんな人だなんて知らないだろうね。みんなに言いたいくらいだよ。」
僕はできる訳もないが、僕なりに反抗する。
「笑わせないでよ。日向くんがそんな声を大にして何かを言えるわけないでしょ?万が一言えたとしても日向くんのいうことなんて誰も信じるわけないよ。日向くん自身が周りの人に信用される努力をしてないし、信用もしてないんだからね。それで信用してほしいなんて都合のいい話ある訳ないよ。」
彼の行動全てを僕は全く理解できず、正しいとも思わなかったが、彼の言動は僕の心に深く刺さった。信用される努力もしてなければ、周りを信用もしてない僕を信用してくれる訳もない事は容易にわかっていたが、改めて言葉にされると感じることが多くあった。
「どうせ今日月来ないでしょ?俺は帰るよ。俺の交渉に乗る気があったらLINEでもいいから連絡して。」
彼女が来ないこともバレていた様で、そう言い残すとノートを鞄に入れ、帰宅してしまった。
僕は彼女への申し訳なさか、彼への怒りか、それとも僕自身の無力さへの腹立たしさからかわからないが、しばらくその場から動く気にはなれなかった。