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爽やかな朝と告白

朝、すっきりとした気持ちで目が覚めた。

予定では卒業式だったものの、トリフェーンに帰るときは身体の事と王子の妄言を片付けてからになる。アメトリンにいる間、精神が磨耗している時にシリルの結婚の話を聞いてまともでいられる気がしない。

今の内に吹っ切るため。そのために寝る前に告白の内容を考えていたのだが、こういうのは下手に飾らない方がいいだろう。という結論に落ち着き昨晩は早くに眠った。おかげで気分は最高の状態だ。これなら傷も浅くなるかもしれない。

シリルはもう起きているようだ。隣のベッドにいない。

少し開けられているカーテンを全開にして、朝の光を浴びる。ウィラードが言っていたが、朝の光で眠っている身体が起き出すらしい。胡散臭い話だが、確かにと思う部分もあった。

ふと視線を落とすと窓の外に派手な柄の蝶が止まっていた。前も見たことがある。おそらく妖魔の目か何かだろう。

『壊れて。』

覗いている妖魔も含めて『言葉』を紡ぐ。

派手な蝶が粉々に砕けて落ちていく。キーンと遠くで断末魔の叫びが聞こえた気がした。

この面倒な体質も何とかしないと。人から狙われなくなっても、妖魔に狙われ続けるなんて嫌だ。妖魔は影から生まれて形を作る。だから撲滅は無理だそうだ。殲滅しようと考えていたのに。

