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休学届と心の準備

「分かった。休学は出来るが、それだと総合科から籍はなくなる。それでもいいのならキミの自由にするといい。」

机に積み重なった書類を少しずつ崩し、雑な署名をしながらメリルは言った。

「はい。」

「暫くは出歩かないでもらえると嬉しい。その方がフィンドレイもクライヴも負担が軽いだろう。」

母親の分からない王女に利用価値があるとは思えないが、神の一族の血にはそれなりの価値がある。早く問題を解決したいレイラにとって誘拐されるのは時間の無駄でしかない。

明日には用事を済ませてトリフェーンから王都に移動するのだ。それまで引きこもり生活をしよう。

「分かりました。」

「あと王子のやらかした事の火消しはしておくから安心してくれ。戻って来やすいように配慮はする。」

ジェフリーがわざわざ大勢生徒のいる中庭で言ったことを理事長が何とかしてくれると聞いてひと安心する。あの発言を何とかしないと学院に戻りづらくなる。

「それと、あの王子は性格にかなりの難がある。気を付けてくれ。あれは外面モードだ。」

「はい。気を付けます。」

あのメリルが気を付けてと言うくらいだ。

内面はどんな風に酷いのだろう。さすが王子なだけはあって外面は完璧だった。メリルに言われなければ気付けなかっただろう。先に知れて良かった。

「せめてフィンドレイに居場所を伝えてからにして欲しかったよ。私にはもう何の力もないのに教えてくれって駆け込んできたんだ。勿論、授業後だったけどね。フィンドレイは真面目だから。」

「……そうでしたか。気を付けます。」

「この話を考えていて授業に出なかったのかい?」

ウィラードとの話で午後の授業に間に合わなかった。

今更行ったところでと思い、ウィラードの持っている王城の情報を教えてもらっていた。回りくどい話し方をするウィラードに付き合っていると、気付いた時には放課後になっていて、罰則として職員棟の上階の掃除をすることになった。直ぐに掃除に取りかかったからシリルと顔を会わせていないが、後で確実に叱られるはすだ。憂鬱な気分になりながらメリルを見つめる。

「少し話し込んでしまって。」

「話って誰と……ああ、あいつね。変な気配がすると思ったら、やっぱりヴィンセント君のところにいたんだ。ふぅん。」

不穏な空気を放ち始めたメリルから視線を逸らす。

「不思議とね。今ならあいつのいる所が分かるんだ。この世界に来たときにあいつのいる所が分かったら、私はどうしていたんだろうね。あんなに馬鹿みたいな束縛して大学だって辞めさせられたのに。再会してみれば他に好きな女が出来たなんて……。ああ、腹立つ。」

ばきっ、と音がしてメリルの手にあるペンがへし折られる。ちっ、という舌打ちのような音も聞こえた気がするが、聞こえなかったことにしよう。

肩を縮めてメリルから放たれる怒気をやり過ごす。

「すまない。つい愚痴ってしまったね。」

悪かったよ。といつも通り妖艶な笑みを浮かべた。

「いえ……。」

休学届を書いてもらえるとメリルの面倒が減るからと言われ、休学届を書いてから理事長室を出た。


◇◆◇


もう何度めかになるか分からない欠伸をした。

ぼうっとしている間に冷えてしまったお茶を飲み干す。

届も出してしまったことだしなと、シリルに休学する話をするために起きているのだが、中々帰ってこない。

ついでに明日時間を取れるかどうかも聞いておきたかった。

明日のことを考えるだけで心臓がドキドキしてくる。

受け入れてもらわなくていい。ただ聞いてもらえるだけでいい。それで少しでも意識してもらえるだけで。嫌がらせに近い感情だがシリルなら上手く消化してくれるだろう。

もう一杯飲もうとぬるくなったお湯を沸かす。

そして、あと少しで日付が変わる時間にシリルが帰って来た。

「おかえりなさい。」

「ああ、ただいま。」

遅くまで仕事で疲れているはずなのに、シリルはレイラが見惚れてしまうような微笑みを浮かべた。今レイラの目には何割増し良く見えているのだろう。恋していなかった時も魅力的な男性だとは思ったが、ここまでではなかった気がする。

