03
前述したとおり、POWとは精神力の強さを表す。
レベルや環境によって上下はするものの、平均値はおよそ10から11。
つまり、平均の五割増しを要求されるとなれば、それは常人では到底耐えることの出来ない仕事内容ということだ。
「じゃあ、こいつらの装備を全部剥いで、荷台の上に集めてくれ。頼んだぞ」
そう言うと、依頼主である髭もじゃのお爺さんは、少し離れた所で煙管を吹かし始めた。
場所は町から少し離れた平地。身に着けるのは密閉性の低い簡易なマスクと手袋。
目の前に築かれるのは死体の山。といっても、人間の物ではない。
殆どがオークかゴブリン。トロルの巨大な体も二つほど見える。
一週間前に亜族の襲撃があり、その際倒した連中を、今の今まで放置していたらしい。
「マジか……」
俺の仕事は、彼らが身に着けている鎧や武具を剥ぎ取り、馬車の方に集めること。
亜族の体は呪いに満ちていて再利用は出来ないが、装備の方は浄化すればまた使いまわせるのだとか。
まあ、いつまでも立ち尽くしている訳にもいかない。
一度受けた依頼を放棄すると、その分の代金を支払わされるのだ。
「うっ……」
オークの一体に触れた瞬間、またあの時と似たような悪寒が走る。
一週間分の腐臭と相まって俺のコンディションは現在進行形で急降下中だ。
「でも、首輪の時程じゃない、な」
それでも何とか耐えながら作業を続ける。
亜族の皮膚は総じて薄黒い。中には青っぽかったり、緑っぽい者もいるが、大体似たような感じだ。
歯は肉を好む食生活や、身形を清潔にする文化を持たないせいか、錆びているみたいに茶色かった。
「紙粘土みたい……」
ゴブリンはおよそ中学生くらいの大きさで、比較的小柄だ。といっても、俺も今はそのくらい小さいが。
オークは成人男性と同じか、それよりも大きい。ゴブリンよりも屈強な体つきをしている。
トロルなどは身長三、四メートルはあるのではないだろうか。ここまで行くと怪物と呼ぶに相応しい。
と、そんな風に観察がてら気を紛らわせていたのだが、とうとう限界を迎えて休憩をとることにした。
依頼主もそれには了解してくれて、彼が座っている切り株の近くに座り込む。
「いやあ、凄いね嬢ちゃん。なんだかんだ言ってもう半分だ。にしたって、なんでお前さんみたいな娘が、こんな汚らしい仕事を受けたんだい? その貌ならもっと楽な仕事がいくらでもあるだろう」
「あはは……実は俺、こう見えて男なんですよ」
「わっはっは! じじいだからってからかっちゃいけないよ!」
成程、口で言ってもこうなるのか。
まあ多分、俺も彼と同じ立場だったら同じことを言うだろう。
「亜族の襲撃というのは、頻繁にあるものなんですか?」
「そうだのう……近頃は特に多い。なんでも、東にある山村に、亜族たちが砦を作ったと聞いておる」
「と、砦? オークや、ゴブリン達が、ですか?」
「ああ。なんでも、グモールという隻眼のオークが指揮を執っているらしいぞ」
ということは、今は小手調べをしている段階なのだろうか。
断続的に攻撃を仕掛けるだけ、というならそこまでだが、あの数を下調べとして出せるのだとしたら。
本隊は尋常ではない数の軍勢になる。
「冒険者ギルドや、騎士団の方々は?」
「予定としてはいるものの、人員が集まらんと言っとったな。特に、砦を囲う闇の霧が人間を弾いてしまうのが問題じゃ。王都の魔術師団や神聖教会、エルフ族にもかけあっとるが、これものう」
「なるほど」
「わしも、あと十年若ければ手伝えたんじゃが」
亜族にも魔法を使う者がいるという事か。
お爺さんの話のお蔭で、大分彼らに対するイメージが変わった。
暫くして、日が傾き始めた頃。
ようやく仕事を終えた俺は、肉体労働と呪術吸収のせいですっかり疲弊してしまっていた。
町に戻り、俺が馬車から降りると、お爺さんが笑顔で口を開く。
「今日はよう働いてくれたなお嬢ちゃん。ありがとさん」
