魔境への道のり
勢いよく飛び出した彼女は靴を履き替え、一人昇降口で僕を待っていた。
「雨が降ってるよ!」
「予報でもそうだったからね。」
「てことは、傘持ってるよね?」
僕は彼女が傘を忘れていることがすぐにわかったので、「僕のぶんだけね。」と強調して答えた。
しかし僕の強調した言葉が彼女に伝わることはなく、彼女はペラペラと口を開く。
「お邪魔しまーす!!!」
「もう僕の傘使っていいよ。」
二人で入るよりは濡れたほうが幾らかマシだと思った僕は彼女に傘を渡した。
「なんでそうなるの?所有者の太陽くんが濡れるのは変でしょ?私はそれを見ていられるほど薄情者じゃありません!!私、スーパーまで走っていくからゆっくり歩いてきていいよ!」
僕が一度手渡した傘を僕に返し、彼女は意を決したかのように走り出そうとしたので、反射で彼女の腕を掴んでしまった。
「僕も一緒にいる人が濡れているのを平気で見ていられるほど薄情者じゃない。」
「いいの?」
「今日はね。次からは天気予報を見てきてね。」
「それじゃお邪魔します!」
スーパーに着くまでに誰かに見られ、あらぬ噂が流されることは避けたかったので、周りに注意して歩いていった。
スーパーに着き、白菜を無事確保できたので僕は代金だけ彼女に渡し、スーパーに付属のケーキ屋さんに立ち寄った。僕は適当にメジャーな種類のケーキを選び、会計を行っていると白菜の購入を終えた彼女がひょっこりと現れた。
「おやおや、太陽くん。私に隠れてケーキを食べようとしているのかい?」
「僕は人の家にお邪魔してご飯までご馳走になるのに手ぶらで行くほど礼儀知らずではないからね。」
「何いってるのさ!白菜があるでしょ!白菜が!」
冗談で言ってるわけではないことが彼女の表情からわかり、本当にバカだと思った。
「君は初めて会う人に白菜一つ買って挨拶されたらどう思う?」
「変に思うでしょ!」
「でしょ。そういうこと。」
「なるほど、理解した!」
ケーキも無事購入し、彼女の家に向かい始めた途端、胸の音がやけに騒がしくなった。
「緊張してるの?笑」
僕の表情から察したのだろうか。彼女は僕に聞いてきた。
「人様のお家に上がる機会なんて僕にはそうそうないからね。慣れないことをすると緊張するよ。」
「意地はってないで女の子の家に上がるから緊張するって言えばいいのに!」
「君が女だということ忘れていたよ。」
からかう彼女のネタをさらりと受け流し満足していた僕はとうとう彼女の家に着いてしまった。
天真爛漫な彼女の家族など僕に想像できるわけもなく、僕の視界に映る家が魔境のように思えてきた。
「さぁ行くよ!」
彼女はただ自分の家に帰るだけなので心の準備など不必要なものなんだろうが、僕はそうではない。妙に騒がしい胸の音を沈めるように一回二回と深く息をし僕は魔境の玄関をくぐっていった。