05
「ちょっとちょっと、リアちゃん!」
食事も終え、そろそろ道具屋の方へ向かおうかと席を立つと、窓口の方から俺を呼ぶ声が。
「どうしました、メイリさん」
「リアちゃん、討伐系の依頼はまだ受けないの?」
「そろそろ武器の一つでも見てこようかと考えていた所ですが」
すると、メイリさんは後ろの棚の方で何やらごそごそと探し物を始めた。
「まだ早いかもしれないんだけど、そんなリアちゃんにもギルドからのクエストが」
「あの、そんなに何度も何度も名前を呼ぶ必要は」
そこまで言い掛けたところで、一枚の羊皮紙が窓口にひらりと姿を見せた。
記された文章に目を走らせる。どうやら亜族の砦に関する物らしい。
「三日後の亜族拠点攻略作戦の為に、ギルド、教会、騎士団で部隊が編成されるから、冒険者全員に声を掛けているんだけど」
「強制参加なんですか?」
「大体はね。でも、登録から一年に満たない新人は任意よ」
少し考える。
もし間の二日間に戦闘を経験出来たとしても、慣れることは不可能だ。
武器も訓練しなければ扱えないだろうし、他の冒険者たちに足並みと揃う訳がない。
ということで、今回は辞退することにした。
「了解しました。じゃあ、そういう形で手続きをしておくわ」
「あの、これによってデメリットが発生したりは」
「ないない。でも、参加した場合は、それ相応の報酬が支払われることになっているわ。戦果によっては特別な依頼の斡旋があったり」
「成程……まあ、今日はもうこれで失礼します」
「はい、おやすみなさい。夜道には気を付けてね」
酒場の様な喧噪を背に、俺は冒険者ギルドを後にした。
肉と酒の臭いが消え、街灯が薄く照らす夜道に出る。
暫く通りを歩いていると、『この先、ウェルガッハ冒険屋。武器、道具、冒険に役立つもの何でもあります』という誘導看板を見つけた。
矢印は坂の続く路地を指していて、俺は一瞬悩んで角を曲がった。
ぽつりぽつりと不規則に古びた灯りが並ぶ、家々に挟まれた狭い道を進む。
ふと、十字路に立って呟く。
「この先って、どれくらい歩けば良いんだ」
ぎぎぃ、と。年季の籠った音お立てながら扉が開く。
店の外観は道に面した古びた一軒家といった感じで、扉のノブに吊るされた看板には『営業中』と書かれていた。
天井一杯に背を伸ばした円形の棚が、まるで雑木林のように不規則に並んでいる。
棚に乗った商品には値札も解説も存在せず、透明なケースに閉じ込められていた。
「いらっしゃいませー」
声のした方を、俺は思わず二度見した。
店の奥から姿を現したのは、小学生低学年くらいの大きさの、二本足で立つカエルだった。
体色は緑。ぼろぼろのローブで身を包んでおり、二つの眼ははっきりと俺を捉えている。
目を丸くして固まる俺を見上げながら、彼は首を傾げる。
「はて、私の顔に何かついてます?」
「い、いえ」
首から上にカエルの頭がついている、とは言えなかった。
さも当然のように客対応をされてしまったので、きっとこの世界では何ら変わったことではないのだろう。
もし普通じゃないなら、フードでも被って顔を隠す筈だ。
「あの、一昨日冒険者になったばかりで、まだ装備が整っていなくて」
「おお、そりゃめでたい。武器をお求めなら、こちらの棚ですね」
そう言われ誘導された壁際の棚には、剣や槍、斧に槌といった物騒な品物が立て掛けられていた。
微妙に形の異なった弓と矢筒のセットに、ボウガンも置かれている。
右へ左へきょろきょろしていると、カエルの店員が一本の銀色の剣を手に取った。
「こちらなんてどうです? かつて私の父が、亜族の宝物庫から奪取した物です。鍛冶屋のドワーフ曰く、エルフが打った業物だとか」
「あ、あの、そんなに手持ちのお金もないので、あまり高価な物は……」
そう言葉を添えると、彼はえっへんと胸を張りながら、
「それでしたら問題ありません。初めて当店をご利用されるお客様にはサービスさせて頂きますので!」
「は、はあ……」
カエルの店員が言うには、どんな高額な商品でもたった十ゼインズで、一つだけ売ってくれるのだそうだ。
現在、所持金が金貨一枚と銀貨三十二枚で、五十二ゼインズ。結構余裕のある話だ。
だとすると、あとはどれを選ぶか、というのが悩みどころ。