「いえ、仕事ですので。面白い話も聞けましたし」
「そいつは良かった。報酬はギルドの方で渡される筈じゃ。それでは、また機会があったらよろしく頼むぞい」
「あ、はい。機会があれば、ですけど」
出来れば避けたい。今度からはもっと依頼内容を確認しよう。
そんな風に心がけながら、俺はお爺さんと別れた。
少女は困っていた。
近頃亜族による人里の襲撃が増えており、神聖教会に勤める彼女も方々に駆り出される毎日を過ごしている。
そして今日の彼女の仕事は、午前が町周辺の巡回、午後が亜族達が身に着けていた装備の浄化、の筈だった。
荷馬車の上で山になった武具防具を眺めながら、少女は頭を捻る。
「おかしいなあ。本当に、さっき亜族の死体から取って来たものなんですか?」
「ええそうですとも」
鎧を運んできた、馬車の御者である髭もじゃの老人が頷く。
「冒険者の女の子に手伝って貰って、全部しっかり骸から引っぺがす所もこの目で見ていました」
「うーん……」
少女は困惑する表情を浮かべ、首を傾げる。
「なら何故、全ての装備に亜族の呪いが残っていないのでしょうか……?」
暫くして、更にその場にもう一人、駆け足で会話に割って入る者がいた。
「み、ミック様! 大変です!」
「どうしました?」
余程急いでいたのか、走って来た甲冑姿の男は肩で息をしながら話を続ける。
「先程亜族の死体を浄化・焼却処理しようと、門外へ向かったのですが……」
呼吸を整え、間を空けてこう告げた。
「どこにも死体の姿はなく、代わりに土の山ができていまして」
「土の山、ということは」
男の報告を聞いて、ミックと呼ばれた少女は腕を組みながら更に首を傾げる。
「亜族は浄化し、その後焼却すれば土に還る、でしたよね」
ミックがそう聞くと、甲冑の男性が「はい」と頷いた。
「なら、誰かが彼らの肉体から呪術を取り除いた、という事ですか?」
「お、恐らくは」
ミックは彼からの返事を受け取った後、山積みにされた、魔力の欠片も感じられない武具防具へと視線を移した。
「そんな力を持った冒険者が、この町にいたの……?」
「あ、レベル上がってる」
ギルドへ戻り、今一度ステータスの確認を行うと、レベルが一つ上がっていた。
やはり呪術吸収とやらが働いているのだろうか。
戦わなくて済む分危険とは無縁でいられるが、兎に角体力を使う。
今日なんて、もう歩くのも辛い。
「そこのお姉さん。りんごジュース一杯お願いします」
隅の方の席で一人孤独に、りんごジュースの入ったジョッキを傾ける。
報酬は三十ゼインズ。金貨一枚と銀貨十枚だった。そして、りんごジュース一杯が四インズ。
一ゼインズは二十インズの価値があるので、今日の報酬でジュースが百五十杯飲める計算だ。
下らないことに頭を使いながら、ジョッキの中を飲み干す。
ギルド内は昼間の喧噪を更に上回る盛況っぷりだ。
夜になれば皆帰ってきて、ここで飲み食いして騒ぐのが日課なのだろう。
そして、今日から俺もそんな彼らの一員という訳か。
「……美味しい」
これからどうしよう。
とりあえず、生活費を安定して稼ぐことが今後の目標だ。
今日のレベルアップでステータスは上がったが、まだまだ筋力が要求値に届かない。
宿代は一日で二ゼインズ。今日の仕事が高給だったとしても、半分もあればお釣りが来るのだが。
「折角異世界に来たのに、それじゃやってる事が日本のアルバイトと変わらないよな」
とは言っても、このままじゃ冒険者らしく冒険することも出来ない。
必要なのはとにかく道具だ。武器は勿論のこと、地図や鞄、その他非常食なんかも要る。
よし、じゃあ明日何か依頼を受けたら、ギルドの近くにある道具屋へ足を運んでみよう。
お金が幾らかかるかはよしとして、まずは形から入るぞ。
そんな密かな決心を胸に、りんごジュースのお代わりをお願いするのであった。
2016/02/29修正 山村の廃墟→廃墟