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懇願と心苦しさ

「間男の登場だね。どうする? オレのお姫さま。」

「……貴方の方が余程それらしいわ。」

そういう事は冗談でも言ってほしくない。

「レイラ。そんなところで何してる?」

低い、地を這うような声に背筋が伸びる。

こんなに怒っているシリルなんて初めて見た。アレンを消しに行くことは言っていないのに、なぜ怒っているのだろう。妖魔はレイラの血肉が好物だから警戒しているのだろうか。でもウィラードは普通の妖魔とは少し違うと思うのだが。

「先生は羨ましいんだよ。オレとお嬢さんの愛の逃避こ……っ痛い!」

「貴方とだけは絶対に御免だわ。」

レイラの身体を支えていたウィラードの腕を抓ると、抱えていた力が緩んだ。転がるように柵の上から屋上へと落下する。なんとか空中で体勢を立て直して着地した。

びりびりと痺れる足を擦りながら、柵の上に立っているウィラードを睨み付ける。

「いやいや、オレの所為じゃないって!」

「そうね。私が抓ったのがいけないんだもの。でも、まさか貴方が私を取り落とすとは思わなかったわ。」

長生きな妖魔がこの程度で驚くとは思わなかった。

まだちりちりしている足を庇うように立ち上がるが、まだ堪えられなかった。ふらふら、とよろめく身体をシリルが支えてくれる。

「あ、ありがとうございます。」

「……。」

「シリル? どうし……。」

「俺から離れるな。守れない。」

懇願するように真っ直ぐ見つめられ、戸惑う。

いつも聞いている言葉なのに、いつもの呆れたような感じではなく、置いてけぼりにされた子供のような声色に首を傾げる。

近距離にある橄欖石ペリドットの瞳は揺らいでいて、レイラもいつもなら顔を真っ赤にして恥じらっている筈なのに、不思議と恥ずかしくはなかった。見つめ返していると、ぎゅ、と手を握り込まれる。

「怖いから、あまり離れないでくれ。さっきだって、あっちに落ちたらどうする気だったんだ……。」

言われてから思い出した。柵の上からの景色を。

豆粒のような人々に、屋根が見える街並み。高所恐怖症ではないレイラでも身震いする光景だった。

それに、シリルは目の前で人が落ちたのを見てしまっている。レイラも落ちたら、と怖かったのかもしれない。自意識過剰ではなくシリルはレイラを大切にしているから。

前にもレイラが自室の窓際でウィラードを追い払っているときに、体勢を崩して落ちかけたことがある。その時も真っ青な顔をして窓から引き離された。ニーナの事が心の傷になっているようだ。

だが、落ちたとしてもウィラードが助けない筈がない。レイラがシャーロットに似ている間は頼まなくても必ず守るだろう。それに力を手に入れた。『言葉』を使っても自力で何とかできるのだ。とはいえ、使いすぎていなければ、だが。

「私は大丈……。」

「大丈夫。お嬢さんはオレが守るから。」

いつのまにか隣にいたウィラードは、レイラの肩にぽんと手を乗せて微笑んだ。胡散臭いからその笑顔はやめてほしい。鳥肌が立つ。

「ねぇ、お嬢さん酷くない?」

手首の鳥肌を見とめてウィラードは苦笑した。

「別に貴方の事は嫌いじゃないわ。胡散臭い人が嫌いなだけよ。」

「それ、オレのこと嫌いってことだよね?」

全然違う。胡散臭い笑顔をしていない時は普通だ。

その辺に転がっていそうな感じになるから嫌いではない。

「そろそろ行きましょう。昼に約束しているの。」

太陽は天頂に近い。昼頃と約束していたから、アルヴィンを待たせているかもしれない。急いだ方が良いだろう、とシリルに握られている手を外そうとして更に強く握り込まれた。

驚いてシリルの顔を凝視する。眉間に皺を刻んで、いまだ見たことのない物騒な顔つきになっている。

「何処に行くつもりだ? 誰のところに……。」

さてどうしようか。アレンを消しに行くとは言えない。何を言って誤魔化そうか考えているとウィラードにぐい、と腕を引かれる。 反射的に振り払おうとするが、さすがに『妖魔』というだけあって力が強い。諦めて身体の力を抜く。

