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探偵は王女と踊る  作者: 角増エル
[第1章] 呪術師殺人事件 問題編
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行きずりに

「嬢ちゃん、疑っちまって本当にすまなかったっ……!」


 店主は衛兵への事情説明を終えたあと、私とフィリアさんのもとに来て、そう頭を地に付けるくらいの勢いで謝罪した。そんな罪悪感マックスの全力謝罪に、フィリアさんは『騙されていたのですから、無理もないことです。どうかお気になさらず』と少し困ったような笑顔と共に書いて見せ、「俺はなんていい娘を疑っちまったんだ……」更に店主の罪悪感を募らせることに成功した。そんな店主の様子に『あああ逆効果だったあああ』みたいな感じであわあわするフィリアさんを眺めて(なかなかの天然さんなのかなあ)と頬を緩めていると、店主が今度は私の方に向き直る。


「旦那も、俺の早合点を止めてくれて、本当に助かりました。ありがとうございます」


 そんな店主の言葉に、気が付けば律義にフィリアさんまで頭を下げている。やっぱり素敵な人だなあと思いつつ、いや、でも、まずは、


(まーた旦那かーい!!)


 いや別にいいんだけどね。気にしてないし。これだけ背があって、胸もない、顔立ちも柔らかじゃないとくれば、そりゃみんな男だと思うよね。とはいえこれ以上旦那呼びを訂正するのも辛いので、もうこの場では気にしない。


「何も大したことはしていませんよ。私も、彼女の首にある呪いの痕が目につかなかったら、通り過ぎていたでしょうし」


 私の言葉に、フィリアさんは乱れた外套をあせあせと正して露になっていた首元を隠してしまう。それにより、黒薔薇の紋様は見えなくなってしまった。彼女はあの紋様を見られることを快く思っていないのだろうが、しかし今回ばかりはそれが吉と出たわけだ。とはいえ――、


「すみません、必要なことだったとはいえ、フィリアさんの呪いのことを公のものにしてしまって」


 彼女がそれを心から望んでいたとは限らない。一応許可を得たとはいえ、ほとんど私の独断によって話を進めてしまった感は否めなかったわけだし。しかし私のそんな謝罪の言葉にも、彼女はただ穏やかにかぶりを振って木板に石灰石を走らせる。


『お気になさらないでください。助けて頂いて、本当にありがとうございます』


 ええこや……。

 多分年齢は私とそう変わらないのだろうけれど、なんとなく守ってあげたくなるようなオーラがにじみ出ている。身長が小さいせいもあるのだろうか。ただその場合、私からすればほとんどの女性は小さいから、ほとんどの女性からそのオーラが出てしまうことになるけど。

 というようなどうでもいいことを考えていたらちょっと間が開いてしまった。ひとまず「そう言ってもらえると、助けに入った甲斐がありました」と当たり障りのないことを言っておく。すると、店主がぱんっと柏手を打って言った。


「そうだ、旦那とフィリアちゃん、宿を探してるんだったら、今日はうちにどうだい? 迷惑かけちまったお詫びに、安くするよ!」


 いいね。と平時であればノータイムで返事をしたであろうとても魅力的な提案ではあるが、生憎今はそれはできない。ついでに(間違ってもタダではないんだなー)と商魂の逞しさに少し苦笑しつつ、


「ありがとうございます。ただ、今日は泊まる宿を既に決めているので……お気持ちだけ頂いておきます」


 と丁重にお断りする。


「泊まる先……でも旦那が向かうこの先にはもう……って旦那、まさかあの宿屋……呪術師の宿屋に?」


 その言葉に、フィリアさんの身体が視界の端でぴくりと震えた。


「ええ、そう考えています」

「なるほど……。旦那みたいなお方がどうしてこんな辺鄙な街にとは思ってましたが、そういうことでしたか」


 この街で呪術師が宿屋を経営していることは、この街の人間であれば誰もが知っている。そんな街に探偵が来て、わざわざその宿屋に泊まろうというのだから、何らかの意図を汲み取られても仕方がない、か。……こういうことになるから要らぬ憶測を招くような行動はなるべく慎むべきだったのだが、まあ、今回は事情が事情だし仕方がない。


「それなら、無理にとは言いません。ただ……場所が場所です。くれぐれも、お気をつけて」


 私が頷くと、店主は次にフィリアさんに訊ねる。


「フィリアちゃんはどうだい?」


 しかしフィリアさんは首を横に振る。


「ありゃ」


 彼女は店主にそう訊ねられる前から、何かを書いていた。そして何かを書き終えた木板を、私に向ける。


『私も、この街にいる呪術師さんを探していました。私はこの街に、呪いを解きに来たんです。宜しければ、ご一緒させて頂きたいです』


 ……薄々、そんな気はしていた。

 呪術師のいるこの街に、失声の呪いを受けた女性。彼女が呪術師を目的にこの町を訪れた可能性は高いと思っていた。

 彼女が何も言わないのであれば私の方から訊ねてみるつもりでさえいたくらいだ。

 彼女の善良さはこの短時間で痛いほどに伝わってきたし、とくに断る理由もない。


「ええ、もちろん」


 そう答えると、彼女は大きくお辞儀をした。その様子を見て店主は、


「ったく、今日は呪術師にお客を二人もとられちまったってわけですか。ついてねえです」


 と苦笑しつつ頭を掻いていた。

 私も苦笑しつつ頭に手をやりながら、なるべく早口で言う。


「そういうことになりますねー。まあ今回は仕事ですから、またいずれお邪魔させていただいたときには、タダで泊めてくださいね」


 私の早口に、ほとんど商売人の条件反射で、


「ええ、もちろんですとも!」


 と返してくれる。


「じゃあまた! じゃあフィリアさん、行きましょうか」


 私はフィリアさんの手を取って、足早に歩き始める。ちょっと驚くフィリアさんをよそに、店主に顔だけ向けて言う。


「タダって約束、忘れないでくださいね!」

「えっ!? ああっ!? ちょっとズルいですよ旦那ぁ!」


 隣を歩くフィリアさんにウィンクしてみせれば、彼女はくすりと笑ってくれた。そして、木板に大きくこう書いて、店主に向けた。


『もちろん二人分ですよ!』


 それを見た店主の「そんなぁ~!?」という叫びに私たちは思わず噴き出した。

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