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06


 どっと疲れが出る。荷物を全て放り投げると、ベッドの上でうつ伏せになって倒れた。

 そういえば身体が臭い。町には大浴場などもあるらしいが、まだ足を運んだことはなかった。

 今日はもう外へ出る気力がない。


 暫くそうして目を瞑った後に、起き上がって剣を手に取った。

 柄を握り、鞘から刃を抜く。小柄な片手剣であるらしいが、片手が振るうにはかなり重い。

 これもレベルが上がれば軽々と扱えるようになるのだろうか。


 ふと、部屋の窓が開いていることに気付いた。

 ベッドから降りて、そこから外を覗く。

 三階から見下ろす夜の景色は、日本のそれとは似ても似つかなかった。

 街灯の光は弱く、高い建物も数える程度にしかない。

 星は爛々と輝いていて、その手前で月が町を見守っていた。


「明日は町の外に出るかー……」


 そんなことを呟きながら窓を閉めようとした、その時だった。

 街灯の輝きが消えた。他の、数少ない明かりを灯していた家々の窓からも光が消失する。


 どこか遠くから、何か、音が、音が聞こえる。

 あれは走る、足音か?

 人間じゃない。馬?


 そして、悲鳴が連続した。


「な、なんだなんだ!?」


 そこら中の家の中から、パニックになったような騒ぎ声が漏れる。

 他の部屋からも同様だ。

 次に、低い大きな音が四方から聞こえた。

 知っている。映画やゲームで耳にしたことのある音だ。


「騎士団の角笛だ! 亜族だ! 亜族が来――」


 下の方から男の声が響いたのと同時に、駆け抜ける馬の群れが声の主を跳ね飛ばした。

 短い悲鳴が耳を掠めて、今度は下の階の扉が破られる音が。


「きゃああああ!! オーク、オークが、ぎゃっ――」


 また声が途切れる。

 敵が下にいるのか?

 俺は慌てて、ベッドに置いていた剣を手に取った。

 ついでにコートを着込み、リボルバーをポーチから抜く。

 鞘から剣を抜いた瞬間、部屋の扉が蹴破られた。


「っ!?」


 同時に、ベッドの下に潜り込んだ。

 息が止まる。耳がいつも以上に敏感になって、入って来た連中の鼻息を拾う。

 黒っぽいごつごつした肌の上に、汚れや染みのついた鎧を纏っている。

 鼻息は荒く、人型しているのに、それは果てしなく人ではなかった。

 薄闇の向こうに立っているのは、間違いなくオークと呼ばれる生き物だ。


「居ナイゾ」


「臭イハコノ宿カラスル。女神ノテヲ持ツ者ガ、ココニ居ルノハ確カダ」


「モシ見ツカラナカッタラドウスル?」


「構ワン。全員殺セバイイ話ダロウ」


 そんな会話をすると、オーク達は部屋を出て行った。

 何か、誰かを探している様子だったが、何物かが彼らに狙われているのだろうか。

 オークがわざわざ死のリスクを負ってまで始末しにやってくる存在とは、一体どんなものなのだろう。

 いや、そんな事よりも、全員殺すと連中は言っていた。

 

