第一話
四月一日に間に合わなかったのは許してください。あと、全然、本編書いてないのもついでに許して。
第一話
純白のドレスは胸元が大きく開いたデザインで、その下で押し上げた胸を綺麗に見せている。たっぷりとした栗色の緩やかに波打つ髪は太さをまちまちにしたデザインで幾重にも編まれ、その隙間、隙間にみずみずしい白薔薇と白百合が、彼女の元々の顔を打ち消す事なく、バランスよく配置されていた。
「いやぁ、本当におめでたい」
赤ら顔をした招待客にキャンドルサービスして回る事に違和感を全く感じさせないのも、それをしている二人の笑みがまったくいつもと同じように崩れないのも、それは俺達が『佐久間』だから、だ。
滅多にない事なのだろうが、今日の婚礼の会場には、両家とも『佐久間家』と記されている。
この日の為に、しっかりと一年以上掛け、俺と雛子は準備をしてきた。
招待客の選別から引き出物、テーブルの飾りやカトラリーのひとつに至るまで、互いの両親の意見を上手く取り入れながら、表向きは愛し合っている二人を演じ、裏では溜息混じりに悪態を吐いて。
そうして、春。
桜が一番美しく映えるこの季節を狙って、ハレの日を迎えたんだ。
俺が26歳、雛子が25歳。
互いの誕生日のちょうど間頃を狙ったのは、それで折り合いをつけたという所だろう。
俺と雛子は生まれながらの許嫁で、いずれこの日が来るのは分かって居た。
けれど、それは思って居たよりずっと早く訪れた。
雛子の同級生が次々に結婚する中、雛子だけが取り残された事に危機感を感じた彼女の両親が、一芝居打ったのだ。
曰く、雛子の母が病魔に冒されたのだと。
当初、それは事態が変わったと、二人で慌てて婚約という形をとる事で何とか事を収めようとしたが、今度はそれに便乗し、俺の両親、つまり、佐久間の本家の当主夫婦が乗っかって来る。
そうなると、特に俺の母親の一言は鶴の一声に違いなく、日取りまで決められて、後に引けなくなった。
事実を知ったのはそれから半年後の事で、病院に通う様子も見せない自分の母親に詰め寄った雛子にあっさりと彼女の母親は嘘だったことを明かし、しかし、その時にはもう、事態は収まらない所まで進んでいた。
すっかり互いの両親に嵌められた形となった本日の主役の中の主役である、佐久間雛子は、今、両親への手紙を涙をはらはらと流しながら読んでいる。なんでそんな風に泣けるんだとそれが嘘泣きだと知っている俺でさえ、貰い泣きしそうな迫真の演技に広い会場のあちらこちらからは、啜り泣く音が絶えない。
「……これからは礼さんを夫とし、ずっと二人で支え合い、佐久間のますますの発展のため、良き妻として歩んで行こうと思ってます。御父様、御母様、そして……もう一人の新しい御義母様、御義父様。どうぞ、これからも雛子をよろしくお願い致します」
深く頭を下げると、百合の香りが周囲に散らばる。慌ててそれに合わせ、頭を下げれば割れんばかりの拍手が起こり、それが鳴りやむまで頭を下げ続けた雛子の口元が皮肉めいた形に歪んでいたのは、きっと俺しか知らない。
「あー、疲れた。疲れったっ!!」
お色直しも純白のドレスだった雛子はそれをそのまま、俺の家、つまるところ所謂新婚さんの愛の巣である新居に着たまま戻ってきた彼女はハイヒールのまま床をカツカツ鳴らし、ドレスを手慣れた様子でさばきながら何も置いてない廊下を小走りで走ると、リビングダイニングのL字型のソファにどっかりと座り込む。
さっきまでの大和撫子はすっかり鳴りを潜め、大股を開くものだから、俺の座る場所はそこには無く、仕方なく白いタキシードの上着を脱ぎながらテーブルの椅子に掛け、ネクタイを緩めながら、普段通りにキッチンに入り、冷蔵庫からミネラルウォーターを二本持って戻り、俺の妻となった雛子の背もたれに腰を下ろしながら、はい、と手渡す。
