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閑話 歓喜と諦めと

半年ぶりにアドルフが地下組織の情報を得にやって来た。

その他の反王国組織の情報と交換でケントの与しているアサギリの情報を渡す。だが、情報を渡せるのも今日までだ。

「探し人を見つけたのだが、逃げられてしまってな。北の方にいることは分かった。用意も整った。組織を潰して探しに行こうと思っておる。」

あれからすぐに探しに出ようとしたのだが、組織の幹部まで上り詰めたことが仇となり身動きが取れなかった。だが時間を無駄にするのもと思い、その間は各地にある拠点の破壊工作を行ってきた。

「よく見つけたな。シトリアは広いのに。」

「ああ、運命としか思えない。」

「北はよく行く。空いた時間に探してみようか?」

十数年前もアドルフはそう言ってくれたが、何処にいるかも分からないものに、雇い主に扱き使われて妻にも会えないと嘆いている彼に頼めなかった。しかし、最近は前よりも負担が減っていると言っていた。

アドルフは信頼できる仕事相手だ。そして友。

「頼んでもいいだろうか? 殲滅するのにあと一月はかかる。その間に囚われてしまったらと気が気でなくてな。」

無駄に肥え太った組織を潰すのに、仕掛けの準備は整っていても残党狩りに時間がかかる。

「私がずっと忙しいばっかりに手伝えなくてすまん。ケントのおかげで手が空いたことだ。その探し人の特徴を教えてくれ。」

何年か前も手伝ってくれると言ってくれたが、その頃は半年に一回会えるかどうかの忙しさだった。

とてもじゃないが頼めなかった。身体を壊してしまう。

「私が探しているのはルーク王子の隠し子だ。十何年か前に王城に忍び込んだ時に見てから、もう一度見たいと思っていた。」

「なんだって?」

「私の探しているのはリリス・シトリンだ。」

そういえば、彼には言っていなかった。アドルフ・シトリンは神の一族でも虐殺前に駆け落ちしているからアテにはしていなかった。今の王家とは何の関係もないはずだから。

「一体なんのために?」

「何にも心が動かされない私が唯一美しいと思ったものだったからな。もう一度見て話してみたかったのだ。」

「それだけか?」

「神の一族のもたらす力に興味はない。ただ、あれは本当に美しかった。」

数ヵ月前に見たリリスの姿を思い浮かべる。

ケントの目に写る姿。ケントにしか見えない色。

あの姿を見られないなんて他の人間は不幸とすら思う。

「……あれは娘のアリスに預けた。今はトリフェーンのメリル学院にいる。」

「なんだと?」

今、アドルフは何と言った?

