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探偵は王女と踊る  作者: 角増エル
[第1章] 呪術師殺人事件 問題編
3/49

王女の探偵(2)

「そして『狼男』は、男性にのみ発現する特異体質です。今回の襲撃の犯人が、女性であるはずがありません。――それを、ご命令通り、既に王女派とは関係のない別経路からの情報として民衆に喧伝済みです」


 少なからぬダメージはあるだろうが、もちろん、ただのデマだということで国王派はその噂を否定するだろう。どうせそうなるのならば、わざわざこれほどの労力を要して真実を突き止める必要もなく、本当に憶測を働かせただけのデマを流すだけでも効果はそう変わらなかっただろう。

 だが、王女は常々こう口にしている。


『正当な手順を踏むことが重要なのよ』


 と。

 確かに短期的に見れば無駄な労力に見えるかもしれない。が、中長期的に見て、正当な手順を以て真実を見出すことには、必ず意味がある。


『正確でない情報は、いつか綻びが生じるものだから』


 これも、彼女の口癖だ。


「……これで、お兄様の王位もますます危ういわね」


 国王派と王女派の争いはこれまで、あくまで議論の場で、牽制的動きを取り合うにとどまっていた。

 そもそも、王女派には必要以上に事を荒立たせるつもりはなかったのだ。国王は今はまだ愚王だが、権勢欲が人一倍強いわけでも過激な思想を持っているわけでもない。根のところはあくまで善良な人物だ。彼が手に余る判断を宰相に一任していることから現在のような対立構造を招いているが、国王が育ち、宰相に任せきりにせず自身の尺度で善悪を判断するようになれば――、王女派とて話し合いの余地は十分にあると考えていた。

 そして国王派も、これまでは少なくとも強行策に打っては出なかったことから、同じような未来を描いていると考えていた。

 だから、国王が育つまでは、国王派と王女派が睨みを利かせあい、決定的な崩壊を招かないように立ち回っていく――。

 少なくとも王女派は、それが現状における最善手だと考えていた。

 だがそれは、今となっては楽観的すぎだったと言わざるを得ない。今回の一件で、国王派はその不文律を破った。

 ……いや、そもそもそんな不文律など、最初から存在してはいなかったのだ。

 この一件以降、王女派は考えを改めた。

 このままでは、国王が育つ前に宰相らによって王女派は排斥され、王宮は宰相派の人間で埋め尽くされ、いずれは国王も殺されてしまうだろう。であるならばその前に、王女の手によって王位を簒奪する必要がある、と。

 例え王女が簒奪者の汚名を被ることになっても、今の宰相たちにこの国の実権を握らせてしまうよりはいい。だからなんとしてでも現国王の威信を失墜させる必要があり、様々な策を巡らせる中、私はその一手として、国王の名のもとに断行された死刑が冤罪であった可能性について調べていたのだ。



「ありがとう、イマジカ。あなたが狼男に傷を負わせてくれなければ、ここまで時間をかけて調べてみる価値があるとは、私も含めて誰も考えなかったでしょうね」

「とんでもないことです。あの時私が狼男を捕らえられてさえいれば、クリスタ様の命を危険に晒すことも、こうして無駄な時間を費やすこともなかったのですから。……申し訳有りません」

「またそんなことを言って……あなたがいなければ、私は殺されていたのよ?」

「ですが……。いえ、そうですね。すみません。でももし次に相対した時は、必ず捕らえてみせます」

「ふふ。期待しているわ――」


 彼女はそう言いつつ、少しずつこちらに向かって歩いてくる。決して彼女に目を向けないよう出入口の壁に背を預けているが、足音と、身体から滴っているのであろう水音でわかる。その艶めかしさが、私の思考を白く濁らせる。彼女は沐浴場の中、出入口のすぐそばで立ち止まった。


「……それはそうと、イマジカ。あなたに一つ、聞いてもらいたいお願いがあるのよ」


 ……それがどんな願いだったとしても、私には、それを断ることなどできはしない。


「はい、なんなりと」


 私がそう答えると、彼女は「もう、そうやって仰々しいのは苦手だって言ってるのに」と苦笑しつつ、


「王都から北に行ったところに、『クランブルク』っていう小さな町があるらしいのよ」

「はい」

「そこにね、呪術師がいるらしいの」

「……呪術師、ですか」

「ええ。……あなたに、その呪術師のところへ行ってきてほしいの」

「……それはもちろんかまいませんが…………理由を聞いても宜しいですか?」


 私の問いに、彼女は沐浴場から出て、私の目の前に立つことで答えた。

 誰もが羨む美貌に、まるで宝石のような輝きを放つブロンズの髪。その美貌は世界に轟き、国民人気は国王よりも圧倒的に王女の方が高い。この国で、彼女の名と顔を知らぬ者はそういないだろう。