雛子はヒールを脱ぎ捨てながら、それを受け取り、ネイルが施された長い指で器用に蓋を空けて、ごくごくと音を鳴らしてそれを飲んでいく。
「全く、ね。……それにしても、いいタイミングで雛子の恋人の知り合いが子供、出来て良かった、ね」
同じ様にペットボトルを傾ければ、冷たい水が食道を通り、胃の中に染みわたる。だいぶバケツに捨ててきたとは言え、やはり500人近い招待客全員から受けたお酌にの一口は結構な酒量になっているようだ。
「んー、まぁ、な。正確に言えば、まだ恋人じゃねーよ。バーでこの前会って仲良くなった子。ギャル抜けしたばっかりって感じでさ。佐久間商事受けるってんで、話してたら、ちらっとその話が出たから……、な」
ぷはーっと、こっとは一滴もお酒を呑んでいない雛子はにやにやと厭らしい顔をしながら、佐久間の名前を出してその子供を引き取れないかと、初対面の女の子に聞いたそうだ。高校生だという彼女は、それはそれは驚きながら、自分を佐久間商事で雇い入れてくれる事と、身籠った女の面倒を見る事と、身籠らせた男の口止め料を、その場で、その男と相談してしまったらしい。
そんなこんなで、俺の知らない間にその話は本決まりし、それに俺からいくつか条件を付けた契約書を次の週には作って、雛子は俺から預かって行った契約書に、田中美沙と瀬谷明という二人の名前のサインと印鑑を貰った契約書を俺に返してきた。
俺から出した条件は大した物じゃなく、形だけの面接は行う事と今後一切子供の事を他言せず関わらない事、身籠った女の面倒を見る代わりにその女にも関わらない事、だけ、だった。
それをあっさりと相手方は受け入れ、俺との子供を作る事など考えていなかった雛子もあっさりとそれを受け入れ、雛子をと言うか『女』を抱く事を体が拒否する俺もあっさりとそれを受け入れ、こうして四人は非人道的な協力者に成りあがった。
そう、当事者である『身籠った女』は、蚊帳の外に置いたまま、俺達は話を全て進めたのだ。
翌日。
二日酔いでぼんやりとする頭を軽くシャワーで流し、元々は俺の部屋だったこの家で一番デカい部屋だった場所に妻を呼びに行った。
結婚する際に雛子はこの家の改築を求め、両親には生まれてくる子供の為だと嘘を吐き、それを堂々とやってのけた。
雛子曰く、別に隣同士の部屋でも構わないが、女が喘ぐ声なんて聴きたくないだろうと笑い、それに同意せざるを得ない俺は和室と納屋とその隣の部屋の壁を取っ払い、一つの大きな部屋にした。後々の事を考え、一応ドアは玄関側にひとつ、リビングダイニング側に一つ。納屋の中心辺りにウォークインクローゼットを壁にくっつく形で付け、そこも含めてパーテションで隔てられるようにしてある。
「開いてる」
中からは綺麗な声に似つかない乱暴な口調が返って来て、がちゃりとドアを開ければ、全くいじっていない俺の元寝室のど真ん中で妻になったばかりの雛子は素っ裸のまま、下着をつける所だった。秘部や胸を隠す事なく、こちらに背を斜めに向け、屈んでいる後姿は、普通の男ならそのままベッドに押し倒しているだろう。
けれど、新婚初夜を一緒に過ごす事無く、俺の下腹部はこの光景に全く反応せず、代わりにため息を吐いた。
「雛子」
一枚何万もするシルクのショーツを履いた雛子は何だよと片眉を上げながら、こちらを向き、腕を組む。あまり大きくないが形の良い胸がそれに押し上げられ、男の手で弄られた事のない先端がピンっとこちらを向いている。
