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閑話 Ⅲ 妖魔の執着

それから何十年も経ち、シャーロットの体も十歳児のものからどういった仕組みか年頃の少女の体になった頃だった。

「御門! 私の下着見たでしょう!」

年頃の少女らしく恥じらいというものを手にしたシャーロットは凶暴に育った。御門の娘が思春期に差し掛かったらこんな風になったかもしれないと思うと泣けてくる。

シャーロットだと哀しいというより、可愛らしいという思いが多い。紅潮した頬は林檎のようで愛らしい。

「僕が洗うんだから当たり前だって。見られたくないならシャーリーが自分で洗えば良いことだよ。」

「変態!」

顔を真っ赤にして地面に落ちている木の実を投げつけてくる。ひょいひょいと躱しながら洗濯物を干していく。

『動かないで!』

その『言葉』に動けなくなった御門に思う存分、木の実を投げつけたシャーロットは気が済んだのか『動いていいわ。』とようやく解放してくれた。

言霊を使えるなんてファンタジーの世界だ。すごい。

と感動していれた頃は良かった。今ではシャーロットの一言一言に怯えている。

数十年もあれば妖魔としての能力を自在に操れるようになり、姿を自由自在に変えることも出来るようになった。

名前を変えて妖魔のコミュニティーに顔を出したりして今ではある程度、名の知れた妖魔だ。

今は御門の若い頃の姿をしている。この世界に落ちた年齢が三十代半ばだったが、実年齢より上はデータがないから化けられないとシトリンに言われ、仕方なく御門のときは若作りしている。

まあ、この姿をシャーロットが喜ぶというのもあるが。

そんな生活を何年も続けていたある日のこと。

シトリンが朝に出ていったきり夕方になっても帰ってこなかった。

その日は夜には帰ってきたが、その日から時々シトリンがヒトのいる町に出掛けて行くようになった。

夜にも帰ってこないことがあり、シャーロットが気を揉んでいるので、使い魔に後を付けさせた。

すると、町で身なりの良い男と会っていた。

二人の様子を見れば恋人同士なのだろうと分かった。

それをシャーロットに伝えれば、知っていたと言って布団に潜った。年頃のシャーロットにしたら母親の再婚する可能性に動揺するのも無理はない。

「大丈夫か?」

「そんなわけないでしょう。」

布団越しにシャーロットのくぐもった声が聞こえる。

昔は純真無垢だった彼女も『悪夢』に魘され続けた所為ですっかり性格も変わってしまった。

もぞもぞと布団から顔を出したシャーロットは天井の一点を見つめてから覚悟を決めたような表情を浮かべ御門を見つめた。その眼光の強さに御門の心臓が跳ねる。

「ずっと昔から知っていたの。お母様に恋人が出来るのも、私をこれから道具にしようとしてる事も。あと、御門に好きな人がいることも。」

最初の二つを涙を流しながら言う意味は分かる。だが、御門に好きな人がいるという事をそれと同列に扱うというのは、まるで、

「お母様が私を疎んでいる理由は分かるわ。だからお母様にはどう思われても良いの、でも御門がこれから先に出会う女の人に愛を囁くのは堪えられない。」

「それはどういう意味?」

どくどくと心臓の脈打つ音が聴こえる。

御門の娘と年齢が近くて、本当の娘のように思って育てていたシャーロット。彼女の言おうとしている事の、その想いが造られた過程が分からない。

御門は茫然とシャーロットを見つめる。

「私は奏さんみたいに綺麗でもなければ心が清いわけでも無い。生まれだって汚い、穢れたものだわ。なのに……。」

起き上がったシャーロットは御門を紫水晶(アメジスト)瞳で真っ直ぐ射貫く。

「私、御門のこと……。好きなの。」

その瞳は、その想いが刷り込みによるものではないことを物語っていた。憧憬にしては熱く蕩けた瞳。

それは彼女が御門のことを好きだという事を、強く訴えかけている。どこに好きになる箇所があるのだろう。どうしようもない御門なんかのどこに。

「……ちょっと考えさせて。」

適当なことは言えなかった。シャーロットは大切な少女だ。

それに、御門は自分の気持ちが分からなくなっていた。

今でも奏のことは忘れられない。今も愛しいという想いがある。それなのに、シャーロットの菫色の瞳で真っ直ぐに射貫かれた時、奏を前にした時と同じような感情が御門の心に溢れた。

