初日終了
「こちらの部屋をお使いください」
先程の部屋を出てから数分、少し歩いた所の部屋に案内された。テーブルに椅子、ベットがあり奥には扉が見える。全体的に堅実で質素な部屋だなという印象を受けた。オンテナが続いて入ってくる。
「コウイチ様はまだ判らないことが多々あるかと思いますのでお部屋のご案内をさせて頂きます」
とそれぞれ部屋の設備を紹介してくれる。テーブルの上には魔具を利用したランプ、奥の扉のトイレや水場の使い方。ちなみにトイレには魔獣と呼ばれるスライムが入っていて驚いた、なんでも排泄物や使用済みの汚水を食べてくれるらしい。なんかちょっと嫌だ…
「以上になります。なにか判らないことや用がございましたらこちらのハンドベルをお鳴らしください。下働きの者が参ります、あとこちらにお着替えください。サラシナ様から衣服も調べたいとおっしゃっておりましたので」
小さいハンドベルと衣服を渡してくれる。ハンドベルにはサラシナにちょっとだけ似た顔が刻まれており豪華な作りとなっていた。
「色々とありがとうございます」
「いえ、異なる世界からやってきてさぞ驚かれ大変でしょう。ですが取り乱したりもせず立派でございました。お顔を拝見するにお疲れのご様子、夕飯時にはまだ時間がありますのでごゆっくりお休みください。」
そう言ってサラシナは礼をして出ていった。そうかあちら側では夕飯を食べてきたがこちらではまだ空が明るい。私は着替えた後ベットへとどっかりと座り込む。「ん!」思ったより硬い、声がでてしまった… 疲れていたのか勢いよく座り込んでしまった。
「異世界か…」
冷静になってくるとなんで自分がこんな目にあわなくちゃいけないんだ… とイライラしてきたが、よく考えたらいつものことだなという結論になりイライラも静まっていく、それよりこっちの世界の夕飯はなんだろうななんて考えが出てきた。起きてしまったことを考えても仕方無し、どうするか考えよう。
「この世界は電気が無く魔具というのが電化製品の変わりなのかな?」
とテーブルの上にあるランプを手に取る。教えられた通りに備え付けの魔玉を嵌めるとぼんやりとした明かりが灯る… ランプは熱くなく光を発しておりまったく理屈がわからない。光っているガラスの中を除くと不思議な文字が刻まれた塊が見える。うーむ謎だ…
ランプの魔玉を外してまたどっかりとベットに寝転がる。今度は痛くないように… さて、サラシナに言われた金策を考えよう。
この世界はどうも魔法が有り科学がそこまで発達していないように見える。 ちらりとガラス張りの窓から外を眺める… 外では子どもたちが鬼ごっこだろうか?走り回っているのが見えた。
科学が発展していないならそれに密接した物を作れば売れるだろうか?だが先程サラシナに話した通り紙は作れないと思う。電気が無いならそれらに関したものも作れないだろう… 玩具はどうだろう、自分で作れるものだとオセロとか将棋とか双六あたりか。トランプは紙が無いから難しいだろうな、意外と考えてみると作れるものが無いことに落胆してしまう。ちらりと自分が今来ている衣服を見てみる…
単色の濃いオリーブ色のスウェットに茶色のスラックス、綿だろうか?少しだけゴワゴワとした感触が手から感じ取れる。伸縮性も少なく着心地はあまり良くない。
「まぁ、こちらの世界の常識がわからないんだ。そのあたりを知ってからでもいいだろう」
と悩みを後回しにして目を瞑る、思い出すのは今まで自分にしか無いと思っていた能力だ。風の神様と呼ばれていたか、木人君の姿がどうしても神様とは思えないが…
「以前は疎ましく思っていた能力がこちらでは普通なのか…」
この能力のせいで親からは疎まれ、同年代からは気味悪がられて一時は人間不審にまで陥った。中学辺りからオン・オフの制御方法を身につけられるようになって大分良くなったがそれでもいい思いは少ない… 黒い物が心の中から顔を覗かせてきたのを急いで蓋をする。
心を無心にして何も考えないようにしていたら寝ていた。
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----あの子、気味が悪いわ!
