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探偵は王女と踊る  作者: 角増エル
[第1章] 呪術師殺人事件 問題編
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王女の探偵(1)

 長く厳しい仕事を終えて、私は一月ぶりに、王都、そして王宮へと戻ってきた。

 私はまず、私がいない間、主人……つまり「王女」の世話を担当していた王宮付きの女官を訪ね、使用人部屋の一室で残りの仕事を引き継いだ。


「王女は今、沐浴中です」

「あれ、今日戻ると先にお伝えしていたはずですけど……」

「……だからこそだと思いますが?」


 女官は小さめのため息と共にそう呟くと、「まあ、そういうところが見ていて飽きなくていいんですがねぇ」と呆れ半分にやにや半分といった顔で去っていく。そして彼女は部屋から出て行く際、「そういえば、一つだけあえてわたくしからはお伝えしなかったことがありますが……、それはご本人の口からお聞きになってください」と言い残していった。

 いろいろとよくわからないが、ともかく王女は沐浴中らしい。私も使用人部屋を後にし、沐浴場へと足を運ぶ。


 沐浴場の外から「ただいま戻りました」と声をかけると、ちゃぷんという水音とともに、「あら、思ったよりはやかったわね。お帰りなさい」とゆったりとした声が返ってくる。

 久々にきいた主人の声。聴く者の心を虜にしてやまない澄んだソプラノが、沐浴場に静かに木霊する。

 沐浴中に声をかけるなど他の王族であれば不敬罪ものだが、彼女に関してはその心配はない。むしろ、沐浴場の中ですべての執務をこなして見せたという逸話すらあるくらいだ。それほど彼女は沐浴の時間をこよなく愛している。特に今日のように月の綺麗な夜には、沐浴場の天窓から見える星空と月を眺めての長湯に興じるのが常だ。

 私はそれを知っているので、「報告は、沐浴の後とさせていただきますね」その邪魔をしないようにとそう進言する。

 たとえ彼女が沐浴場の中でも執務をこなすことがあったとはいえ、そうしないに越したことは無いだろう。相応の事態であればそうするだろうが、今回はただの結果報告でしかない。沐浴のあと、彼女の髪を乾かしながらしたって遅くはない話しだ。そう思ってのことだったのだが――意外にも、彼女の返事はこうだった。


「いいえ、このまま報告をお願い。もうすぐ出るわ」

「……わかりました。……ご無理をなされているわけではないのですね?」


 彼女が、この綺麗な月夜を楽しむ間をすら惜しんでいる――。

 それはつまり、何か相応の事態が、彼女の身に起きているということに他ならないだろう。もし彼女の身体に異変が起きていて、私の報告を聞くために無理をしているようであれば、……たとえ王女の判断でも、それは止めなければならない。


「さすが、相変わらず察しがいいわね。でも、大丈夫よ。無理はしていないわ。……報告を」


 ……だが彼女は私の意図を汲んだうえで、無理はしていないと言っている。であれば、それ以上の詮索は野暮というものだろう。全く察しがいいのはどっちですかと心の中で呟きつつ「承知しました」と了承の意を伝え、報告を始める。


「ではまず、今回の調査結果についてですが……やはり、国王が断行した死刑は、冤罪でした」

「ふうん。どうして? 『彼』は国王派が言うには(・・・・・・・・)『狼男』だったのでしょう? そして、くだんの事件『王族殺し』の犯人は、狼男だったことが目撃されているわ」


 滴る水音と共に、彼女の声が聞こえてくる。試すような言葉とは裏腹に、その声音は、どこか楽しげだ。

 国王派の言い分が、これからどうやって否定されるのかを楽しみにしているのだろう。



 ――王族による封建的政治が布かれ表面的には一枚岩となっているこの国は今、その実大きく二つの勢力に分かれている。

 血統を重んじ、前国王の嫡男である現国王こそが絶対的な君主であるとする現国王派。

 それに対し、前国王の第二子、現国王陛下の妹君を擁する、つまり王女派。

 これだけきくと後者が傀儡政治のための道具として担ぎ上げられているように感じられるが、実際には全くの逆。

 善王であり賢王でもあった前国王――。

 その善性は、現国王が受け継いだ。

 ……しかし、その善性はあまりに幼稚で、あまりに未成熟だった。

 彼は争いごとを好まず、自ら政治に手を出すことをただ恐れている。また才にも恵まれなかったため、今はほとんど全てのまつりごとを、宰相に丸投げしている状態にある。……つまり厳密にいえば、現国王派は、別に血統を重んじているわけではない。表向きはそういうことにして、その真意は単純に、現国王を傀儡としてこの国を動かすことのできる宰相に付き従う「宰相派」というだけのはなしだ。……しかし、その宰相の行う政治は、あまりに独裁的だった。一度は廃止された「奴隷制」の再制定さえ目論んでいるとの情報すらある。