「ありがとう。おやすみなさい。」

「うん。おやすみ。シャーリー。」

その日の夜もシトリンは帰ってこなかった。


◇◆◇


シトリンが三日帰らないことも当たり前になった頃、御門が洗濯物を干しているとシトリンがやって来た。帰ってきたばかりなのだろう。ヒトの服を着ている。

「あと少しで私の役目も終わるわ。ミカドはどうする?」

この世界を前に統べていた生き物が起こした戦禍の跡。

最後の決戦の地であったこの地に緑を増やすことがシトリンが降りてきた理由だった。陽気が満ちて陰気の薄い土地に陰気を注いでバランスをとること。それがなければヒトは生きられない。

「しばらくはシャーリーと一緒にいるつもりだよ。」

シャーリーという名前にシトリンは眉を顰めた。

ここ半年はわざと口にしている。娘を放っておいて男と逢い引きするようなシトリンに腹が立っていた。

「シトリンさんはヒトと一緒になるの?」

「え、ええ。知っていたの?」

「さすがに夜遅くに帰ってくると、僕らも心配になるからね。」

「ごめんなさい。」

謝るくらいなら隠さずにシャーロットに伝えて欲しかった。母親にどう思われてもいい、と言ってはいたが本心からそう思っているわけではないだろう。

「シャーリーはどうするつもり?」

「連れていくわ。」

「じゃあ僕も付いていくよ。シャーリーは寂しがり屋だから。」

「そう……。ありがとう。ミカド。」

嫌なのだろう顔に出ている。花嫁が男連れで現れたら印象が悪い。恩人である彼女には申し訳ないが、彼女に疎まれているシャーロットが心配だ。シトリンはこの世界で生きていく方法を教えてくれた恩人ではある。しかしシャーロットは御門の冷えた心を暖めてくれた恩人。彼女からの告白に何の返事をしていないのに気にした風をみせない。

どうしてもシャーロットの方に気持ちが傾いてしまう。

「そういえば、小麦が少なかったわ。買ってきてもらってもいいかしら? 今晩はご馳走にするわね。」

「分かった。楽しみだね。」

「ええ、期待していて!」

屈託なく笑うシトリンに安心して、御門も笑い返す。

小麦と交換してもらうための魚を持って町に向かう林道を歩いている時だった。

緋い瞳を隠す為のフードを忘れたことに気付いた。

溜め息を吐いて、来た道を引き返す。

家の近くまで戻ると女の悲鳴が聞こえた。異常な叫び方に御門は駆け出した。そして、家の中に入った目にした光景は悲惨なものだった。

「………っ……。か……さま。」

己の体を抱えてのたうち回るシャーロット。苦しむ娘の前で身動ぎひとつしないシトリン。

ついに起こってしまった。いつかシトリンがシャーロットに危害を加えるだろうことは分かっていたのに。

駆け寄ってシャーロットの体を押さえ込む。

「シャーリー! シトリンさん一体なにを!?」

舌を噛まないように御門の手をシャーロットに咥えさせ代わりに噛ませる。ごり、と歯が食い込み眉間に皺が寄る。

「私がヒトに成るために、協力してくれたの。」

昏い瞳でシャーロットを眺めながら、御門に微笑んだ。

「私が受けた『祝福』の内、二つをシャーロットに移したの。胎内なら負担はないのだけど、大きくなってしまったら駄目みたいね。この娘は耐えられるかしら。」

「なにを言って?」

耐えられる? まさか実の娘を実験動物のように扱ったというのではないだろうな。

「でも、そうね……。」

「は?」

「限界が来るのは目に視えているもの。」

良いことを思い付いたというような顔をしたシトリンは御門を指した。

「な…っ…ぐっ……。」

強烈な痛みが御門を襲う。体が内側から引き裂かれるような、味わったことのない痛みに視界が揺らぐ。

動かなくなったシャーロットを視界の端に捉え、御門も意識を手放した。

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