訓練 -午後の分-
スタンが出ていってから残ったお茶とよくわからない小さな果実が入ったスコーンを食べる。これは美味しいな… なんて食べているとノックが聞こえた。「どうぞ」と扉を開けるとレンツィオとヴィオラが入ってくる。二人共動きやすい服装でどうやら先程スタンの言っていた通り訓練に向かうとのことだ。私も準備をしてから三人で村を出て訓練場に向かった。
それほど歩くこともなく訓練場に着くとちょっとしたグラウンド程度の広さで的の様な物や物置小屋が見える。身体を動かすにはうってつけだろう。見回すと他にも森人達がそれぞれ運動や射撃の訓練をしている姿が見える。
レンツィオとヴィオラの三人で一緒にストレッチをしているとレンツィオが聞いてくる。
「さて、コウイチは何か得意な武器とかありますか?」
「剣道ならやっていましたので剣でしょうか?そこまで得意というわけではありませんが」
警察学校である程度は修めていたが本職と比べられると自信が無い。いつの間にか姿が見えなかったヴィオラが木刀を二本手に持って物置小屋から出てくると何も言わず片方の木刀を渡してくる。
「構えて」
端的にヴィオラが言うと少し焦りながら構えてみる。
「剣はあまり得意ではないからなぁ… ヴィオラどう?」
「様になってる… けど隙だらけ」
ちょっとだけ心の中で頭を垂れる、やはり本格的に鍛えていたわけではないのでダメ出しされてしまった。
「素振り、してみて」
以前の授業で習ったようにしばらく素振りをしてみる。もしかして何かと戦うような事があるのだろうか?少し手を止めて聞いてみる。
「あの、私が戦う事とかあるのでしょうか?」
「素材採取で同行してもらう時もあるから、どれだけ動けるか把握しておきたいんだ」
「手、止めない」
ヴィオラに怒られたので慌てて素振りを再開する。表情が変わらずじっくりと見られるので少し緊張する。暫くするとヴィオラが頷いて素振りを止められる。
「剣先は… 最後に動かすように」
そういうとヴィオラが木刀を構えて素振りをする。鋭い風切り音と共に撓るような軌道の剣閃が唸る。
「こう」
相変わらずの無表情で凄いことをやっている気がする。
「ええと、私にはちょっと難しい気が…」
「ヴィオラはこう見えても武芸全般が得意だからな、弟子入りするなら強くなれるぞ」
「私、強い」
むふーと無表情だがどこか得意気な顔をして腕を腰にあてて胸を張っている。薄いチェニックの下から非常に女性らしいラインの身体付きが強調されているので少し視線を外してしまう。べ…別に恥ずかしがっているわけじゃないからね。
「で・・ではよろしくおねがいします」
「じゃ、今日から弟子」
「あ…ちょっと早まったかもしれない。ヴィオラは手加減を知らないから」
「え?」
どういう事?と視線をレンツィオに向けて聞こうしている間にヴィオラによって木刀が奪われる。
「まず基本作りから、走る走る」
その声と共に手を引かれて走らされる「え?え?」という声には反応されない、悲しい。
「じゃ、俺はあっちで弓の訓練してくるから程々になー」
そんな声が遠くから聞こえた…
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「体力ある、筋も良い、楽しみ」
と上から楽しそうなヴィオラの声が聞こえる。私は極度の疲労により動けない身体が酸素を欲してひたすら息が荒ける事しかできない。おかしい、体力には自信があったのに同じメニューのヴィオラは全く疲れた様子が無い…
「おー生きてるかー、ぼちぼち帰ろうぜ」
レンツィオが戻ってきた、気づけば頂点近くにあった太陽が水平線に埋もれており空が茜色に染まっている。
「じゃ、今日は終わり」
その言葉を聞いて身体に活を入れ無理やり立ち上がる。
「ハァハァ… っく、ありがとう… ございました」
「もしかしてずっと体力作りしてたのか?」
レンツィオは呆れ顔である。
「身体ができてから、次に技術」
「いや、サラシナ様からは素材採取にいける位の能力であれば良いという話だったろう」
その言葉にピクっと身体が反応してしまう。…地獄の特訓から開放させてくれるかも。
「ダメ、運が悪いと、すぐ死ぬ」
「そりゃ確かに危険な場所もあるけどなぁ」
運が悪いとの所で全てを諦める、だって運が悪いし…
「いえ… 私は運が悪いのでお願いします」
息も絶え絶え言葉を絞り出す。やるべき時にやらないと泣きを見るのだ、しかも間違いなく。経験に裏付けられた絶対なる確信があるのだ。
「まぁそう言うなら俺からは何も言わないけどな。強くなれるのは間違いないし」
「頑張れ」
無表情ではあるが表情豊かだ凄く嬉しそうである。ちくしょう…
「肩を貸してやる、帰ろうぜ」
その言葉に甘えながら私は村に帰っていくことにした。
次回は11/25に公開予定です。