「私とティアは駆け落ちしたから外に住んではいるが、あれは私の姪にあたる。王子から預けられた。名前もリリスではなくてレイラだ。レイラ・ヴィンセント。」

それで戸籍は登録してある。と言うアドルフを唖然と見つめる。なんということだ。探し物の在処をはっきり知っている相手を逃していたなんて。

「シトリン姓の俺に訊かなくてどうする。まあ、それでも見つけられるなんて、凄まじい運だな。あれはあまり学院から出なかったはずなのに。」

呆れられているのか褒められているのか分からないが、あの夜会で会えたことはやはり幸運だったようだ。

「組織を潰し終わったら会わせてくれないか?」

「構わない。ケントのことは信用しているからな。」

あのリリス改めレイラに会わせてくれるだけでなく、なんと残党狩りも手伝ってくれるという。毒や爆薬その他諸々を発動させるのに人手が足りないと思っていた。

「まさか、レイラのために組織にいたのか?」

「ああ。探すのにアサギリは都合が良かった。各地に拠点があって情報も集まりやすくてな。」

「そうか……。」

アドルフから得体の知れないものを見る目で見られたが、ようやく焦がれていたものに会えると聞いてケントは歓喜していた。


◇◆◇


「あの馬鹿王子! なんであんな所で言うの! 最低!」

女性の高い声が頭に響く。眼鏡を外して目頭を解しながら怒りでぶるぶる震えているドリスの頭を軽くはたく。

「静かにしてくれないか。君のせいで罰則をくらいたくない。」

男子寮にあるアルヴィンの部屋。不気味な草を調合している自分の同室になりたがる者などなく一人部屋のアルヴィンの元に足繁く通うドリスに文句を言わなくなって一年。

アルヴィンは色々諦めた。

「あるべき所に帰るだけだろう。どうして怒る。」

レイラがあの王女と知って驚きはしたが、今の襲われ放題な状況よりは王宮で囲ってしまった方がましだろう。

「あいつはレイラちゃんを手籠めにするつもりなの!」

「どうしてそう思う。」

「レイラちゃんから産まれる子供が欲しいのあいつは。」

「よくあることだろう。」

王族で従兄弟なら血は濃いが高貴な血を薄めないためによくあることだ。特にシトリアの王族は濃くなければいけないのだから。神の一族ということで民から信頼を得ているのだ。

妖魔を惹き付ける純粋な力のこもった血。

それなのにドリスはぶんぶんと頭を横に振った。

「絶対だめ! あいつだけは、あいつだけには渡さないから! あんな下衆いやつなんて相応しくないわ!」

「君は殿下と親しいのか?」

「大して親しくないよ。フォスター家は王族一人に一族を三人ずつ宛がってるの。十三年前にあの馬鹿王子の選定もあって、そのときは私は選ばれなかった。でも、」

過去の怒りを思い出したのかドリスは眉を吊り上げた。ぶわりとアルヴィンの周りにいた精霊がドリスの感情に呑まれて荒ぶっている。暴走する精霊たちを落ち着けてからドリスに話の続きを促す。

「あいつ選んでるくせに選定にいたその他の一族もまとめて目にしたの。この私があの横暴王子の予備の『目』よ。あいつが主人なんて絶対嫌だったのに! レイラちゃんと普通に親交を深めてる頃に召集されて紫色の瞳の女を知らないかって訊かれて……。なんで答えたのわたしの馬鹿! 察しなさいよ!」

バシバシとアルヴィン愛用の机を叩くドリスの手を掴んで止める。せっかく作った液体が溢れてしまう。

それに気の弱い精霊が萎縮してしまっている。手伝ってもらっていたのに。消滅しかねないほど怯えている。

「大きい音を立てるな。」

「だって! あの馬鹿のせいでレイラちゃんに嫌われちゃう。馬鹿に洩らしてからは、言われるがままレイラちゃんの近況を教えてたんだから。」

馬鹿を連発するドリスはよほどあの王子が嫌いなようだ。一時期ドリスと険悪になった頃、その頃はやけに殺気立っていた。煩いからもう部屋に来るなと言って、酷い目に合った。言った次の日に眼鏡が無くなっていた。予備の眼鏡もすべてだ。

あの王子から仕事の依頼でもあったのだろうか。

その余波で眼鏡を奪われ、度の合わなくなった昔の眼鏡を使うことになった。挙げ句に目が見えないのを良いことに密着してきた。あの頃は貞操の危機を感じた。

逆に押し倒して脅かしてみたが、効果はなかった。

それどころか瞳をうるうるとさせて感動していた。

これはまずいと逃亡すれば怒られた。理不尽だ。

それをレイラに相談するか悩んだが、彼女は自分で抱えきれない面倒事を右から左に受け流す。しかも真似事とはいえ押し倒してしまったことに変わりはない。ドリスの親友であるレイラには相談出来なかった。

アルヴィンもレイラも切り換えの早さは達人級だ。

仕事の依頼なのだから仕方ないと思うはずだ。

「彼女は気にしないと思うがな。」

「うん……。じゃあとりあえずライアン殿下に報告して、あいつのけつ引っ叩いてもらわないといけないね!」

躾は大事だよ、と言っているドリスを無視して作り出した液体に干からびた蛙を砕いて入れる。魔力を注いで完成だ。これを学院の周りに撒いておけばしばらく妖魔は近寄れないだろう。

メリルからの依頼だ。報酬もそこそこ良い。

首に絡み付いてくるドリスの腕を引き剥がしながら今月の支出と収入を計算し始めた。

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