良くも悪くも僕はこの日のことを忘れない
「もう!私が誤魔化してあげたのに自分からバラしたんだから自分でなんとかしてね!」
妙に威張った彼女は冗談混じりでそういった。
「別に無理に話すことないわよ。」
気を使ってくれる彼女の母。
雪ちゃんも空気を読んで僕を静かにみている。
僕はここまで迷惑をかけたのに事情を話さず逃げるのは良くないと思った。
「本当はこうやって家で大人数と食事をする機会がないので、なんというか勝手に家族ができたみたいに思ってしまって。それに皆さんも家族みたいだといってくれたので嬉しくなってしまって。すいませんでした。」
「何も謝ることないわよ。おばさん、さっきも言ったと思うけど息子ができた気持ちになってたところなの。良かったらいつでもご飯食べにきたり遊びにきてね。」
「あーあ。太陽さんみたいなお兄ちゃんがいればお姉ちゃんの面倒見るの当番制にできるんだけどなぁ。笑」
「こら!雪!人のこと飼育されてるペットみたいに言わない!なんて言おうと私がお姉ちゃんなんだからね!」
僕はその会話を聞いてるだけで自然と笑みがこぼれてきた。
「ほらほら!ケーキも残ってるし、パパが帰ってくるまでに食べちゃわないと!」
彼女は慌ただしくリビングに走っていく。
「あーあ。私、チョコもモンブランもチーズも全部食べたいなぁ。」
「出た、お姉ちゃんのわがまま。」
「雪は太陽くんが帰ったらくすぐりの刑だね。覚えとくこと。」
「はーい。」
「ここで天才博士である月に名案があるのです。これをこうして、こうして、こうすれば良いのです!」
机に置いてある一人分サイズのケーキを四等分し、それぞれ一つずつ皿に乗せた。
「これで四つの味が楽しめるでしょ?何より仲良しみたいでしょ?」
「確かにお姉ちゃんにしては悪くない案だと思うよ。でも太陽さん騙されずよーく見てください。お姉ちゃんの皿に乗ってるケーキ、私やママ、太陽さんより全部でかくないですか?お姉ちゃんわかりやすいほどに食い意地を張ってきたね。」
「本当だね。」
「むむむむ。もう食べたもん勝ちだもんね。」
そう言い終えると凄まじい勢いでケーキを食べだし、まるで飲み物だと言わんばかりにケーキを食べ終えた。
その姿はクラスの男子から人気の女子というものからは、かなり掛け離れていて野球部の男子にも負けず劣らずの食いっぷりだった。しかしそんな下品な食べ方を母親が許すわけもなく食べてる最中何度か注意を促していたが、彼女が止まることはなかった。
僕もゆくっり自分のペースでケーキを食べ終えると時刻は二十時を回ろうとしていた。
「お父さんもうそろそろ帰ってくるって連絡があったわよー。」
彼女の母親がそういうと二人して「えーーー。」と声をあげた。
「じゃあ僕は片付けを手伝ったら失礼します。」
「あら、片付けなんておばさんがやるからいいわよ。」
「ここまでしてもらったので僕にも何かやらしてください。」
純粋に僕の口から出たその言葉に彼女の母親は笑いかけ片付けの手伝いをさせてもらうことになった。
片付けの最中も笑いや話が途切れることがなく、まだまだここに居たいとさえ思ってしまった。
しかし楽しい時間は早く過ぎていくもので、片付けはものの数分で終わってしまった。
「今日はお邪魔しました。色々すいませんでした。ご飯とても美味しかったです。」
「またきてちょうだいね。いつでもご飯作るから。」
「太陽さん今度家に来た時は勉強教えてくださいね!」
「太陽くんまた明日!」
手を振っている三人に今日何度目かの深いお辞儀をし、僕は歩きだした。彼女の家が見えなくなる頃、もう一度彼女の家を振り返ると、まだ玄関で手を振ってくれている三人の姿があり、とても嬉しくなった。
そして一人になった途端妙な胸騒ぎがしたが、これが悪いことが起こりそうだという直感か。それとも楽しい時間から一人の寂しい時間になったことへの虚無感か。またはその両方か。それを僕が知るすべはいうまでもなくなかった。




