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第二話

※残酷描写あり。注意。

第二話 


 俯いたままの俺を無視して礼は顔色ひとつ変えずに、淡々と謝罪を述べてから安っぽい合板のドアをノックすれば、下のフロントから連絡が行っていたのだろう、すぐに、田中美沙がドアを十五センチほど開いて、顔を出した。


「あー、待ってましたぁ」


へらっと笑う顔は黒く日焼けしたものがようやく薄ら茶色に変化したくらいで、プリンと言われる髪色はだらしなさを助長している。数は減らしている物の、耳には何か所もへこみが見られ、一体いくつピアスを刺していたんだろうと考えてしまう程。


「悪かったね、遅くなって」


礼はその初対面の田中美沙をじろじろと観察する事も無く、やんわりと笑みながら穏やかに言い、言われた田中美沙はホッとした顔をしながら、一度ドアを閉めてガチャガチャ音を立て、それからドアを開いてくれる。

礼が力強く俺を引っ張り、それに引きずられるように中に入れば、三階の一室はカーテンも閉め切ったまま、薄暗く、こういう時に男女の違いを見せつけられるような気がして、礼の手を振りほどこうとすれば、礼はそれを許してはくれなかった。


「で? 景品はどこ?」


景品、と、滅多に使わないような言葉を礼は声を少し低くして田中美沙に告げる。それにびくりっとしたのは彼女だけじゃなく、俺も、で。

けれど、俺は礼と付き合いが長いから、分かってしまう。


さっきの謝罪も。

この事態も。


礼は本当の意味で歓迎はしていない。

俺の事を思って、『佐久間』の為を思って。

一人で我慢するつもりなんだろう。


―もう少しだけ、佐久間雛子を演じてくれない?


あの言葉にはそれがありありと含まれていたのが分かったから、さっき俺の目からは昨日流れなかった、本物が流れ落ちたんだ。

でも、礼。

俺もこう見えても、お前には到底敵わなくても、佐久間なんだ。


「礼、違うだろ。景品じゃない。……『希望』だ」


ぐっと握り返した手を、礼は一瞬だけ視線を向け、その口元は俺が塞いでない手で隠された。きっと大きな男の割に綺麗な手の下には笑みが浮かんでいる。


運命共同体なんだ、所詮、俺達は。



「そうだね、雛子。……じゃあ、会わせてもらおうか。俺達の『希望』に」


俺と礼のやり取りをハラハラした顔をして聞いていた幼さしか残らない田中美沙は、何度もその言葉に頷いて、こっちですと、部屋の奥へ案内してくれ、そこで、俺達は初めて、その子に遭遇した。


やせ細り、春先だと言うのに厚手の黒いニットワンピースを着て、ボブの髪から見える首筋にたくさんの小さな痣や指の跡を残したその子を。

俺にも礼にも、一緒に居たはずの田中美沙にも背を向けたまま、お腹を守るよう両腕でしっかりと抱えて動かない、小さな体を。


そして、ワンピースから伸びる細い手足に付いた、新旧様々な強姦の跡を。


俺が息を飲むより礼が動く方が早かった。繋いでいた手をさっと離し、礼は躊躇う事なく、自分が来ていた春物のトレンチコートを脱ぐとその子に、そっと掛けてやる。布地が触れるわずかな一瞬だけ、その子はびくりと体を揺らした後、礼はそっとベッドから離れて、田中美沙の方を向いた。


「……悪いけど、三人にしてくれる? 雛子、彼女に御茶代を」


穏やかないつもと変わらない響きの礼の声に、俺は呆けた意識が急に呼び戻され、ああ、と返事をしながらスーツの内ポケットから薄い財布を取り出し、一万円札を田中美沙に握らせる。


「携帯に電話するまで帰って来なくていいから」


でも、と何かを言いかけた彼女の手を俺はにっこりと雛子として笑んでから力強く握れば、ようやく分かったらしく、皺が寄った札を握りしめ、ルームキーも置いて田中美沙が部屋から出ていく。



「さて、雛子。……どうしようか」



ぱたん、と、ドアが閉まる音を聞いてから、礼は俺の方を振り返って、泣きそうな顔をしてみせた。初めてみるような礼のそんな顔に、胸がドキリとする。


「どう、って」


言葉が続かなくて、その前にベッドに近づいていいのかも分からず、俺は礼越しにその子を見つめる。礼の大きいベージュの春物のコートの下にすっぽり隠れた体は、あの一瞬だけ動いただけで、後は入ってきた時と同じように固まっている。


「……それは、俺に聞いてるのか? それとも……『雛子』に、聞いてるの?」


礼の顔を見て、取った行動を見て、分かっていたはずなのに、俺はそう尋ねていた。礼が、あんな顔をする事も、あんな行動をする事も、こんな風に頼る事も、今まで無かった。

つまり、礼は、徹には呼びかけていないんだ。


同じ『佐久間』という名前を背負って教育を受け、運命を受け入れ、共犯になった、妻に、夫として、初めて頼ってきている。


「……雛子、に。俺にはこれ以上どうしようも、ない。……『男』として、この子をこんな風にした奴らが許せないんだ。だから、本当に申し訳ないけれど、『女』として、雛子に頼みたい。必要なら、俺も外に出ているから」


礼の目の端が鈍く光る。それはゆっくりとサングラスの下を通って頬で光った。



礼は、何を見たんだ。

コートを掛ける時に、何を、見たんだ。


ごくりと喉が鳴る。

けれど、小さく頷いて、サングラスを外し、預けようと礼に手を伸ばした。礼は素直に受け取りながら、頬を流れる涙をスーツの腕で拭っている。



この話を持ってきたのも、ほとんど本決まりにしてから礼に提案したのも、俺だ。

佐久間雛子だ。


そして一度も文句を言わなかった礼が全身で怒っている。

許せない、と、言った。



『女』である事が嫌な事を誰よりも知っている礼が、俺に『女』として、ベッドの上の子に接してくれと、頼んだんだ。



ひとつ息を吐いて、それから、目を閉じる。

佐久間雛子は昨日で半分捨てたつもりで、居た。

けれど、結局、俺はずっと佐久間雛子であり続けなくちゃいけない。


今日ここに来るまで、礼がさっき言った言葉で、何となく夢を見ていた。

礼が、約束を破った事なんて、なかったから。



でも、最初から決まっていたじゃないか。


俺も礼も、運命共同体だって。

そして、俺達は俺達の手で、新しい共同体を生みだしたんだ。


ちっぽけな金と俺達の都合で。


薄汚れた絨毯の上をなるべく音を立てないようにそっと歩いて、ベッドを回り込んでその子の前に向かう。

胸が、心臓が、鼓動が、速くなる。


怖い、と思った。

いつも何に対しても余裕を持っている礼が動揺するほどってどんななんだって、本気で思った。




だから。


真正面から、その子を見た瞬間、朝食を食べなかった事を幸運だと思った。

食べていたら、我慢できなかったかも知れない。

胃の中から全部、床に、撒き散らしていたかも知れない。


初めて見たその顔は、痣だらけで、へこんだ部分と腫れあがった部分が混在し、赤みと青みを両方帯び、紫色に変色しかかっていた。

それを見せまいと懸命に下手くそに切られたボブカットもどきの髪を垂らして、俯いたまま膨らんでもいない腹を抱えるのは、さっき出て行った田中美沙と大して変わらない子、だったんだ。

相変わらずひどい作風ですね。竹野作品にレイプって付き物なの?って言われそうなくらい、ひどいですね。今回はレイプされてる描写がないだけ、ましってことで許してください。

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