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鬱憤と王子の奇行

昨夜、シリルから王子が来るという話を聞いた。

午前の授業を終え、中庭の木の下でドリスと昼食を摂りながら渡り廊下を歩いている王子を見つめる。

なんだか見覚えのあるような顔をしたジェフリー王子はシリルとエリオットの案内で学院を朝から歩き回っているらしい。

午前は情報科と医療科の授業を見学していたと、ドリスが教えてくれた。

「最初は王子殿下と面識のある貴族たちが騒いでて、そこから教室中に伝播していったの。絵姿とかは出回ってるもん。誰でも気付くと思うよ。その上、シリル先生とエリオット君が案内係。」

あれでお忍びって言ってたみたい笑っちゃうね。と嘲るように言った。ドリスの王子を馬鹿にしきったような笑顔に、冷や汗が流れる。いつか不敬罪で捕まらないだろうか。

「せっかくなら、レイラちゃんも情報科の授業の日が良かったなあ。二人で王子の観察して遊べたのに!」

授業中に遊ぶのはどうかと思うが、確かに今日はドリスと一緒に観察したかった。なぜ一月前の自分は今日に士官科の授業を入れてしまったのだろう。

血の繋がりでは従兄というジェフリー王子の事は気になる。一人で見つめ続けるのは目立ちそうで嫌だが、女子生徒たちが見目の良い王子を見つめ続けているのは逆に目立たないだろう。

王子とシリルを見つめていると、レイラの視界に銀髪が入り込んだ。ドリスは水色の瞳を輝かせて楽しそうに微笑む。

「話し掛けてみる?」

「どうして?」

「王子殿下が気になってるみたいだから!」

つんつんと頬を指でつつかれる。からかわれているのだろうか。お返しのように肩口で切り揃えられた銀髪を梳きながら、生徒と話しているジェフリー王子から視線を逸らす。

「気にはなっているけど、いいわ。何か粗相をしたらいけないもの。」

それに、王子の顔が前に会ったウォーレンの自称親友に似ていて、苦手意識を持ってしまった。あの自称親友は掴み所のない人でレイラの苦手ど真ん中だった。胡散臭いのは嫌いだ。

その自称兄の親友に似ているだけのジェフリー王子には悪いが、苦手なものは苦手だ。父親だというルークもレイラが苦手そうな人だった。

王族は胡散臭いのが当たり前なのかもしれない。

いくらシトリアの王族の構成が異質なのだとしても、やはり上に立つ人間は胡散臭いくらいが丁度いいのだろう。

「あ! アルヴィン! 一緒にご飯食べよう!」

ドリスは、はしゃいだような声を上げて渡り廊下に通りがかったアルヴィンに、大きく手を振った。前にあんなに険悪だった二人はいつのまにやら仲直りしたらしい。

しかし、アルヴィンはあからさまに顔を顰めている。

「何故? レイラと一緒にいるのなら私は必要ないだろう。」

「アルヴィンと話したいと思うのはおかしいの?」

「君はそうでもレイラまでそうとは限らない。」

「私も先輩とお話したいです。最近あまり出歩けなくて授業の時くらいしか、先輩とお話できませんでしたから……。」

アレンたちの件でシリルから叱られ、しばらくの間は一人での外出禁止を言い渡された。外出禁止令は三月前から発令されているが、未だに解かれる気配はない。しばらくの間、とはどのくらいの範囲なのだろう。そろそろ息が詰まりそうだ。

いくらシリルの顔を見飽きないと言っても、いい加減ハロルドにも会いに行きたい。彼は上級貴族なだけあって忙しい。レイラから遊びに行くのが一番手っ取り早く会えるのだ。

今日は陰にクライヴが控えているし、学院内のどこかからジェラルドもレイラを護衛している。だから久しぶりに中庭に出られた。普段は屋内だけしか移動できない。不自由さにいろいろ溜まっている。

という積もりに積もったレイラの思いを人の良いアルヴィンは断れなかった。

「……。分かった。昼食は共にしよう。」

嫌々という表情を隠すことなく、ドリスの示す場所に腰を下ろした。眉間に皺を寄せているアルヴィンの前にバスケットを差し出す。今日は軽くつまめる食事を食堂で調達し、ドリス持参のバスケットに纏めた。

「ごめんね。最近二人きりだと会ってくれなくなっちゃって。」

本人を前に堂々と不満を口にするドリスに拍手を送りたい。そもそも、アルヴィンが二人きりで会わなくなった理由は、以前にアルヴィンが憔悴するほど困ってレイラに相談してきたアルヴィン曰く『色仕掛け』のせいだろう。

