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不完全な存在と不可解な事

「うわああああっ! 」

子供の悲鳴が聞こえ、うとうとと夢現の間でたゆたっていたレイラは覚醒した。重い目蓋をこすり欠伸を噛み殺す。

「あ、アレン様ぁ…。なぜっ?」

糸目野郎ことジョシュアの呆然とした声もして、あれからどれくらい経ったのだろうと、窓の外を見遣る。空には大きな月が浮かんでいて溜め息を吐きたくなった。

このお屋敷に着いたのは昼過ぎで、まだ日の高い内にアレンを片してしまったから、かなりの時間眠っていたことになる。早く帰らないとシリルが心配してしまうというのに、ジョシュアたちが早く帰って来ないからだ。ただでさえ怒らせているのに、もっと怒らせてしまう。

さっさとジョシュアたちを片付けて帰ろう。

横で気持ち良さそうに寝息を立てている黒髪の男の体を揺らす。緋い瞳がぼんやりとレイラを見つめる。そして、怠そうに手を伸ばし確かめるように頬を撫でられる。

「シャーリー?」

「残念ながらレイラなの。早く起きて、ジョシュア・オーガストが帰って来たわ。」

頬に添えられたウィラードの手を剥がすと、完全に目が覚めたようでこれ見よがしに舌打ちし、憎々しげにレイラを睨んだ。

「あーあ。せっかくシャーリーとの蜜月を夢で楽しんでたのになー。あと少しで最後まで出来たのに。酷いよお嬢さん。なんの嫌がらせ?」

そんなことを言ってくるウィラードこそ、なんの嫌がらせだ。わざわざ夢の内容を教えてくる必要はないだろうが。ウィラードの髪を思いきり引っ張った。涙目になったところで手を離す。

「じゃあ、糸目野郎さくっと殺って帰ろうか。」

「そうね。でも聞き出してからよ。」

ばんっと音を立てて扉を開き、廊下に出たウィラードの後に続く、アレンの亡骸の前で涙を流すジョシュアと白い髪の子供が振り返った。

二人はウィラードとレイラを見とめると、ゆらりと立ち上がった。

「お前らが、お前らがアレンさまを殺したのか?」

「そうだね。お嬢さんが致命傷を与えて、苦しそうだったからオレが魂をまっさらにしてその辺に投げといた。親切でしょ?」

無言で少年が斬りかかってくる。それを難なく受け止めたウィラードは少年の腕を捻り上げる。白髪を顔の高さまで吊り上げたウィラードは愉快そうに微笑んだ。

「もしかして混血かな? でもオレには勝てないと思うな~。これでも純粋に血の一滴も魂の一欠片でさえ魔物だからね!」

少年を思いきり床に叩き付ける。骨の折れる音と声すらも出ない少年の呼吸音が今の衝撃を物語っている。妖魔は子供相手にも容赦がないのだなと思いながら、右から飛んできた何かを鞘から抜き放った剣で弾く。からんからんと床に転がる刃物を無感動に見つめて、それを投げたと思われるジョシュアに視線を動かす。

「貴女が…貴女さえ姿を消さなければ……。今頃アレン様は幸せな最期を迎えられたのに……。」

あの、シトリンと共に過ごしたいという願いか。

あれだけのことをやっておいてシトリンを手元に置きたいなんて身勝手だ。彼女からしたらアレンは絶望の象徴だろう。そして憎しみしか抱けない相手。

それでも、傍に置きたいなんて神様はどこか欠けている。人間からしたら不完全な存在にしか思えない。

人間として不完全なレイラに言われたくはないだろうが。

憎しみで黒い瞳を濁らせているジョシュアに聞きたかったことを訊こうと口を開く。

「貴方に聞きたいことがあります。ケント・オーガストについてなのですが……。」

「はは。あの人まだ生きていたのですか。あの裏切り者。」

そう、吐き捨てるように言って唇を噛んだ。

裏切り者とは聞き捨てならない。

「貴方とどういったご関係ですか?」

「あの人は私の養父。捨て子の私を拾ったのですよ。」

養父だったとは。血は繋がっていなかったのか。ということは、一緒に過ごしている内にあの胡散臭さを継承したのだろうか。恐ろしいものだ。

「そして、ある日アレン様の元を離れていった。目的が権力を追い求めることだけの、下賤な反王国派組織に鞍替えしたんですよ。あの人はアレン様以上にリリスを求めていましたから、情報網のあるそちらの方が良かったのでしょう。あの人はいつも言っていました。」

懐から拳銃を取り出し、銃口をレイラに据える。

「銀髪で紫の瞳をした美しいものをもう一度見たい。とね。だから、まさか貴女が茶髪だとは思いませんでした。おかげで中々見つからなかった。」

なるほどケントからリリスが銀髪で紫の瞳という話が流れたのか。なにをどうすれば銀髪になるのかよく分からないがそれで助かっていた部分もあるだろう。あの胡散臭い老人の勘違いに感謝した。

「アレン様が亡くなられた今、貴女は主の仇です。ですが……。そうですね。ハロルド坊っちゃんによろしくお伝えください。彼との時間はそれなりに楽しかったですから。さようなら。」

