彼は少年A
色恋に無頓着な僕でもわかる彼の彼女への好意はすごいものだ。
それにこれはあくまで僕の推測だし、僕の自意識過剰かもしれないが、彼は好意を抱いている相手と仲良くしている僕に対して並々ならぬ嫌悪を持っていると感じる。根拠を挙げるとキリがない。今日で例をあげるなら、彼女が日直の作業を手伝ってくれてるの時の視線だったり、常日頃から僕と彼女が話していると視線を感じることが多い。
今思えば、交換ノートを始めることになった日、彼が図書室の扉にいたのは偶然では無いような気さえもしてきた。
「とにかく今日はママに太陽くんを連れて行くって言ってあるの!大人しく観念しなさい!」
どうにでもなってしまえと投げやりになってしまった僕は大人しく勉強を再開した。
「太陽くんはそろそろクラスメートの名前と顔くらい覚えないとダメだよ?」
いきなり雑談モードに入った彼女に嫌気がさす。
「勉強するんじゃないの。」
「いいのいいの!どうせ高1の始めのテストなんて中学のおさらいじゃん!」
たしかにそれは間違いのないことだが、中学時代の内容を彼女が覚えているとは到底思えない。
「僕にとって朝いた彼も少年Aでしかないんだよ。」
「なになに、恩田くん犯罪者になっちゃたの?笑」
「クラスメートの人は僕にとって少年AやB、少女AやBでしかないと言うことだよ。つまり名前すら興味を持ってないということだよ。」
「なんて悲しいことをいうの!ダメでしょうが!」
子供に怒るように説教まがいのことをしているが、僕の心には微塵も響かない。
「でもこれで恩田くんの名前は覚えられたね!」
「じきに忘れるし、彼は僕の中では少年Aだよ。」
「うちのクラスの男子は太陽くんを抜いて18人だから少年Rまでいるということか!」
ローマ字を指でAから順番に数えながら自信ありげにそう言った。
「そういうこと。」
「てことは、女子は21人だから少女Uまでいるってことだね!」
彼女はまたしても自信ありげに人差し指を向けて僕に向かってそう言った。
「君と雨宮さんはもうローマ字少女ではないから19人だよ。」
返答がなぜか返ってこなかったので、勉強している手を止め、彼女に視線を移すとモジモジとしいる姿が映った。
僕が彼女を認知しているからと言ってそんなに嫌がらなくてもいいだろうと僕は少々心に傷を負った。
「悪かったよ。君も今日から少女Sだよ。」
僕が謝罪と共に少女Sの名を授けると、「は?」と彼女の顔には似合わない言葉を使ってきた。そして彼女は口を再び開く。
「何言ってんの?」
「君が僕に認知されているのをモジモジして嫌そうにしてたから前言撤回しただけの話だよ。」
「してないでしょ!」
なぜか僕は怒鳴られた。
僕が図書室は静かにという掲示物を指差すと彼女は落ち着きを取り戻す。
「じゃあ、さっきのモジモジはなんなのさ。」
「そんなの自分で考えて!このマヌケバカアホクソ野郎!」
短絡的な悪口で罵られた僕は口を閉じる。
「とにかく私はローマ字少女に逆戻りはごめんだよ!」
なにをそんなに嫌がるのかわからなかったので、モジモジしていた理由も含め心理を読み取る博士である雨宮さんに後日聞くことにした。
ピコン。
彼女の携帯の通知音がなった。
「うーーーむ。」
「どうしたの、迷惑メールにでも引っかかったの?」
「いや、最近恩田くんからのデートのお誘いがすごくってね。」
「それはそこらの迷惑メールよりタチが悪いね。一度くらい行ってあげればいいのに。」
「タチが悪いとまでは言ってないでしょうが!それに私は太陽くんが思ってる以上に純情で一途だし、OBTしている時間もないの!」
「別に君を不純だと思ったことはないけど。変人だとは常々思ってるけど。」
ふまえてOBTという謎な単語も入ってきたのでそれも雨宮さんに聞いておくリストに追加した。
「変人は太陽くんでしょうが!とにかく私は好きな男子としかデートはしません!」
「そ。」
僕はこの手の話には興味がないので、強制的に会話を終わらせた。
「恩田くんはさておき、私太陽くんから一度も連絡来たことないんだけど?」
「話すこともないのにわざわざ連絡しないよ。そもそも僕は君の連絡先知らないし。」
彼女は急に笑い出すなり「冗談はやめてよーー。」と女子のようなトーンで言い出した。女子なんだけれども。
なんの冗談か見に覚えのない僕からしたら彼女の言動は不審極まりない。
「あれ?結構本気?私ノートに連絡先書いたよね?」
完全に忘れていた。言い訳できる余地もなく、僕は正直に白状した。
「申し訳ない。完全に忘れていたよ。」
「ひどっ!まぁ正直にいったから許してあげるけど。ほら、スマホ貸して!」
机の上に置いてあった僕のスマホを取り上げるなり、素早く慣れた手つきでなんらかの作業を始めた。
「私の連絡先登録しておいたから、今日帰ったらちゃんと連絡すること!これはノートの内容を忘れていた罰なので拒否権は与えません!」
反論のしようもない僕はこれを承諾せざるおえなかった。
「あと雫の連絡先も入れておいたから!クラスのグループラインも入れておいたし!」
そこまでして欲しくはなかったが、彼女をもので例えるなら、ブレーキのない暴走機関車だ。人である僕に止める手立てはない。
「ちゃんと雫にも連絡しなよ!それが礼儀です!」
彼女に礼儀を正されるのは癪だったが家に帰ったら連絡することを約束する。
ピコン。
またしてもスマホの通知音がなる。
「ママが白菜を買ってきてほしいとのこと!よし太陽くん!勉強を直ちに終了し、買い物に急ぐよ!」
「よく勉強を終了し、なんて言えたね。君は始まってすらないよ。」
「私はノートや参考書を広げただけで、勉強した気になれるスキル持ちなんだよ!」
「それは立派な赤文字スキルだね。」
彼女の発言から大方の学力は察しがつく。
「ほら!早く行くよ!」
彼女は下駄箱に勢いよく走っていった。