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02


 太陽の光が瞼を引っ張る。疲れているから、もう少しくらい寝かせてくれ。

 思わず右手を光の方へかざすと、突然その手が何かに掴まれた。

 ぎょっとして両目を開くと、すぐ目の前に鉄仮面を被った刃物のような双眸が迫っていた。


「うぎゃー!!」


「ぐふっ」


 思わず左手でその顔を突き飛ばすと、小さな悲鳴と共に二メートル程ある大男が床の上に引っくり返った。

 上体を起こしてようやく思い出す。


「あ、ドール」


「中々良い拳だったぞ、リア……」


 狭い一室にベッドが二つ。扉とは反対側に窓が並んでいる。

 ここは一体?


「宿屋の二階だ。野宿をする訳にもいかなかったからな。荷馬車から持ち出した武器を幾つか売って金にした。鈍らだったから、大した額にはなっていないが」


「そ、そっか……」


 ひとまず頭を落ち着かせる。

 最近眠る度に違う場所で起きる物だから、また身に危険が迫っているのかと警戒してしまった。


「でも、あんなに近くまで鉄仮面が迫ってれば、誰だってビックリするだろ」


「ここ二日間、死んだように眠っていたからな。流石に心配もする」


「二日? 二日も眠ってたの、俺?」


「ああ。ところで……」


 突然ドールがその場で床に膝をつき、姿勢を正し始めた。


「どうしたんだ、ドール?」


「俺はお前に、謝罪しなければならない事がある」


 そう言って、兜を両手で掴み、外した。

 下から覗いたのは、どこかで見たようなスキンヘッドの男の顔。

 

「あ、その禿げ頭は」


「禿げはやめろ」


 指摘しながら、彼は深々と両手をついて頭を下げた。


「あの時、湖でお前を後ろから殴ったのは、俺なんだ」


 ははあ、成程。

 俺は腕を組みながら悩む素振りを見せる。


「俺はお前を捕まえておきながら、お前に助けられた。これ程罪深いことはないだろう」


「あれ、結構痛かったんだよな。倒れる場所が場所なら、水中にドボンだったし」


「本当に、すまん……」


 額を床につけたまま微動だにしないドール。

 随分と義理堅い人だな、なんてことを考えながら、俺は彼に問いかけた。


「あれも、主人に命令されてやったのか?」


「…………いや、違う」


 間を空けたら嘘ついてるのがバレバレだぞ、とは口にしなかった。


「でも、ドールは俺を檻から出してくれたし、ここまで運んでくれた。戦場で荷物になることも厭わず、だ。それで十分、罪滅ぼしにはなってるんじゃないか?」


「し、しかし、俺は……」


 思い切り両手を合わせ音を立てると、ドールがハッとした表情で顔を上げた。


「はい、終わり。これ以上この話は止めよう。そんな事よりも、これからの事を考えよう」


「リア……すまない、すまない」


「言うならさ、ありがとうって言ってくれよ」


 そっちの方が気が楽だ。

 そう言ってやると、ドールはこくりと頷いた。


「ああ。ありがとう、リア」


「うん。ドールも、俺を助けてくれてありがとう」


 精一杯の笑顔と一緒に、俺は彼にそう返した。




 翌日、ドールは町を発った。

 なんでも、故郷に戻って己の無事を家族に知らせる必要があるのだとか。

 もうかれこれ十年。傭兵として働いていた所に不幸が舞い降り、長い間家には帰っていなかったという。

 それはもう、いち早く帰って奥さんと子供たちを安心させてやるべきだと、俺も言ってやった。

 一緒に来ないかとも誘われたが、断っておいた。

 これからドールは、失った筈の家族との生活を取り戻す。

 そこで俺が近くにいては、きっと純粋な団欒が得られなくなってしまう。

 一応、その町の名前と場所は聞いておいたので、俺たちは再会を約束して別れの挨拶を交わした。


 さて、昼を迎えた通りを歩きながら、俺は町の地図とにらめっこをしていた。

 現在地と地図の道を照らし合わせながら、足を止めたのは「冒険者ギルド」という文字を刻んだ大きな建物の前。


「ファンタジーといったらこれでしょ」


 そんな安易な言葉を呟きながら、若干の期待を伴って扉を開けた。

 中には色んな人たちがいた。

 鎧を着ている人もいれば、ローブを着ている者も。

 老若男女、様々な恰好の人々が、扉を開けた瞬間にこちらへ視線を向けた。


 え、何か間違ったか、俺。

 そんな不安に駆られていると、すぐに注目は消えた。何だったんだ、一体。

 とりあえず、ドールから教えて貰った通り、まずは窓口へ向かう。

 

