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鳥肌と不毛な言い合い

セオドアと話していたウィラードはどうしているのだろう。すぐ戻ると言っていたくせに。彼のいない時にジェフリーに遭遇してしまった。

というか王族は暇なのか?ルークといいこいつといい自由に王宮内を闊歩しているようだが。こんなのばかりではコナンの胃も保たないだろう。

「少しその子と話したいと思うんだけど。」

「この方はアドルフ殿のお孫さまです。このお嬢様を貴方の毒牙にかけるわけにはいきませんからね。さっさと部屋にお戻りください。仕事して大人しくしていてください。」

「これから口説こうとしてる相手にそれ聞かせる?」

不満そうな顔をしたジェフリーの横をすり抜けて行くコナンについて歩く。レイラが横を通りすぎようとした時、ジェフリーがレイラに手を伸ばした。引っ込めると更に伸ばしてきて掴まれるとレイラが思った瞬間、ぺしという音と共にジェフリーの手は退けられた。

呆気にとられてジェフリーの手を叩いたコナンを見つめる。レイラに凝視されているのに気づいたコナンは茶目っ気のある笑みを見せた。

「この御方は無視してかまいませんからね。」

「はい。」

ジェフリーはコナンに逆らえないのか。良い勉強になった。ジェフリーに関することで困ったことがあればコナンに頼ることにしよう。

「こちらになります。何か必要な物がございましたら、扉の前に控えている兵士に言いつけてください。すぐに用意させます。」

案内された部屋は思っていたより豪華だった。

長机や長椅子のある部屋と、ふかふかの大きな寝台のある部屋と二つある。全体的に質素ではあるが良いものが使われていると分かった。

執務室や身に付けている物を見ても、派手なものはなかった。これがセオドアの趣味なのだろう。王宮よりハロルドの邸の方がきらきらしている。良い意味で。

視界の隅に銀色の光が煌めいた。はっとしてレイラら視線を上げる。そこには銀髪に金色の瞳という王族の青年がいた。

「用事は済んだ?」

「女性の部屋に無断で侵入するのは手慣れたもの、ですか?」

一体どこから湧いて出た。気配はしなかったと思いながら、窓の横に立つ作り笑顔のジェフリーを見つめる。

「嫌な言い方するね。」

そう言って苦笑しているジェフリーから視線を外す。こんなに胡散臭い笑顔は寒気がしてくる。早く出ていってほしい。正直言って同じ空間で息をするのも嫌だ。

苛々としてきた。情緒不安定なのかもしれない。

「そんなに僕と一緒になるのは嫌?」

「私は好きでもない相手に嫁ぐ覚悟は持ち合わせていません。庶民ですから。殿下には他に相応しいお相手がいるでしょう?」

「僕が重要視してるのは身分じゃない。その血の濃さだけだ。愛だの恋だのそういう感情はいらない。共にいて不快ならともかく、君と共にいて不快になることはなさそうだ。」

レイラが求めているのはジェフリーが要らないという、愛だの恋だのという愛情だ。王子としてその考え方が出来るのは当たり前だろうが、庶民のレイラにまでそれを求めないでほしい。

運ばれていた荷物を持って奥の部屋に移動しようとして、ジェフリーの腕に阻まれる。レイラが非難するような視線を向けるが、金色の瞳は全然気にしていない。

「そこまで抵抗されると優しくする気も失せる。」

声が幾分か低くなった。これが地声だろう。

胡散臭い表情は消え去り、真剣のように鋭い視線とぶつかる。これでも王子なのだから、ふざけて求婚している訳ではないのは分かっていたが、この表情を見てようやく実感が湧いた。

腹を割って話さなければ、相手の真意も何も見透かすことなんてできない。取り繕うだけ話の真意が伝わらなくなる。

「優しくされたいとは思いません。間に合ってます。」

家族やシリルを筆頭に、レイラに優しくしてくれる人はそれなりにいる。今回付いて来てくれたウィラードもその一人だ。別にジェフリーからの優しさはいらない。

「お前面倒くさいな。なんなら今すぐ終わらせるか?」

荷物を持っていない左手首を捻り上げられる。遠慮のない力に骨が軋む音がして痛みに顔を歪めた。痛いのは嫌いだ。振り払おうとしてもジェフリーの握力が強くて離れない。

そのまま壁に押し付けられ一瞬息を詰める。ジェフリーの顔が近付いてきて顔を背ける。彼も口付ける気はなかったのか何も言うことなく、お互いに睨み合うだけに止まった。

「ふざけないで。私はそれを避けたいからそれ以外の方法を探しにきたの。私に触らないで。寒気がするわ。」

「そんな事はやることやってからにしろ。その他の方法とやらが見つかる前に世界が壊れたらどうするつもりだ?」

そんなことで恐れるものか。その時はその時だ。

「その時は覚悟を決めるわ。」

まだ死にたくはないし、神様にだってなりたくない。諦めるなんてあり得ない。どんなに時間がかかっても、途中で何かを捨てなければならなくたって、ヒトの寿命をヒトとして生きることを手放すつもりはない。