「あ、つれないアルヴィンよりわたしに構ってくれる優しいレイラちゃんの方が好きだよ!」

くすくすと笑いながら、耳元で悪戯っぽく囁かれた言葉にレイラも頬を緩めた。アルヴィンはそれを呆れたように見ながらサンドウィッチを食べている。

叱られる前まで、これがいつもの光景だったのに。

今度やるときはもっと上手くやらなければ。

今は平和な昼食時間を楽しもうとバスケットに手を伸ばした。その時、

「やぁ。会いたかった。」

突然上から声が降ってきて、バスケットに伸ばした手を引っ込めた。どこかで聞いたことのあるような声に顔を上げる。

「……。」

銀髪に金色の瞳の青年、ジェフリーが胡散臭い笑みを浮かべてレイラを見つめていた。

なぜ、王子がレイラに『会いたかった』のだろうか?

ぽかんと見上げるレイラの横でドリスとアルヴィンは臣下の礼をとっている。どうしようか、二人を見習うべきか悩む。

「君はそのままでいいよ。彼らは僕の下にある者だけど、君はそうじゃないだろう?」

いくらでも深読みできる言葉に眉を顰める。

王は『レイラ』の存在を知っているだろう、しかし王子が『レイラ』を知っているとは思えない。

早とちりしてボロを出してしまっては元も子もない。しらばっくれてしまおう。馬鹿なふりは慣れている。

「あの、私に何か?」

「酷いな。僕のこと分からない?」

そう言って拗ねた表情を見せる王子に首を傾げる。

「王子殿下では……。」

「いや、まぁ、そうなんだけど。これなら分かるかな?」

懐から取り出した装飾のない銀の指輪を中指に嵌める。

すると、銀色の髪がみるみる内に茶色に変わった。

茶髪になると、記憶の中のある人物の特徴と完全に一致する。

「アーネストさん?」

「当たり。君ならすぐに分かってくれると思ったのに。」

なんと、自称兄の親友と顔が似ていると思っていたが本人だったとは。ジェフリー・アーネスト・シトリン。確かにヒントはあった。偽名を使えばいいのに名前を名乗っていたのか。

それにしても、兄はどうやって王子と知り合ったのだろう。ただの役人のウォーレンが王子と知り合う機会なんてそうそうないはずだ。

「いつも兄がお世話になっております。」

「うん。お世話されてるのは僕だけどね。」

立ち上がって一礼したレイラの頭を、ジェフリーはそっと上げさせた。女好きだとウォーレンが言っていたように、女の扱いは手慣れていそうだ。

頬を撫でられ、顔を顰めそうになるのを堪える。

助けを求めるように彷徨わせた視線の先に、無表情のシリルがいた。朝からの疲れが溜まっているのだろう。レイラの視線に気付くと僅かに口角を上げた。

この様子では今夜は泥のように眠るだろう。

視線をジェフリー王子に戻すと金茶色の髪を興味深そうに弄っていた。そんな珍しいものでもなかろうに。とされるがままにしていると、

「そろそろ、観客も集まって来たし。大丈夫かな。」

ジェフリーの小さな呟きに何を言ったのか聞き返そうとして、目を見開く。一体なんの真似だ。

目の前には跪いたジェフリー王子がいる。

突然の王子の奇行にどよめく中庭。レイラたちを囲う生徒たちの視線が痛い。ひとまず、王子を立ち上がらせようと肩に手を置くと、それを捕らえられ大切そうに握られる。

そして、よく通る声が中庭に響き渡った。

「ようやく見つけた。我が従妹姫。ずっと貴女に会いたかった。どうか私と共に来てはくれないだろうか?」

物語に出てくる王子のような台詞に頬を赤らめる女子生徒や、ジェフリー王子の言った言葉の意味に驚愕している生徒により中庭が騒がしくなる。

五月蝿い周囲の生徒と反対に、レイラは呆然としていた。

どうしてそれを明かす必要があったのか。

今更出てくる王女なんて邪魔なだけだろう。

だから、アドルフもメリルも狙われている『リリス』の事をレイラに教えても、リリスに戻れとは言わなかった。

それに、レイラはレイラとして生きてきた記憶しかない。

だから今更リリスになんて成れない。

「どうしたの? リリスを迎えに来たんだよ?」

金色の瞳の奥に覗く強い光に、身体を強張らせた。

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