誰でもない自分のために。
僕は雨宮さんがこの混沌とした空間を裂いてくれたから1度も口を開いていなかった。開くタイミングがなかったわけではないけど、返しに困ることばかりだった。
そんな僕はやっと喋ることを決心した。
「たしかに僕は冴えなくて優柔不断で頼りがなくて男前じゃなくて、弱々しくて、何を考えてるかわからなくて、鈍感で、面白味のないボケしか言えなくて、自分から多くは語らなくて、自分のことを自分で守ることができなくて、女の人に守られるような情けない男だけど、僕もいつか雨宮さんや彼女のことを守れるような人になりたいと思ってる。今の現状に納得するとかそう言う話じゃないけど、ちゃんと向き合っていこうと思ってるから。」
僕が話し終えると恩田くんは高笑いをし、明らかに僕らを見下す態度をとった。
「なに?その友達ごっこみたいな茶番劇は。見てて背筋がゾッとするよ。どんな経緯があれ、君が情けない男なのには変わらないでしょ。俺は体育祭の結果にそこまでこだわりがあるわけじゃないけど日向くんには無理だと思って言ってるだけだから俺にその席譲りなよ。」
「あのねぇ、日向くんは」
「雨宮さんには聞いてないよ。そこまで日向くんを評価するなら日向くん自身に判断を委ねるくらいしたらどうなの。」
雨宮さんが会話に割って入ろうとしてくれたけど恩田くんのド正論により遮られてしまった。本当に自分が情けない男だと思った。こんな簡単なことでさえ、自分が真っ先に発言することができず、雨宮さんに助けてもらいそうになってしまう始末だ。
雨宮さんに視線を向けると心配そうに僕を見ていた。それもその筈だ。僕はそもそも逃げるためにここの教室にやってきたからだ。そしてそのことを雨宮さんは知ってるからだ。雨宮さんはきっと僕が彼に代表リレーの選手の席を譲ってしまうんじゃないかと思ってるのだろう。だけど雨宮さんは譲ってしまうことを心配している一方で譲らないことを期待してくれている、そんな表情にも見てとれた。
僕は自分の口で言わなきゃいけない。
自分が走るんだと。誰のためじゃない自分のために。
僕に期待してくれてる友達たちを裏切るようなことはしてはいけない。誰のためじゃない自分のために。