 そんな彼女の肢体は湯に濡れていて、髪も身体にぴったりとくっついている。とはいえ、それは異変ではなく今が沐浴の後だからだ。

 病的なまでに細いその身体は元からだし、胸元の血管が透けて見えるほどの白さも、元からだ。

 それがえも言えぬ艶めかしさを放っているのも、元から。

 しかし、一つだけ、私が一月前に見たときにはありはしなかった異変が、彼女の身体にははっきりと表れていた。


「そ、れは……」


 言葉がうまく出なかった。

 彼女の身体。その右胸の上部には、淡く赤黒い光を放つ、黒薔薇の紋様が浮かび上がっていた。

 ……私はこれを、見たことがある。「裂傷の呪い」が付与された短剣。その刀身に、これと同じ紋様が浮かび上がっていた。


「しばらく前……王都にね、二人組の吟遊詩人がきていたのよ。それをこっそりみにいった日の帰りに、ね」


 彼女は、まるでいたずらを咎められることを恐れる子供のようにぽつりと言った。


「呪いを受けたのよ」


 呪い――。

 ある程度体系的にその種類や効果が整理されつつある魔法とは違って、呪いはその全容のほとんどが未だ謎に包まれている。特に、呪いにかかった際の対処方法としては、「呪いをかけた呪術師による解呪」以外の解呪方法が未だ解明されていない、――とされている。少なくとも、私がこの王宮で施された英才教育の過程では、その方法しか教えられていない。

 呪いをかけた呪術師の目的は不明だが、呪いには、それを行使する側にも大きな代償が伴うときく。ゆえに、ただの暇つぶしに呪いをかけた、ということは考えづらい。往々にしてあるのが、呪術師側から接触があり、多額の「解呪金」を迫られるケースだが、


「解呪金の要求は……」

「今のところ、ないわ」


 呪術師側からの接触がない場合、呪術師は既に、その呪いに対する報酬を何者かから得ている可能性が高い。

 だから、呪いにかけられ、呪術師からの接触がない場合、まずは、誰にどんな呪いをかけられたのかを調べる必要がある。


「外へ出るなら能力を使えとあれほど口を酸っぱくして言ったと思うのですが……」

「ええ、きちんと使っていったわよ。――それでも、私は呪いにかけられた」


 つまりそれは、彼女の能力を知っている、もしくは、彼女が能力を使っていたから呪いをかけた、ということになる――。

 まあ、どちらにせよ、穏やかなことではない。


「……分かりました。明日……いえ、これから発ちます」



 私は、急いで身支度を整えた。

 といっても、今しがた旅から帰ってきたばかりだったから、ほとんど時間はかからなかった。王宮を出る前にもう一度彼女に挨拶をと思い探していると、彼女は前庭の花壇の前にあるベンチに腰を下ろしていた。

 彼女は、沐浴と同じくらい、花が好きだ。


「ではリーリア様、クランブルクにいるという呪術師が御身に呪いをかけた呪術師なのかどうか、確かめて参ります。何か、それ以外にご要望などあれば」


 そう最後に確認すると、彼女は、私にこう指示した。


「その呪術師と、その身の回りに起きること、それを全て詳らかにして頂戴。あとは……そうね」


 いたずらっぽい笑みを浮かべて。


「『王女の探偵』として、あなたが為すべきことを為しなさい」


 ――この国には、王女が草案を提出し、前国王が設置した「探偵」という官職が存在する。

 この世界で物事の真偽を見定めることは、非常な困難を伴う。それはひとえに、魔法や呪い、特異体質といった「理外の力」――、それら不確定要素が跳梁跋扈し、それを他者から推し量ること、或いはそれを自ら証明することが基本的には不可能だからだ。

 ……だけど、私にはそれができる。

 私の持つ眼には、そういう力が宿っている。

 彼ら王族は、その力――他者の「理外の力」を読み取り、そして出力することができる特異体質、「真実の眼」を持つ者たちを国中から集め、英才教育を施した。

 その第一号が、私。


「もちろん、土産も忘れずにね。向こうでは、氷のヘリオトロープが咲くというから」

「――承りました」


 私は、王女の「探偵」だ。

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