寝室から出て洗面台に向かう。

口をゆすいで顔を洗う。さっぱりして寝室に戻る。

そして、クローゼットを開き今日着る服を考え始める。

あまりシリルを意識し過ぎた格好も駄目だろう。

屋敷から持ってきた服から選ぼうか。

適当に手を突っ込んで掴んだ服を引っ張る。

濃紫色のワンピースが出てきた。これにしよう。

着ていた寝間着を脱ぎ捨て、頭からワンピースを被る。

首元のボタンと腰のリボンを括り、寝間着を畳む。

後は髪を綺麗に括れば完璧だ。普段のレイラと変わらない。下手に印象に残らない方がいい。

櫛で髪を丁寧に梳いて適当にとった髪を慣れない手でハーフアップにする。紫色のリボンを結べば完成だ。

髪が浮いていないか触って確かめる。おかしなところはないと確認してから寝室を出る。

「おはよう。」

どこかへ行っていたシリルが帰っていた。

「おはようございます。」

相変わらず格好いいと思うのは仕方ないだろう。素材が凄まじくいいのだから。エリオットもミラも美男美女だ。

いつかフィンドレイ一家を見てみたい。

「朝はもう食べたか?」

髪型が崩れないようにか頬をさすさす撫でてきた。

「いえ、まだです。」

「折角なら外で食べるか。」

「いいですね。」

アルヴィンからの仕事で懐は常に潤っている。

本当に人工物の『記録』が視られてよかったと思える。

「今日は私がご馳走しますね。」

久しぶりの二人きりでの外出にわくわくしながらシリルを見つめる。ここ数ヵ月は外出すらままならなかった。

今日は特別な日。今日こそ夢の『私の奢りだから』を実現させたい。レイラの期待に満ちた眼差しにシリルは呆れたような眼差しを向けた。

「いや、駄目だろ。」

「駄目ですか?」

「当たり前だ。たまには俺に奢らせてくれ。いっつもレイラ自分の出してるだろ。」

いつもシリルがさっさと会計を済ませてしまうので、レイラの分のお金はいつも勝手にシリルの財布に突っ込んでいる。

「私の我が儘なので奢られてください。」

「駄目だ。しばらく会えなくなるんだろ? それなら今日は俺に格好つけさせてくれないか。」

肩に流れる髪を手にとって微笑むシリルから視線を逸らす。こんな気障ったらしいのが似合うなんて、ウィラードなら鳥肌ものなのに。

「……今日だけなら。ありがとうございます。」

ぼそぼそと答えるレイラに満足そうに頷く。

「そろそろ行くか。夕方には帰ってこないと。」

「はい。」


◇◆◇


朝ごはんをたらふく食わされ、お腹が苦しい。

痩せぎみなんだから食えとシリルと同じ量を食べたが、残してしまった。勿体ないと思ったがそれはシリルが食べてくれた。

「お腹が重い……。」

膨れた腹を擦りながら息を吐く。

「悪い。そこまで胃が小っさいとは思わなかった。」

成人男性と比べられても困るのだが。これでも女にしては食べている方だ。食べる時間が異常にかかるだけで。

「昼はどうする?」

空を見上げると太陽が天上に近いところにあった。

「しばらく休ませてください。」

「ははっ! そうだな。少しずらすか。」

時間をずらしてこの腹は空くだろうか。

不安に思いながらも、今日の目的は告白だ。

よく食べるシリルのお腹が空くまでに告白せねば。

告白する場所、川の上流に向けて歩き出す。

広かった川幅が狭まっていくのを感じるごとに動悸が激しくなる。どうしてなのだろう。伝えるだけなのに。応えは聴かなくていいのに。

森の奥に進んで行くごとにレイラの口数が減った。

木の葉に透ける太陽の光が柔らかく迎えているのに。

それに、レイラは独占しなくても愛せるはずなのに。どうして他の女性を気にしているのだろう。アメトリンにいる間に結婚されたら落ち込むなんて有り得ないはずなのに。

「どうした? 気分でも悪いのか?」

黙り込んだレイラを訝しんだシリルが心配そうに見つめていた。橄欖石ペリドットの瞳に心臓が跳ねる。なんだか、レイラの想いなんてとっくの昔に気付かれていそうだ。

「川を見ていたので。」

なるほど、と頷いたシリルは川縁にしゃがんで、流れる水を掬った。太陽の光を反射している水面にシリルの姿が写る。

「ここまで来ると水が綺麗だな。」

「そうですね。」

緊張しながらシリルの隣にしゃがみこむ。

この辺りまで来れば人もいないだろう。

どきどきして心臓が破裂しそうだ。

世の恋人たちはこれを乗り越えているのか。尊敬する。

明日にはアメトリンに行くのだ。と腹を括って口を開く。

「私、シリルのことが好きです。異性として。」

ばっと振り返り目を見開いているシリルを見て、慌てて言葉を付け加える。レイラは受け入れてもらうつもりはない。

「その、別に交際を迫っているわけではなくて、ただ伝えておきたかっただけです。しばらく帰れそうになさそうですから、今の内に気持ちの踏ん切りも付けたかったので。これで思い残すことなく行けます。」

「………………。」

言ってしまえば早いものだ。ぽかんとレイラを見つめ続ける視線に居心地が悪くなり、こわごわと口を開く。

「帰りましょうか。」

言いたいことは言った。シリルの反応が硬直というのも悲しいが仕方ない。意識されてもいなかったし気付かれていなかった。ということだろう。

立ち上がったレイラの手をシリルが掴む。

「シリル?」

「待ってくれ。頭が混乱して。」

呆然としているシリルに少し罪悪感が芽生える。

困ってもらいたいとは思ったが、ここまで困られるとは。

「すいません。少し困らせてみたくて。」

「え!? 今の嘘なのか?」

「……どうしてそう思うんですか。本当の事です。」

言い方が悪かった。意識してもらいたかったと言い換えると、シリルは照れたような笑みを見せた。

「そうか。レイラ……俺のこと好きなのか。」

言わないで欲しい。恥ずかしくなるではないか。

「ありがとな。これで俺も踏ん切りがついた。あとごめん。俺が言わないといけなかったのに。というか言おうと思ってたのに。」

「なにをですか?」

踏ん切り? なんのことだ。謝られる理由も分からない。

にやりと笑って騎士のようにレイラの手の甲に口付けた。変な声を出しそうになって、慌てて唇を噛んで押し止める。

「レイラ・ヴィンセント。貴女のことが好きです。どうか私の恋人になってください。」

…………。

自分の頬を抓りながらシリルの言葉を反芻する。

駄目だ。頭が使い物にならない。理解できない。

「……今なんて仰いました?」

「俺の恋人になってくれって言った。結婚を前提とした。」

レイラの様子に眉を顰めたシリルはあっさりとした言葉で先程と同じ内容を繰り返した。しかも少し足されている。

(え、え? 私? 私を好きなの? シリルが? 私を……。)

予想外の状況に頭が真っ白になった。

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