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探偵は王女と踊る  作者: 角増エル
[第1章] 呪術師殺人事件 問題編
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食い逃げ犯(2)

「それは呪いの紋様ですよね?」

 私のその指摘に店主は、「はあ……?」と訝しげな表情を浮かべる。が、

「はあ……?」

「……!」


 女性の方はものすごい勢いで首を上下に振っている。


「なっ!? ほ、本当なのか――?」

「食い逃げ犯は昨日『また来てやるよ』といって逃げて行ったんですよね? だとすると、声が出せない彼女は、その犯人であるはずがないと思うのですが」

「なにを……」


 店主が一瞬手の力を緩めたのだろう、その瞬間に女性はその手をするりと抜けて、背負子に括り付けられていた小さなウッドボードを手に取り、それに文字を書いていく。


「お、おい、何してんだ……」


 店主が一瞬遅れてそう咎めるや、彼女はその顔にウッドボードを突きつける。


「っ!」


 覗き込むと、そこにはこう書かれていた。


『私、半年ほど前に喉に呪いを受けていて、声を出すことができません。昨日いろいろな人にあることを訊ねて回ったので、その時から呪いにかかっていたことは証明できると思います』


「なっ……」と店主は一瞬狼狽し、「だ、だけど、俺は昨日、この嬢ちゃんの顔をはっきり見たんだ! 間違いなく喋ってた! それに、声を出せない演技なんてどれだけでもできるだろう!」

「まあ、確かに、声を出せないことの演技なんて、誰にだって簡単にできる。……いや、実際にはそう簡単でもないとは思いますが……、そう言われてしまえば、反論することは難しいでしょう。何かをできなかったということの証明は、できたということの証明の幾層倍もの困難を伴います」

 私のその言葉に、赤髪の客から『そうだ! この世界じゃ、『疑わしきを罰せよ』がルールだぜ!』と野次が飛ぶ。


「……っ!」


 女性の表情が険しくなり、その唇がきつく結ばれる。悔しいのだろう。そして、これまでにも同じような目に何度もあってきたのだろう。

 ――この世界における犯罪は、「疑わしきを罰せよ」が基本的な観念として定着している。

 魔法や呪い、特異体質といった理外の力が存在する以上、「無実の証明」は基本的には困難。だから、現行犯を除き、ある条件下において最も疑わしい人物がいれば、その人物が罰せられる。それが、この世界における犯罪に対する考え方だ。


 ――いや、正確には、「だった」というべきだろう。


「なので、私の能力チカラを使いましょう」

 私はそう言って、髪をかき上げる。

「はぁ? 何の――」

 店主が「何のことだ」と言おうとしてこちらに顔を向け、その言葉が最後まで紡がれることは無くなる。

 そこに、答えがあったから。

「……っ!?」


 女性もまた、私の顔を――いや、右目を見て、言葉を失っている。


「その眼……まさか兄ちゃん……」

「恐らくご想像通りですが、兄ちゃんはやめてください」

「は、はい……」


 私の眼は、彼らにはさぞ気味悪く映っていることだろう。

 だから私は普段、この左目を重めの前髪の下に隠し決して見られないようにしているんだし。


 ――私の左目は、通常の眼の機能を持っていない。

 だけどそのかわりに、ある特別な力が宿っている。


 私の左目にはまるで時計の長針と短針のような模様が浮かんでいて、それは、私の眼が「真実の眼」を持つことを意味する。

 そしてそれは同時に、私が「探偵」であることを意味している。

 私は目を丸くしてこちらを見る女性に向きなおり、訊ねる。

「お名前を聞いてもいいですか?」

 彼女は一瞬びくりと身体を震わせ、そしておずおずと、手にしていたウッドボードにその名を記していく。


『フィリア』


 いい名前だ。


「フィリアさんですね。……では、フィリアさん、あなたの情報を『明文化スティピュレーション』させて頂けますか」


 フィリアさんが、私の眼を見て頷く。彼女の大きな瞳には、私の顔、そして、私の眼が、はっきりと映っていた。その左目は酷く虚ろで、時計の針が十二時を指して止まっている。


「では、始めましょうか」


 私は肩にかけていた鞄から、羊皮紙を一枚取り出す。

「その紋章は……」店主が恐々と尋ねてくる。


「ええ、王家の紋章です」


 羊皮紙の上部には意匠を凝らした蔦のようなデザイン。それに囲まれるように、王家の紋章が入っている。

 さらにその下には、このような文が記されていた。


『以下に「真実の眼」によって記された事柄の全ては、リーリア・S・クリスタの名の下、真実であることを証明する。』


 ――要するに、この羊皮紙に私の能力で明文化された内容は、王家によってその正当性が保障されるということ。

 言い換えれば、ここに記された内容への異議はそのまま王家への異議申し立てとなることになる。場合によっては、食い逃げよりもよほど重罪だ。

 私はその羊皮紙に手をかざし、フィリアさんの眼を見る。


「フィリアさん、私の左目を見てください」


 フィリアさんが、言われるままに私の左目に視線を合わせる。

 ――瞬間、私の眼が熱を持ち始める。

 彼女の瞳の中の私の眼は、目まぐるしくその針を動かしている。

 私の手から、光が漏れる。すると羊皮紙に、最初はまばらに文字が浮かび上がった。

 その文字は少しずつ、意味をなして行く。

 魔法……呪い……特異体質……。

 それらの情報が、まるで火で炙り出したように、羊皮紙の上に文字として浮かび上がった。

 魔法と特異体質については、何も記載はない。だが、呪いに関する記載――そこには、こうあった。


〈失声の呪い〉

声を発することができなくなる。


 ――魔法や呪い、特異体質といった理外の力が存在する以上、「無実の証明」は基本的には困難だ。

 だから、現行犯を除き、ある条件下において最も疑わしい人物がいれば、その人物が罰せられる。

 それが、この世界における犯罪に対する考え方だ。

 ……いや、正確には、「だった」というべきだろう。

 何故なら――


「フィリアさんは、声を出すことができません。しかし、食い逃げ犯は言葉を発していた。よって、彼女は食い逃げ犯ではありません」


 何故なら、この国には今、唯一その無実を証明できる、「探偵」がいるからだ。

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