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04




 翌日。

 場所は教会の庭先で、その日の依頼内容は草むしりだった。

 額にかいた汗を拭いながら、黙々と作業を続け、たまに背筋をぴんと伸ばし体を反らせる。

 時刻はそろそろ正午を越そうとしている頃で、太陽が最大角まで昇っていた。


「お疲れ様です。お昼ご飯を用意したので、そろそろ休憩をとられては如何ですか?」


 空を仰いでいると、不意に横から声をかけられる。

 そこに立っていたのは、シスター服とはまた違う制服を身に纏った、金髪碧眼の少女だった。

 彼女は今回の依頼主である、神聖教会に勤めるシスターの一人だ。名をミックさんというらしい。


「良いんですか? まだ全然進んでませんけど」


 そう答えると、ミックさんはにこりと笑顔で、


「ええ。もとより半分も終われば依頼内容は達成ですから。それに、お腹を空かせたままでは、身体にも悪いですし」


「……ありがとうございます。では、御言葉に甘えて」


 返しながら、彼女に連れられて教会内へ足を運ぶ。

 この町の教会は俗にいう支部であるらしいのだが、それにしては広い。

 大きさは日本都市部の駅程もあり、これが地方の末端なら本部は一体どうなってしまうのか。

 お蔭で作業は一向に進まず、三時間も休まず働いてようやく四分の一が終わったところ。

 なるほど、これは持久力が求められる訳だ。


「それにしても、リアさん、でしたよね?」


「ええ」


 渡り廊下を経て、階段を昇りながら食堂へ向かう。


「リアさんは何故、冒険者に? 年齢は私とあまり変わらないように見えるのですが」


「……?」


 話の内容がいまいち見えなかった。

 高校生くらいの冒険者など、ギルドを見た限り山ほどいたように思える。

 別段珍しいものでもないと思うが、と疑問を胸に呟く。

 と、そこでようやく今の自分の恰好を思い出した。


「ああ、まあ色々ありまして」


「ご両親は、この町に住んでいらっしゃるのですか?」


「いえ、田舎から出て来たもので」


 食堂には彼女と似たような制服を着た、多くの老若男女が食事をとっていた。

 厨房にミックさんが声をかけると、彼女の物とは別に、もう一つ料理が出てくる。


「どうぞ、リアさん」


「ありがとうございます」


 礼を言いながらそれを両手に受け取って、窓際の席に着く。

 食前の儀式のような仕草をミックさんが行うのを眺めて、何だか気まずくなって見様見真似でやってみる。

 が、この上なくぎこちない手つきになってしまった。

 それを見たミックさんがくすくすと笑う。


「これは我々の教会の信者のみに義務づけられたものですので、リアさんが行う必要はありませんよ」


「あ、そうでしたか」


 なんだか気恥ずかしい。

 トレイに乗った皿の数は三つ。

 それぞれ緑主体のサラダ、コンソメっぽいスープ、野菜を挟んだパンと並んでいる。

 菜食主義なのだろうか、なんてことを考えるが、わざわざ質問する気にはなれなかった。


「私も最近、仕事でこの町に来たばかりなんですよ」


「へえ。なら、どっちも余所者同士ですね」


 そうですね、とミックさんは頬をかきながら苦笑する。


「でも、この町のことは好きです。皆さん活気に溢れていますし、亜族との戦いの中でも、生きようという強い意志を感じます」


「ギルドもそんな感じでしたよ。日が落ちて仕事を終えて皆が帰って来ると、臭いくらい生気に満ちていましたね」


 俺がそう答えると、ミックさんは少し笑って、すぐに何かを思い出したように手をポン、と叩いた。


「一つお聞きしたいことがあるのですが」 


「どうぞ」


「最近、新しくこの町に来られた冒険者の中で、力の強い魔法使いの方はいらっしゃいませんでしたか?」


 魔法使い。

 と聞かれても、俺は昨日あそこに初めて行ったばかりで、まだ受け付けのお姉さん意外の誰とも会話をしたことがない。

 そう返事をすると、彼女は残念そうに「そうですか」と肩を落とした。