 対して王女は、前国王の賢性を受け継いだ。

 彼女は前国王からの信頼も厚く、表向きは前国王が制定した「探偵制度」についても、その草案は王女が提出したものだった。

 器という意味では現国王よりも遥かに国王の座に相応しいとする者たちと、宰相の独裁的な政治に反感を抱く者たちによってその体を成すのが、王女派。

 王女派は、愚王による丸投げ政治と宰相による独裁政治に耐えかね、その国のあり方に幾度となく苦言を呈し続けてきた。しかし宰相はもちろん、国王もそれにまともに取り合わなかった。そもそも、国王と王女が良好な関係を築けていたなら、国王は王女に助力を請えばよかったのだ。それをしなかったのは偏に、前国王が生前、王女の才をこそひどく認めていたことに対する劣等感があったから。その劣等感を宰相が煽り、利用し、この対立構造を作り出したのだ。



 そして、王女の言った『王族殺し』とは、半年ほど前の満月の夜、突如として王宮に狼男が現れ、警戒にあたる兵士を軒並み退け王女派の王族ばかりを殺して回った事件のことである。

 狼男とは男性にのみ発現する「特異体質」であり、満月の夜になると平時の倍ほどに身体が巨大化し、更には半人半狼の姿となるというものだ。

 狼男は最終的に王宮の王女の部屋にまで押し入って、私がなんとか退けたけれど、一歩間違えれば、王女の命もその時絶たれていただろう。

 あの時――狼男と対峙し、あまりの膂力に私もじわじわと劣勢に立たされた。

 が、丁度その夜、私は王女から護身用として「裂傷の呪い」が付与された短剣を受け取っていた。

 だから私は一か八か、大見得を切った。


『このまま戦い続ければ、十中八九私たちは殺されるでしょう。……でも、ただでは殺されません。あなたにも、決して軽くはない傷を負わせます。そして、この短剣で負った傷は、決して塞がることは無い。そうなれば、流石のあなたも遠からず、血が足りなくなって死ぬことになる』

『……そんな馬鹿げたことが』

『嘘だと思うなら、自慢の治癒力でその額の傷を塞いでみてはどうですか? きっと、できないはずですよ』


 狼男は身体に力を込めて、傷口を塞ごうとした。だが、それは叶わなかった。

 呪いは(・・・)、本当だ。

 塞がらない傷を認め、彼がその場を退いてくれたのは幸運と言うほかなかった。正直に言って、あのまま戦い続けて本当に、彼が将来的に失血死で死に至るような傷を負わせることができたかどうかはわからなかったから……。それほどまでに、狼男の膂力と技量は圧倒的だった。それは、例え彼が狼男でなくとも、勝てるかどうかわからないほどに。

 ――だから、その狼男が翌日あっさり拘束されたと聞いた時には耳を疑った。

 彼は国王の名のもとに即日処刑台に送られた。

 しかし首を落とされたその罪人の額に、傷はなかった……。

 つまり国王が断行したその処刑は、別人を狼男としてでっちあげただけのものである可能性が高かった。そしてそれが意味するのは、あの狼男の襲撃は、国王派の差し金によるものだったということ。国王派はそのことを悟られないために、足のつかなそうな適当な人間を犯人としてでっちあげ、国王自らそれを裁くことで、あたかもこの狼男の襲撃に自分たちは関与していないという態度を貫いているのだ。

 ここで王女派がなんの根拠もなく国王派に対して報復なりといった攻撃的な行動に出れば、国王派はそれを厳しく糾弾するだろう。国民には、「王女派から先に手を出した」ということにして。

 だから私は、その事件の真相を、ここ数ヵ月の間追い続けた。

 彼の働いていたという鉄工所で聞き込みを行い、唯一彼が親しくしていたという気弱そうな青年から、彼が南方の村の教会に仕送りをしていたという情報を得た。

 あとは処刑の瞬間を見ていた絵描きによる似顔絵だけを頼りにその村、そして教会を訪ねた。

 そんな気の遠くなるような調査と長旅の末、私は、彼ら国王派の浅慮とその非道を咎める方法を、ついに見つけ出した――。



「私の『眼』は、死んでしまった人間の能力を確認することはできません。ですから今回は時間がかかってしまいましたが……彼が彼ではなかった(・・・・・・・)ことを、ようやく突き止めることができました」


 私のたったそれだけの言葉で、聡明な王女殿下は全てを悟ったようだ。


「へえ……なるほどね。確かに、最後の泣き顔まで可愛い顔をしていたものね。彼が彼女であったなら(・・・・・・・・・・)、今回の事件は彼女の仕業であるはずがない」

「ご明察です。……今回死刑にされたのは、男性ではなく女性でした。彼女は稼ぎのいい男性向けの仕事を受けるため男装をしていたのですが、国王派はそれをよく確かめもせず、肌の色からして彼女がこの国の人間ではなく足が付きにくいという理由だけで犯人として摘発し、処刑したのでしょう。遥か南の町にあった彼女が育てられた孤児院の責任者が、彼女が女性であることを証言してくれました。その土地の教会に、記録も残っています。そして――」


 一拍置いて、続ける。


「そして『狼男』は、男性にのみ発現する(・・・・・・・・・)特異体質・・・・です。今回の襲撃の犯人が、女性であるはずがありません」

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