表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
探偵は王女と踊る  作者: 角増エル
[第1章] 呪術師殺人事件 問題編
PR
17/49

素敵な偶然

『ねえ、あなた。私の、探偵になってくれないかしら?』 


 その言葉が、蝋燭の火が幽かに揺らめく薄暗闇の中に響く。

 これは、私の人生を決定づけた、あの日の一幕……。もう随分昔の……つまり、夢だ。

 どうして今更こんな夢を……? まあ、今はもう少し、このまま寝ていたい気分だ。

 王女に声をかけられているのは、幼い頃の私。それを私は、俯瞰している。

 ……あの時私は、なんと返したのだっただろうか。

 確か——


『あなたの、タンテイ……? それって、なんですか?』


 そうだ。初めて聞いたその探偵という言葉に、私は戸惑うだけだった。その言葉の意味を問い、そして彼女はこう言ったのだ。


『そうね。……探偵は、真実を明らかにする存在。そして、私はこの国の王女。だからあなたは、私のために(・・・・・)、私の求める真実を明らかにする、王女の探偵になるのよ。そうすればきっと——』

 

 ——あなたも、あなたの目的を果たすことができるから。


 王女は、この国における犯罪捜査の歪みを正したい。

 私は、この国で理不尽な扱いを受ける人々を救いたい。

 私たちの利害関係は、確かに一致しているように感じられた。であれば、返す言葉は決まっていた。そもそも、彼女の放つ魅力に逆らうことのできるような克己心を、私は持ち合わせていなかった。

 衰弱によって掠れていたはずの喉は、なぜかその一言だけは、明朗に音を発した。


「喜んで、お仕えします」


 あの時、私たち二人の目的の呼応関係は、確かに成立していたと思う。

 でも、今は……



 * * *



 寒い。それに、冷たい。

 手首と……それに足首も。

 固い床。埃っぽくて、少し錆びた鉄の匂い。

 ……ここはどこだろう。

 確か私は、使用人の女性――そう、アイラさんと廊下で会って、彼女の持つ氷のヘリオトロープの甘い香りに眠気を誘われ眠りに落ちた。

 霞む視界を鮮明にしようと手を目に伸ばそうとするが、手は動いてくれない。いや、厳密には、動かすことができない。何かで固定されている。足もそうだ。

 これは、枷。だから冷たい。

 どうしてだろう。私は、この感覚を知っている。

 いや……そうだ。私は幼いころ、しばらくの間、確かに今と同じ状況にあった。

 ――あの日、王女が私を迎えに来てくれるまで、私はここに似た場所に囚われていた。


(だから、あんな夢を……)


 不意に、首を誰かに掴まれる。その固い体毛が私の肌を刺す。

 頭を持ち上げられて、何かを首に嵌められる。そして、錠がなされた。


「――これでいいんだな?」


 頭を持ち上げられて、視界がようやく戻ってくる。


「そうです」


 そこにいたのは、


「私も、そこのアイラも、力仕事には向いていないので。――あなたがいてくれて助かりました」


 呪術師、アイラさん、そして――


「どうして……あなたがここに……?」

「おっと、丁度お目覚めのようだぜ」


 そこは、小さな石造りの牢だった。

 鉄格子を挟んで、呪術師がせむし気味に、枯れ木のように立っている。

 その後ろには、アイラさんがいた。顔は床に向けられていて、表情は読めない。

 さらにその後ろには上り階段。そうだ、一階を見て回った時、地下へと続く階段を確かに見た。ここは、館の地下なのだろう。

 そして私の目の前には――、三メートルはあるだろう巨躯。全身、固い毛に覆われている。その相貌は、人間のものではない。


 そこには、狼男がいた。


 その額には、わずかに血が滲んでいる浅い裂傷。

 ……つまり、その狼男はあの時の狼男であり、それは彼が、「王族殺し」の真犯人であることを意味していた。


「まあ、偶然だな。偶然、俺たちは同じ時期に、この宿に居合わせたってことだ」

「それは……最高に素敵な偶然ですね」


 私は皮肉を込めてそう言ったけれど、呪術師は口元を不敵な笑みに歪ませる。


「本当に、色々な意味で素敵な偶然だ。そもそも、もし今日来られたのがどちらかだけだった場合、私はどちらも宿の中には入れなかったでしょうしね。――私とて、そう簡単に殺されるわけにはいかない」


 どういうことだろう……。

 先刻彼が言った通り、呪術師もアイラさんも、私を楽に運ぶことのできるような体格はしていない。私を運ぶには狼男の協力が必要だった。それはまあ、なんとなく理解できる。それだって幾らでもやりようはあると思うんだけど……。まあ、まだ説明もつく。

 だが、どうして狼男だけだった場合も、彼は狼男を泊めることができないのだろう。

 そもそも、私が彼を殺す? そんなことをして、呪いを解くことができなくなってはもともこもない。

 長い歴史の中で、多くの人が、呪術師によって呪いをかけられてきた。当然、呪いにかけられた誰かを助けるため、その家族や親友たち、また彼らから依頼を受けた誰かが多くの呪術師を殺してもきた。

 しかし、彼らはその後、皆一様に、後悔することになった。

 なぜか。


 呪いが、解けなかったからだ。


 彼らは呪いを解こうと呪術師を殺したが、逆に、唯一解呪が可能な存在である呪術師が死に、その誰かが死ぬまで、その呪いを解くことがかなわなくるだけだった。

 これは、この国に昔から語り継がれる教訓。

 そして私も、それを目にしたことがある。かつて私が関わった事件。その被害者は、呪術師だった。犯人の動機は、呪いをかけられた娘を助けるため。しかし結局彼らに訪れたのは、教訓の通りの結末。呪いは、解けなかった。

 ――そう。だから呪いは、呪術師を殺したって解けはしない。少なくとも一般的には、そう言われている。

 だから、私には彼を殺す理由なんて――いや、理由はあっても、殺すことはできない、そのはずなのに……。


「おや……? あなたなら私の言葉の意味を理解できると思ったのですが……。いや、待て。まさか……」


 私が考えを巡らせていると、呪術師が何やらぶつぶつと呟いたと思えば、狼男に命じた。


「その女の、胸元を見せてください」


 ……今、なんと言った?