「あの、冒険者の登録申請をお願いしたいんですけど」


「はい。では手数料として、1ゼインズ頂きます」


 笑顔でそう答えるお姉さん。

 俺はズボンのポケットを漁り、ドールから受け取った小袋を取り出した。

 中から銀貨を一枚つまみ、窓口に置く。

 確か、銀貨一枚が1ゼインズだった筈。


「確かに頂きました。ではこちらのタグに右手の人差し指を置いてください」


 そう言いながら、お姉さんはUSBメモリくらいの、銀色の金属板を机の上に置いた。

 指紋認証か何かだろうか、なんてことを考えながら言われた通りに指で触れる。

 すると、その金属板が突然輝き始めた。

 光はすぐに止んで、もう指を離しても良いとの事だったので、手を引く。

 金属板には盾の形をした紋章が浮かんでいた。


「これでこのタグには、あなたの冒険者としての情報が記録されたました。こちらへどうぞ」


 お姉さんは窓口から出てくると、壁沿いに並んでいる公衆電話のような機器の方へ俺を案内した。

 彼女がその機械に先のタグとやらを差し込む。

 すると、「チーン」というトースターみたいな音と共に、頭から二つ折りにされた羊皮紙が排出された。

 

「ふむふむ……え!? お、男!?」


 羊皮紙と俺の間で何度も視線を動かすお姉さん。

 そういえば、今の俺はそんなことになっているんだった。


「え、ええっと……こうして、あなたの身体能力や、スキル等が確認できます。ご覧になられますか?」


「じゃあ折角なので」


 まだ少し驚きが鎮まっていないお姉さんから、羊皮紙を受け取った。

 まあ、見てみた所で分かることは殆どないのだが。


「耐久力や筋力は平均値をやや下回っていますが、精神力、魔力は高い数値を出しているので、魔法使いとしての道を歩むことをお勧めします。特にここ、ここを見て下さい! APPがマックスです!」


「APP?」


「容姿レベルのことです」


 ああ、それはまあ、しかしこれは何と言ったらいいのやら。

 というか、冒険者として働くのにそんな能力が必要なのか?

 そんな質問をしてみると、彼女はしっかりと頷いて見せた。


「勿論です。APPに最低基準を設ける依頼主は、そう珍しくありません」


「はあ……そうですか」


「それともう一つ。こちらの所有スキルなのですが」


 お姉さんが羊皮紙の下欄を指さす。

 そこにはスキルが二つだけ記されていて、『呪術吸収・小』と『服従魔法・小』とあった。


「服従魔法の方は奴隷商などで首輪の制作の際に使用されている物です。でも、この呪印吸収というのは、私も初めて見たものでどういった効力を持つのか……」


 お姉さんはそう首を傾げているが、俺にはなんとなく予想はついた。

 ドールの首輪に触れた際、触れた先から何かが流れ込んでくる感覚があった。

 吸収というのだから、何かしら吸い取ってしまったに違いない。

 まだ例となる経験が一つしかないので、はっきりとは言えないが。


「ともかく、これであなた、えっと……リアさんは正式に冒険者となりました。今後は一人の冒険者として、精進してください!」




 ひとまず登録手続きは終わった。

 依頼は掲示板の貼り紙から選んでくれとのことだったが、まあ武器を買う金もないので、討伐の類はまだ受けられない。

 というか、討伐依頼の殆どがオークかゴブリン、トロルなどの『亜族』という種族で埋め尽くされている。

 女神さまも言っていたが、確かにこの世界における敵というのは、殆どが彼らのことを指すのだろう。


「採取、も町の外に出るしなあ……」


 そうなると、自然と足は非戦闘系で占められる掲示板のエリアへと向かう。

 教会の庭の草むしり、騎士団の宿舎の掃除、犬の散歩に親の介護と、挙句の果てには赤ん坊の子守まで貼り出されている。

 ドールから大まかに説明はされていたが、本当に何でもやるんだな、冒険者って。


「手紙の配達、CON14以上……足りないな」


 CONは確か耐久力や持久力のことだ。俺は12だったので、この依頼は受けられない。


「荷物の仕分け、STR11以上。無理」


 多分、筋力は10しかなかった筈。

 というか、日本のアルバイトと違って、前提条件がある分、中々仕事を見つけるのが難しいな。

 ギルド員のお姉さんは魔物と戦うことによってレベルが上がり、能力値も上昇すると言っていた。

 しかしこのままでは、お金がないから戦えず、戦えないから働けない、そして働けないからお金がないという最悪のループが出来上がってしまう。


「何とかして仕事を見つけないと……」


 この際、仕事内容を吟味している暇はない。

 あれやこれやと貼り紙を巡り巡って。

 そして、遂に見つけた。


「ゴミ処理業務。STR10以上、POW16以上……!」


 筋力はぎりぎり。

 POWとは精神力のことで、これは20を超えていた。

 よし、行こう。すぐに行こう。

 貼り紙を窓口へ持っていき、受領申請を行う。

 そして、俺の記念すべき冒険者としての初仕事が始まったのであった。

 それが悪魔の罠だとも、気付かずに。



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