見入ってしまいそうになる視線を外し、温めていたお湯をポットに注ぐ。それを机の上に置いてレイラは座った。

「あの妖魔に変なこと言われなかったか?」

そう言いながらシリルは上着を椅子の背にかけて座った。ぴっちり締められたシャツの首元を緩める姿を横目で盗み見る。

「今日はまともなことを喋ってました。」

「珍しいな。」

そろそろお茶も出た頃合いだろうとカップに注ぐ。

「おかげで考えも纏まりました。元々そうするつもりではあったんですけど、そうでいいのか悩んでまして。」

白いカップを満たすお茶は思ったより濃い色をしている。渋いだろうが飲めないこともないはずだ。シリルの前に置いて、レイラも自分の空になったカップに注ぐ。

「それで明日から休学することになりました。」

ぶはっ、と勢い良くシリルの口からお茶が飛ぶ。

「大丈夫ですか?」

げほげほとお茶が気道に入ったのか噎せているシリルの背中をさする。シリルが落ち着いてきたらハンカチを渡し、次は布巾を持ってきて机を拭いた。

「あー。ありがとう。すまない。驚いてしまって。」

「いえ、お気になさらず。」

驚くのは想定済みだが、まさか吹き出すほど驚くとは。

「どうして休学するんだ?」

「父親に会ってみたいので。どこまで下衆で自己中心的な人なのかなと。それに、アレン・シアーズのせいで前より不安定になった月の神様の機能についてどうするか考えないといけなくて、王宮の方が情報が多そうですから。」

帰ってくるのは半年くらいが良いが、それは難しいだろう。一年程度掛かりそうだとシリルに伝える。

「……。そうか。」

寂しくなるなとシリルは呟いて黙り込んだ。

静かになった部屋にカップを置く音だけが大きく響く。

シリルを明日誘うなら今だ。レイラが向こうにいる間に結婚適齢期のシリルが結婚してしまうかもしれない。その前に告白して困らせてみたかった。嫌われていない自信はある。ただ妹分として送り出されるよりは最後に少しくらい意識してもらいたい。

怖じ気づきそうになる心を叱咤して、緊張でからからに渇いた口を開く。

「……明日、空いてますか?」

「空いてはいるが、どうしたんだ。」

「外に出たくて。綺麗な川を見に行きたいです。」

街に流れる川の上流は光に満ちた森があって、そこには自然の音しかない。誰にも聞かれない場所でゆっくり話したかった。

「そうだな。しばらく会えなくなるもんな。」

「ええ、でもすぐに片付けて帰りますから。」

必ず、神様のことも王子も綺麗に片付けてトリフェーンまで戻ってくる。レイラのままで変わらずに。

カップを片付けて、寝室に入る。

お風呂に入りに行ったシリルはさすがに待てない。

ごろんとベッドに横になって明日に思いを馳せる。

どんな風に言葉を告げようか。いくつもの言葉を結んでみるが、ぱっとしない。これだと少し馬鹿女のように思われるかもしれない。これだと重すぎる。ああでもないこうでもないと考えた。

そんなことをしているうちに眠すぎて目蓋が閉じられる。

『おやすみなさい。良い夢を。』

夢か現の狭間で誰かに頭を撫でられながら意識が深く沈んでいった。その手は知らない手で、それなのに何か懐かしさも感じさせる手だった。


◇◆◇


『いつか貴女のためにすべて戻すわ。だから今は私のために力を貸してね。終わりは近くまで来ているのだから。』

誰も裏切りたくなくて、それでもすべて裏切ってしまった。そんな私が選んだ今のために、過去を変えられない私が選べた今のために。これですべてを終わらせる。

この子を脅かすものは神だけだ。人は人が潰してくれるだろう。だって人に愛されないはずがないのだから。

奪ってしまったものを還すのは、すべて終わらせてから。

だからそれまでは、この閉ざされた世界で守っていよう。青く美しい世界の最後の仕切りが壊れないように。

『だから、私に気づかないで。』

今はまだその時ではないのだから。

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