 食事を終え、ごちそうさまでした、と言いそうになって思い止まり、そのまま席を立った。


「力になれなくてすみません。すぐに作業を再開しますね」


「あ……はい。お願いします」


 何か考え事をしているらしい。

 邪魔をしてはいけないので、俺はそそくさとその場を去った。





 草むしりが終わった。空はすっかり茜色。

 目に映る雑草は全て毟ってやったと報告すると、教会から出て来た神父の一人が目を見開いて何度も目を擦っていた。

 ミックさんは他の用事で今はいないらしい。


「ありがとうなお嬢ちゃん。またよろしく頼むよー」


(絶対に嫌だ)


 痛む腰を抑えながら、俺はギルドへと向かった。


 扉を開くと、窓口に見覚えのある後ろ姿が。 


「その依頼を受けたのはまだレベルも低い新人冒険者でしたから、やはり何かの間違いでは……」


「しかし、事実我々が手を付ける以前に浄化が行われていて」


「あのー」


 後ろから声をかけると、振り返ったのはやはりミックさんだった。

 彼女は一瞬驚いたような表情を作ると、すぐにぺこりと頭を下げて「お疲れさまでした」と口を開く。


「いえ。それで、何の話をされてたんですか?」


「丁度良かった。彼ですよ、先日死体処理作業の依頼を受けたのは」


「え!? あ、り、リアさんだったんですか?」


 話の流れを掴めず、とりあえず頷いておく。

 すると、ミックさんは難しい顔をしてむむむ、と頭を捻る。

 その間に受け付けのお姉さん、メイリさんの方へ小声で尋ねた。


「何か問題でも?」


「亜族たちの鎧にかけられていた呪術が、全て解除されていたっていうのよ。リアちゃん、浄化なんてやってないわよね? スキルにもなかったし」


「あー……まあ。というか、俺が男だって知ってますよね」


「良いじゃない。そんなに可愛かったら女の子扱いしても罰は当たらないわ」


「聞いてみましょうか、彼女シスターらしいので」


 そんな会話をメイリさんとした後に、地蔵のようになって動かないミックさんを適当なテーブルへ連れていく。


「あ、ちょっとリアさん」


「お昼はご馳走になりましたからね。今度はこっちが奢りますよ」


「そういう事じゃなくて、あのあの……」


 ミックさんを椅子に座らせ、りんごジュースを二杯注文する。

 ウェイトレスさんが厨房の方へ消えるのを見送って、俺はテーブルの上で頬杖をついた。


「その、彼らの道具の呪いっていうのは、自然に解けたとかじゃないんですか?」


「それはあり得ません。亜族、または闇の主がかけた呪術は、どれだけ時間が経とうと消滅することはないんです」


「成程。でも、その呪いを解いた人を見つけて、どうするつもりなんです?」


 ミックさんは暫く言うか言うまいか悩むように視線をふらつかせて、俯き加減にぽつりぽつりとその質問に答えた。


「東の山に、亜族が砦を作っていることは御存知ですか?」


「ええ。人手不足で、手が出せないことも」


「そして何より、砦周辺の霧を取り除く為の人員が足りません。あの霧は闇の魔法の塊で、呪いでもあります。人が通り抜けるには、あまりにも強力です」


 話が見えて来た。

 ウェイトレスさんがトレイにジョッキを二杯乗せて運んでくる。

 俺はテーブルに置かれたそれに口をつけて、こう返した。


「だから、少しでも協力してくれる魔法使いが欲しかった?」


「はい、その通りです。あれだけの数の装備と、同時に亜族の肉体まで清めてしまう方なら、非常に頼もしい戦力になるかもしれないと考えたのですが……でも、やはり上手くいかない物ですね」


 そのままりんごジュースの入ったジョッキを一気に仰ぐ。

 凄まじい勢いでそれを飲み干すと、そっと優しくテーブルの上に戻した。


「りんごジュース、ありがとうございました。また今度、余所者同士ゆっくりお話ししましょう」


 にこりと笑顔を浮かべるミックさん。

 そう告げてギルドを後にする彼女の背中を眺めながら、俺はジュースをちびちび飲んでいた。





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