大切な人が生きる世界を見捨てることは自分の為に出来ないのだ。レイラはどうしても自分のことしか考えられない。それでも人間を手放せないから。

子供だけ寄越せと言われても納得は出来ないだろう。ジェフリーを愛する努力はする。努力したところで愛せない自信があるが、世界の寿命を延ばすためと思えば我慢できる……かもしれない。おそらく。

苦渋に満ちた顔をしたレイラを馬鹿にしたような目で見ながら、レイラの手首から手を離した。ようやく離された手首を見ればうっすらと赤い痕がついている。頭に血がのぼりそうになるが冷静さを失ってはならない。常に平常心だ。

「まあ、俺よりノア・ヴィンセントの方が純度としては高い。本音を言うと彼との間に子を作ってほしい。が、お前は嫌だろう?」

「……そう。貴方よりはましかもしれないわ。」

レイラの返答が気に入らなかったのか、聞かせるような舌打ちをして睨んでくる。イラッとしたレイラはジェフリーと同じ眼光で睨み返した。

ノアとレイラがそんな関係になることは想像も出来ないが、ジェフリーよりは明らかにましだろう。確実に。

「俺より良いのがいるわけない。」

そして自分の顔の輪郭をなぞりにやりと笑う。これは重症だ。王子は自分大好きなあれらしい。よく見える鏡を贈ろうか。ノアに頼めば現実の見える鏡を用意してくれることだろう。

そして再び距離を詰めてくるジェフリーからぐるぐると逃げ続ける。この人と一緒にいると疲れる。逃げたい。

「もしかして無理やり襲われでもしたか? 男と同室だったのだろう?」

ジェフリーに触れられて鳥肌を立てるレイラにその可能性を考えたのだろうが、そんな馬鹿なことがあるか。シリルに限ってそれだけはない。

「あの人はそんな事しないわ。」

「だろうな。真面目で面白みがない。据え膳を美味しくいただかないなんて男じゃないな。俺ならお前みたいな顔だけは良い女、好意を寄せられて我慢なんてしないがな。」

顔だけは……そうか顔だけか。その言葉そっくりそのままお返ししたい。ジェフリーの顔は整っていると思うが、その性格はあり得ない。受け付けないというのが正しい。

それにしても生娘相手になんてあっさりした物言いをするのだろう。なにをどうこうするかは視たことがあるから知っているが、それを知らなかったら今のは通じない冗談だろう。推測は出来ても若い人の想像力は逞しい。変な想像をされたらどうするつもりだったのか。

「そもそも、そう簡単に私を組み敷けるわけないわ。」

「えらく強気だな。トリフェーンで見た女とは別人か?」

それを言うならジェフリーも別人だろう。あの貴公子のような言葉遣いはどこに行った。動きも粗雑だ。

男と女の力の差はどうしようもないが、最悪のし掛かってくる相手は『言葉』で跳ね返す。誰もレイラを組み敷くことは出来ない。それに、

「優秀な護衛がついているもの。」

さわさわと風の音がしてレイラの後ろにウィラードが現れた。緋い瞳を細めて愉しそうにレイラに囁く。

「ご期待に添えたかな? お嬢さん。」

手首が痛む前に来てほしかったが、今日のところはジェフリーも強引なことはしないと分かっている。

ウィラードを観察しているジェフリーに見えるようレイラは扉を指差す。妖魔がいるのにレイラの周りを彷徨いたりはしないだろう。

今日のところは大人しくお帰り願いたい。

「分かった。また来るよ。」

大人しく帰りはしたが、『また』なんて嫌な言葉を置いていかれた。もうジェフリーに会いたくない。

ここに来て半日。シリルに会いたくなってきた。

月に一回くらいならどうするトリフェーンに帰れるだろうか? 会わないとやって行ける気がしない。

力は残しておいた方がいいのは分かっているから月に一回は止めた方がいいだろう。せめて半年くらいにしよう。そうしよう。

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