「……確認するが、殺すんでも拷問するんでもなく、こいつの服ひん剥いて、胸元を見せてやりゃいいのか?」

「そう言っています」

「なっ――!?」

「へえ、アンタも意外と好きなんだねェ」


 狼男が、私の外套の首元に爪を立てた。厚手の外套だし、中にだって相当着込んでいる。だが、それらはいずれも寒さを凌ぐためのものであり、それ以外を防ぐものではない。狼男のその屈強で鋭い爪の前には、あまりに心もとない。


「まあお前も、拷問よりはいいだろ?」


 狼男の爪が、外套を切り裂く。


「――っ」


 声を上げそうになるが、堪えろ。堪えて、考えろ。 

 私の身を包むものが、外套から下着まで全て、胸元まで引き裂かれる。

 狼男が小さく口笛を吹いて、


「へえ、意外と、なくはないってところか」


 などという。

 そうだ。外側からは無いように見えるだけで、私にだって決してその女性の証がないわけではない。じゃなくて、考えろ。

 だが、これを望んだ呪術師は、


「ない……」


 と、悲痛な響きをもって小さくつぶやく。……これは一種の、精神的拷問の類ですか?

 いや、流されるな。たぶん、彼が言っているのは胸の話しではない。胸が期待したよりもないというだけであそこまでの悲しみを感じられる人間である可能性だってなくはないが、きっと違う。

 またなにやら呟いている。


「あの時、確かにこの顔を……私は確かに、お前に〈従順の呪い〉を……。しかし呪いの印が……であれば、私が呪いをかけたのは一体……そもそも、だとするとどうして王女はこの娘をここに……」


 呪術師はしばらく考え込んで、


「まあ、今は考えても仕方ないでしょうね……。むしろ私としては、王族から更に金を巻き上げるいい交渉のカードを手に入れた、とでも考えておけばいい。……アイラ、お前はあの王族の狗がここから逃げないよう、見張っていなさい。……くれぐれも、逃がさないように」


 そう言って、階段に向かって身をひるがえした。


「承知……しました」


 アイラさんが、小さく首肯する。


「おい、俺は」


 狼男が短く訊ねると、


「ああ、あなたは、もう部屋に戻っていいです。短剣に付与した裂傷の呪いは、約束通り明日解いて差し上げましょう。そうすれば、その額の傷も、普通の傷と同じく癒えるようになる」


 呪術師はそう言い残して、その場を去っていった。

 しかし、なるほど。狼男はここに、裂傷の呪いを解呪しに来た。だが、その呪いは、私の持つ短剣に付与された「裂傷の呪い」を解かなければ、解呪できない呪いだった。だから、今日この場に私が居合わせたことは確かに、彼らにとって素敵な偶然だったかもしれない。

 でも結局、彼が狼男を一人で泊めることができない理由にはなっていない。

 ……狼男に殺されることを恐れている?

 いや、彼だって間接的にではあるが額に呪いを受けている。そもそも彼の目的はどうやら、呪いを解くことらしい。そんな彼が、呪術師を殺せるはずがない。

 だが、考えても答えは出ず、謎は深まっていくばかり。

 であれば、一旦それは後回しだ。

「呪術師ってのは本当に勝手な奴ばっかりだ……」とぼやきながら、狼男もまたこの場から去ろうとしている。彼には、一つ問うておきたい。わたしは、去り際の彼の背中に声をかける。


「あなたはどうして、国王派に加担したんですか? あの夜のことは、あなたなりに国王派と王女派の正義を秤にかけての選択だったんですか?」


 彼ほどの力があれば、国王派の依頼を撥ね付けてもよかったはずだ。だが、彼はあの夜、国王派の差し金で王女派の王族を殺して回った。そこには、彼なりの正義があったのだろうか。

 私は、どうしてもそれを知りたかった。

 もしあの夜の出来事が、国王派と王女派の正義、その二つを天秤にかけて下した決断だったのだとしたら、私に彼を咎める権利はない。

 そこにあるのは、認識の相違。それだけだ。

 私には国王派に正義があるとはとても思えないけれど、それは見方次第だ。国王派の行動だってもしかしたら、誰かにとっての正義となり得るのかもしれない。

 だけど、もし、あの夜の彼の行動原理が、もっと浅い部分にあったとしたら……。

 私は、彼を許すわけにはいかない。

 どちらにしろ彼を捕らえることは必要だが、それに臨む際の、心の在り方が違ってくる。

 そして、彼の答えは、私の望むものではなかった。

「いいや、俺にとっての正義は、どっちの方が金払いがいいか、それだけだよ。そもそもお前こそ、あんな王族たちに正義があると本気で思ってるのか?」

 狼男は悪びれもせずそう言って、その巨体にはさぞ窮屈だったであろう地下牢を、ゆっくりと去っていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