「……うん?」
ふと、見覚えのある、しかし非常に浮いた存在が目に入る。
横たわった黒い鉄の塊。その傍らには蓋の空いた木の箱がある。
箱の中には、丸みを帯びた先端を持つ円柱状の物体が並ぶ。
「ああ、それですか。十年くらい前に、旅の方が路銀に変えていったものです。一応武器らしいのですが、誰も使い方が分からなくて」
「これは売り物、ですよね?」
「ええ。しかし、買い手もつきませんから、そちらなら初回購入とは別扱いで、三ゼインズになります」
折角なので購入しよう。
その黒い鉄塊は、所謂リボルバーと呼ばれる拳銃の形をしていた。
弾丸が十八発入った箱が別についてきて、弾倉にも既に六発籠っている。
もう一つ、カエルの店員の勧めで、魔法を弾くというエルフの剣を購入した。
「他にも色々ありますよー。これはどうですか、お手軽な水筒です。見た目以上に水が入って、しかも軽い!」
そうして話を聞いている内に時間は過ぎていって、いつの間にか入店した時よりも身体全体がずっしりと重くなっていた。
扉を開いて店を出る。カエルの店員が、水掻きのついた手を大きく振っていた。
「またお越しくださーい」
俺は手を振り返しながら、店が見えなくなったところでようやく足を早める。
総額三十六ゼインズと、大きな出費だった。
購入したのは、重量を半減するポーチと鞄。
バケツ三杯は入る円形の水筒。
魔力を通すことによって矢を防ぐコート。
魔法を弾くエルフの剣。
町周辺を描いた地図。
そしてリボルバー。これに関しては好奇心半分に手に取ったので、実際に運用する自信はない。
まあ、もし使えたら心強い事この上ないが。
整備とかされてるのかな。聞いておけばよかった。
「お帰りなさいませー」
ようやく宿に帰ってき来ると、見覚えのない小さな少女が俺を出迎えてくれた。
「あのもしかして従業員さん?」
「はい! お父さんとお母さんのお手伝いをしています!」
えっへんと胸を張る姿は、カエルの店員とはまるで別の生き物でも見ているかのように違っていた。
まあ、多分同じ生き物ではないのだろうが。
「御夕飯は、もうお食べになられましたか?」
「ああ、外で食べて来た」
「そうですかー。お荷物、お部屋までお持ちいたします!」
元気の良い子だ。
カウンターの方で、彼女の母親と思われる女性が、苦笑しながらこちらへ会釈をしていた。
とりあえず鞄だけを預ける。これなら彼女でも運べるだろう。
重量半減の魔法付きを買っておいて良かった。
一生懸命に運ぶ姿を後ろから眺めながら、部屋へと向かう。
三階へさしかかる階段の中ほどで、女の子が急に立ち止まった。
「ちょ、ちょっと、お、お待ちください……はあ、はあ」
「あー……もうすぐそこだから、自分で持つよ」
「だ、大丈、夫、あっ!?」
階段を昇ろうとして、足を踏み外す。
傾いた彼女の背を受け止める、が。
悲しいかな、体格変化によって軽くなっていた俺の身体は、そのまま勢いに負けて転がり落ちた。
「い、いったーい……」
確かに痛い。疲労と痛みが一致団結して、とことん俺の身体と精神を虐めていた。
暫く天井を見上げていると、後ろの方から慌ただしい足音が近づいて来る。
「ど、どうしました!? ああ……」
若干太った男性だった。この子の父親だろうか。
この状況を見て察しがついたのか、男性は急いで謝罪を始める。
「申し訳ありませんお客様! お怪我はありませんか!?」
「ないです、多分。あ、大丈夫です」
「ほら、お前も!」
「ご、ごめんなさい……」
起き上がり、一緒になって頭を下げる少女。
俺はそんな彼女に、できるだけ微笑みながらこう返した。
「頑張って運んでくれたからね。お父さんも、あまり叱らないでやってください」
「は、はあ。でも、怪我がなくて良かった。リーナも」
「ごめんなさい、お父さん……」
「彼女も許してくれたんだ、私に謝ることもないよ」
「あのー、ちょっとちょっと、今なんと?」
耳をぴくりとさせそう割り込むと、少女の父親は「はて?」と小首を傾げる。
「えっと、謝る必要はないと……」
「うーん。何と言ったら。まあいいか」
そう溜息をつくと、荷物は自分で運ぶと告げ、俺はその親子と別れ部屋へと向かった。