 下の階には、もう生きている人間はいないのか。

 上の階に、あとどれくらいの人が生きているのか。

 誰か、他に戦っている人はいるのか。

 敵の、オークの数はあの三匹以外にどれ程なのだろう。

 いや、そんな事を考えて一体どうなるんだ。

 俺はまだ普通の魔物や、ゴブリンとだって戦ったことはない。

 なのに、いきなり成人男性ほどもあるオークと戦った所で、ところで、


 何の意味もないのに、俺は気付くと無謀を冒していた。

 荷物を全て回収し、扉の隙間から廊下を覗く。

 オーク達が隣の空き部屋の扉を蹴飛ばす音がする。

 更に階段の方、こちら側へ戻って来るのが見えて、咄嗟に身を引っ込める。

 足音が遠ざかるのを確認し、再び顔を出す。

 姿は見えない。そっと部屋を抜け出し、忍び足で階段の方へ向かう。

 階段を昇っていくオーク達。そして、それとは別に、下の階から誰かが上がってくるのが見えた。


 さっきの、女の子だ。


「あ、お姉ちゃん!」


 心臓が氷になった気分だった。他の臓器は水になり、全身に寒気が訪れた。

 少女の、リーナの声が廊下に、階段に響き渡った。

 当然オークたちはその双眸を、ぎろりと階段の下へ向ける。

 歯を剥き出しにしながら、昇りかけた四階へ続く階段を駆け下りる。

 ここで身を顰めていれば、まだ助かる。だけど、あの子は多分殺される。


 見た目は女みたいになってしまったが、身体も心もまだしっかり男だ。

 なら、ここで手にする選択は一つしかない。


「アノ餓鬼共ヲ殺セ!!」


 濁った声が続いて、俺はすぐさま階段の、リーナちゃんの方へ駆け出した。


「走って! 階段を降りて!!」


「え、あ……」


 俺と彼女の間に、オークが一匹割り込む。

 死体からは感じられなかった、とてつもない生気。

 見上げるほどの巨体が行く手を塞ぎ、リーナちゃんへ刃を振り下ろそうとする。


 剣は間に合わなかった。

 だから、ハンマーを起こして、咄嗟に引き金を弾いた。

 

 ドン!


 大きな鉛で壁を叩いたような音が、耳をつんざいた。

 至近距離で放たれた弾丸は見事にオークの頭部に命中し、木端微塵に吹き飛ばした。

 頭を失ったオークは噴水のように黒い液体を撒き散らしながら、前のめりに倒れる。

 右手がびりびりと反動に震える。

 静寂が訪れる。オークも、リーナちゃんも唖然としたまま。


「走って!!」


 俺は足を止めなかった。もう一度ハンマーを引き、放つが、階段の手摺に穴が空いただけだった。

 それでも威嚇にはなったようで、彼らは一瞬怯み立ち止まった。

 お蔭で、幾分か余裕を持って階段を下っていく。

 一階の惨状を無視して、俺は叫んだ。


「早く、外へ! 助けを呼ぶんだ!」


 ロビーでリーナちゃんを送り出し、背後のオーク達へ銃口を向ける。

 すると、二匹は一瞬ぎょっとした後、左右に分かれた。

 迷わず左を走るオークに向けて引き金を弾く。

 胸部に穴が空き、そのまま床に伏せて動かなくなった。


 右手から迫るオークの薙ぎ払いを、剣の腹で受ける。

 が、あまりの重さに押し切られてしまい、そのまま弾き飛ばされてしまった。

 二メートル程宙を滑り、ごろごろと床の上を転がる。

 体中が痛い。疲労も溜まっているし、さっきので右腕を少し斬られた。

 きっと、服の下は青痣だらけに違いない。


「げほっ……」


 血を吐き出したのなんて、生まれて初めてだ。

 こんな漫画みたいなことをこの身で体験するなんて、多分ここへ来るまでは考えた事もなかった。

 俺を吹っ飛ばしたオークが、ニヤつきながら歩み寄って来る。

 亜族の表情は分からないが、とどめでも刺すつもりなのだろうか。


「サッキノ魔法ハ一体ナンダ? ドウヤッテ奴ヲ殺シタ」


「魔法なんかじゃないよ」


「嘘ヲ吐クナ。アンナ破壊力ハ弓デハ出セナイ」


「説明したって理解できないだろう。なあ、誰を探してお前たちはここに来たんだ。女神の手って何のことだ?」


「説明シテモ、理解デキナイダロウ」


「ははは……そう、かいっ!!」


 残った力を搾り出し、剣を思い切り投げつけた。

 オークは空いた左手を前に出してそれを受ける。

 刃は奴の腕に深々と突き刺さるが、致命傷にはならない。


「残念ダ――」


 言葉は最後まで言い切れず、強烈な衝撃音にかき消された。

 硝煙の臭いが辺りに立ち込める。

 そして、首から失った奇妙な亜族の身体が、ゆっくりと後ろへ倒れる。


 俺は持ち上げた右腕をだらりと床の上に落とし、仰向けに寝転がった。

 亜族との初戦闘は終わった。

 オーク相手に三体一で勝ってみせたのだから、俺としては文句はない。

 遠退いていく意識の中で、そんなことを呟きながら、俺はそっと両目を閉じた。




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