構って欲しいんだ、子供の事なのだからよくあることだろう。
でも、何も無い所に喋りかけたり触ろうとしたりしているのよ!?
それも構って欲しいってことだろう?仕事で疲れたんだ夕飯は無いのか?
貴方!いつもどうして仕事ばかり!!・・・----
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目が覚めると朝だった…空が白み始めている。嫌な夢を見た気がする、やはり非常に疲れていたようだ。徹夜の後に異世界との遭遇、緊張と不安で身体は無意識に休みを欲していたみたいである。ふとテーブルの上に置いておいたハンドベルに目をやる。
「こんな朝早くに起こすのは悪いよな」
ハンドベルから目を外すと椅子の上に置いてあった衣服が消えてる、どうやら一度こちらに来ていたようだ。よく見るとテーブルの上には昨日渡していた木箱が置いてある。「よし」と意を決して木箱を取りポケットへいれると重い気持ちを振り払うように私は部屋から出ることにした。
----コツコツとした足音が響き朝の涼しい風がどこからか入ってくる、風に誘われるまま歩いていくと中庭に出たようだ。そこには思わず見上げてしまうくらい大きな樹がこちらを悠然と見をろしており朝日に照らされ、さらさらと葉が擦れる音が聞こえてくる。知らずスイッチがはいっていたのだろうか、昨日見た妖精らしきものがふよふと沢山樹の周りを飛んでいるのが見えた。
「すごいじゃろ」
思わずびっくりして声の主に視線を向ける。
「サラシナ様…」
「昨晩は疲れておったようだな、泥のように眠っていたとオンテナから報告があったぞ。あと針子達がそなたの衣服をこぞって褒めておった、縫い目が整っているとか面白いデザインだとかな」
「夕飯を食べそこなってしまいました」
その回答にサラシナが笑う。
「お主は中々に大物じゃ、異世界より参られたのに全く図太いのう。しかし本当に見えるのじゃな」
私とサラシナ樹を見上げる。朝日に照らされた樹に妖精達がそれぞれ飛び回ったり樹の枝に腰掛けたりしている。
「あれはなんて呼べばよいのでしょう」
「あの飛んでいるものはフォーリンと呼ぶ森の精霊じゃ、ああやって神樹から魔力を受け取っている」
「害とかは無いのですか?」
サラシナが手を胸の前に出す… 少しするとフォーリンが数匹手に座ったり近くを飛び回り非常に幻想的だ。
「ふむ、基本精霊達は害を為すことは無い。ただ怒らせたりいたずら好きはその限りではないがな、こうやって少し魔力を分けて上げればちょっとだけこちらを手伝ってくれたりする。ちなみに精霊が見えるのは森人でも魔力が高い者だけで人族では見ることはできん、そして精霊の格が上がるほど見るためには魔力の強さが必要なのじゃ」
思い当たる節があり頷く。探偵家業をやっていたとき失せ物探し等でよく訪ねていたからだ。
「こちらの世界では人族には見えないのですか… 以前いた世界では頭を撫でてちょっとした頼み事をしていたりしました。ただ、そのせいでこちらに来ることにもなったのですが…」
「それなのだが、精霊はどれだけ魔力を与えてもそなたほどの者を異世界へ送ることができないはずだ。よほど強い力を持ったもの… 例えば神と呼ばれる位の力がはなければ扉を開くことすら叶わぬ」
サラシナがむーんと悩み始める。美人さんが眉間にしわを寄せて悩んでいても様になるのは得だななんて無体な考えが頭をよぎる…
「ここの森に飛ばされたということは我らが信仰しておる風の神だと思う。運悪く気に入られたのだろう、でなければそなたほど魔力が高いものを送りはせぬ」
ふわりと妖精たちが飛び立つとサラシナが両手を上げ伸びをする。
「さぁ食事にしよう、ここの食事は非常に質素だ。お主の期待には答えられぬだろう。あと食事の後はこちらの世界の常識を教えにやってくるものが来る、かなり変なやつで面倒だが性根は腐っていないから上手く付き合うと良いぞ」
カカカと軽やかに笑いながら出ていった、私は嫌な予感を感じつつも部屋に戻ることにした。
次回は11/19を予定しております。