どこかすっきりしたようなジョシュアの顔に、レイラは目を奪われた。彼は分かっているのだ。拳銃でレイラを撃ったとしても意味がないことを。撃ち殺す前に殺されることを。

だから、銃口をレイラから己のこめかみに変え引き金を引いた。 ぱんっという音がしてジョシュアの身体が廊下に崩れる。溢れていく赤い血を見つめてジョシュアの横に膝をつく。開いたままの目蓋を閉じて長い髪を結わえている紐に触れる。

さすがに拳銃に勝てる気はしなかったから、助かったといえば助かったが、後味は相当悪い。別にジョシュアには特に何もされていないから見逃そうかとも考えていたのに、罪悪感がむくむくと育つ。

白髪の子供はウォーレンを巻き込んだから見逃す気にはならない。止めを刺そうと振り返れば、とっくにウィラードが刺していた。これでは何のために来たのか分からない。

「私がやろうと思っていたのに。」

「物好きだね。自分の手を汚そうとするなんて。」

面白がるような緋い瞳に眉をしかめた。物好きだからではない。人を殺すのを好きなんて、ヒトとしてどこかが欠けていなければ無理だ。

いくらレイラがヒトして欠けていても、その辺りはいたって普通だ。

「そうしないといけないものでしょう?」

はあっ、と大きく溜め息を吐かれ呆れたように見られる。

この憐れみのこもった視線はなにを意味するのか。

「気付いてないなら仕方ないね。ま、いつか分かるよ。」

「どういう意味?」

「いつか分かるから。もう帰ろう。」

「どうして教えてくれないの。」

食い下がるが、ウィラードは教えるつもりはないのだろう。なおも口を開こうとするレイラの唇に人差し指をあて、子供に言い聞かせるように喋りはじめた。

「いい? 世の中には自分で気付いた方がいい物事もあるんだよ。まぁ、どうしても気付けないならオレがいつか教えてあげる。分かった?」

釈然とはしないが、教えてくれる気がないなら訊くだけ無駄だ。とりあえず頷いておいた。

「早く帰すって言ったのに、絶対先生怒ってるよね。やだなぁ、オレ殺されるかも。先生お嬢さんを溺愛してるもん。どこのヴィンセント家次男だよ。」

「シリルをノア兄様と一緒にしないで。失礼よ。シリルは私の行動を制限したりはしな……。必要がないときに制限したりしないもの。」

馬鹿みたいに誘拐されそうになるから制限されてはいるが、別に屋敷から出さない、友人にも会わせないというノアとは違う。他人だからというのもあるだろうが、束縛の気があるノアとは本質が違う。ということを必死に訴える。

「はいはい。で、そんな束縛お兄さんの妹であるお嬢さんも束縛の気はあるの? 今ので先生大好きなことは分かったから。」

「好きな人は束縛してしまうものなのでしょう? それなら私もそうなるかもしれないわ。まだ感じたことはないけれど。」

ウィラードに聞かれて考えてみるが、今まで嫉妬や独占欲のようなものを感じたことはあまりない。これはおかしいのだろうか。しかし、たまに寂しいくらいは感じる。普通なはずだ。

視線を感じて顔を上げれば、真剣な顔のウィラードがレイラを見つめていて少し驚いた。彼はあまりそんな顔をしないから。

「どうしたの?」

「いーや。なんでもない。さっさと帰ろ。」

「……ええ。」

部屋に帰るのは気が重いが、早くシリルに会いたい気持ちもある。ウィラードとレイラをトリフェーンに移動させるくらいなら保つだろう。意識して『言葉』を紡ぐ。

「学院の私の部屋へ『移動』。」

瞬きひとつの間に学院の自室まで帰って来たレイラは、部屋に突然現れたレイラとウィラードに目を見開いているシリルに恐る恐る一礼した。

「た、ただいま帰りました。」

「……。おかえり。」

「あとは若い二人でゆっくりやって……痛っ!なんで?」

逃げようとするウィラードの足を踏んで留める。

「私はどうすればいいの?」

「自分でなんとかしてよ。てか今の顔すごいシャーリーに似てる。これでなぁ、胸が絶壁だったら完璧なんだけどな。でも胸さえ見なかったら抱けそう……。うわどうしよっかな~。ご無沙汰なんだよね。」

ウィラードのそっちの事情なんぞ知りたくもない。

こいつは本当にシャーロットに似ていれば誰でも良いのか。だからレイラが視た女性たちは大体胸が控えめだったのか。

別に本気で言っているわけではないからレイラも流せるのだが。シャーリーの代わりと言っている間は、シャーロットの孫にあたるレイラに手は出さない。

それに誰かの代わりにされるなんて、レイラのちっぽけな自尊心でも許さない。飄々としているウィラードを睨み付けていると、シリルが椅子から立ち上がった。

「さっさと出ていけ。色狂いの変態妖魔。」

吐き捨てるように言ってから、ウィラードの襟首を掴んで窓から捨てた。その手際の良さに舌を巻く。

感心しているレイラを冷たく見据えたシリルは低い声と無表情で真っ直ぐ椅子を指差した。

「レイラ。」

「……。はい。」

レイラは指された椅子に大人しく座った。

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