「俺と二人なら、ね、構わないけれど。……明日からは、止めて、ね? 少なくとも、もう一人住人が……俺達が巻き込んだ子が一緒に住むっていうの忘れないで。雛子が……その子に『徹』を見せるのか、『雛子』を貫くのかは、俺はどちらでも構わないし、俺の方の『佐久間』の跡取りだから、俺の方の部屋で面倒を見る事も構わないけれど、その内、子供が生まれるっていうのだけは、ちゃんと覚えておいてね?」
やってられないと雛子はもう片方の眉を上げながら、話の途中から着替えに戻り始め、俺はその先に、生まれてくるのは次の『佐久間』なんだと、分かって居るのだろうか、と、頭が痛くなる気がした。
ちゃっちゃと着替え、軽く化粧をしたパンツスーツ姿の雛子を俺の愛車に乗せ、田中美沙という共犯者の一人の指定したホテルの一室へと向かう。
そこは佐久間の息がかかっている所ではなく、もちろん、田中美沙に手配をさせ、俺と雛子はサングラスを掛けて車を降りた。
酒井や井村を使わなかったのは、お互いが信用しているお互いに長年連れ添った運転手でも、この話は聞かせられないと覚悟をしているからだ。
普通のビジネスホテル、フロントで田中美沙の名を告げ、予め打ち合わせておいた偽名をこちらが告げれば、フロントはひとつ返事で部屋番号を教えてくれ、五階建ての三階という何とも中途半端なフロアの一室へ二人で向かう。
腕を組む事もせず、淡々と、俺を先頭に歩き、エレベーターが閉まってから、ようやく口を開く。
「朝の返事だけどな」
雛子が本当にめんどくさそうに口を開き、振り返る事なく、視線だけそちらへ向ければ、隙間からそれが見えたのか、彼女は言葉を続ける。
「礼に面倒を押し付けたのは分かってる。けど、な。実際に身の回りの世話をすんのは、俺、何だよ、礼。……徹にするか、雛子にするかは、相手を見てから決める。なんせ一生モン、だから、な」
チン、と軽い音がして古いエレベーターは、俺が何か言うより前にその扉を開き、呆気に取られた俺を押し退けるように、雛子は先にエレベーターを降り、低いヒールの割に高い音を立て目的の部屋へと歩いて行ってしまい、慌てて後を追った。
確かにその通り、なんだ。
雛子はそれまで勤めていた、仕事を覚えかけていた佐久間運輸を強制的に寿退社させられ、今後、徐々に腹に詰め物をして、妊娠している『佐久間雛子』として振舞わないといけない。
それを選んだのは、俺も雛子も、同意の間柄ではあるけれど、雛子の方がずっと大変には違いなかった。
だからこそ、俺は、身籠った女の素性も知らないのに、同じ部屋で過ごす事くらいは、と、了承したんだ。
309と書かれたプレートの前で、雛子はノックをする形に手を丸めたまま、固まっていた。
その横顔にさっきまでの余裕も笑みも、無い。
俺も雛子も『普通』じゃない。
だから、何とかして、本当はこの結婚を避けたかった。
何とかして、俺は、雛子を自由にしてやりたかった。
固まった手にそっと左手を重ねて、下に降ろさせ、ごく自然に指を絡ませて繋ぐ。
「……あの時の約束、守れなくて、本当にごめん。でも、俺は、ね。俺なりに、雛子を愛しているよ。子供が生まれるまで、もう少しだけ、俺と未来の跡取りの為に『佐久間雛子』を演じてて。……その後は、俺がどうにかするから」
静かに告げた言葉はずっと言えなかった謝罪。守れなかった約束への謝罪。繋いだ手が微かに震えている。高校生だったころの俺達。子供だったあの頃の約束。
傷つけてしまった、俺の大切ないとこ。
『佐久間』での唯一の、味方。
だからこそ、今度こそ、本気で守りに行く。
雛子も、跡取りも、それから……巻き込んだ女、も。
大体、五話前後で終わるだろうという感じでプロット立ててます。
一応本編と混じるので、これだけ単独で作品に致しました。
二次創作?と、悩んだのですが、作者一緒だから良いかな、みたいな。
もしかしたら、後からタグ付けるかもです。
みかんシリーズである事には変わりません。