「駄目だよ。今日はオレとお嬢さんの記念すべき初デートだから。」

初デートなわけがあるか。そんなふわふわとして甘くて良いものではない。断末魔に鉄錆の臭いと真っ赤な血に塗れるデートがあってたまるか。

「先生も今日はオレに任せて、たまには遊んでおいでよ。ずっとお嬢さんとばっかりと仲良くしてたら、先生彼女できないよ? そろそろ他の娘の面倒もみてみたらどうかな。お嬢さんみたいなのはそうそう会えないからね。これに馴れてたら他の女の子の扱い方分からなくなるよ?」

年中遊び歩いている男が何を言っているのか。

ウィラードの言う彼女、その人数はおよそ二桁にもなるだろう。そのすべてが夜だけの付き合いで、しかもシャーロットに似ているという、どうしようもない男だ。

そんな男に彼女ができないと言われたところで、大して意味がない。絶対にシリルの方が女性に好まれる。

「意味がわからない。まず、妖魔にレイラを預けられるか! レイラ、俺と一緒に帰ろう。」

そう言って差し出された手をそっと押し返した。

そして、愕然としたシリルの顔からそっと視線を逸らす。

ここまで落ち込まれるとは思わなかった。なんだか申し訳ない気持ちになってくる。だがこれもレイラとレイラの家族を今までのように過ごすことが出来るようにするため。何かしらの目的で狙っている相手に見せしめの意味でも、さくっとやってしまった方が良いだろう。その人たちが諦めてしまうくらい残酷に。

でないと、レイラが挽き肉にした人たちに申し訳が立たない。襲われたら、すぐに殺さなければならないのに。

最近はシリルに止められていたから胸が苦しくて仕方なかった。あの人たちは殺したレイラが不公平に見逃しているのを見て何を思うだろう。

「じゃあ、話も纏まった事だし行こうか。」

黙りこんだシリルを一瞥したウィラードはレイラを横抱きにして柵の上に飛び上がった。

「夜には先生のところに帰すね。」

シリルは俯いたまま応えない。不安になって声を掛けようとするが、ウィラードが柵の上から空中へ飛び出し、あっという間に離れてしまう。

「わざとでしょう。」

恨みったらしい口調と視線でウィラードを睨む。

「勘違いさせとけば夜が楽しくなると思ってね。」

楽しいのはウィラードだけだという言葉をぐっと飲み込んだ。もう黙っていよう。こいつは無反応が一番効く。

ただ、あり得ない高さから眺める街は思っていたより綺麗で、これに関しては感謝した。


◇◆◇


「私にアンバーまで運べと?」

学院に着いてすぐに早速アルヴィンに頼めば、濃赤色のワンピースと靴の入った袋を片手に、怪訝そうな顔をした。

「行きだけでいいです。」

「別に往復でも構わない。だが、なぜウィラード・シャルレと一緒に? これは妖魔だ。そして君は妖魔の好物だろう。」

「彼は大丈夫です。」

「根拠は……無いのだろうな。なら私も付いて行く。」

「駄目だよ。オレとお嬢さんのデートなんだから。」

蒼い燐光を纏った鎖に巻かれ、地面に転がっているウィラードはレイラの足に頬を擦り寄せながら言った。とりあえず頭を踏みつける。

「お気持ちはとてもありがたいです。でも今回はウィルと二人で行きたいので、すいません。」

渋々だったが、ウィラードの首に制約の首輪を巻くのならという条件で許してくれた。

ひとまず、ワンピースを部屋に返すために帰宅する。

ついでに短剣などの武器を上着に仕込んで、スカートからズボンに穿き替える。クローゼットの奥から隠していた真剣を取り出した。

髪もひとつに括る。邪魔にならないようにしておかなければ、敵に隙を見せれば殺されかねない。

準備を整え、校舎裏に向かえばアルヴィンとウィラードが戦っていた。この妖魔に構うのは時間の無駄だからとアルヴィンを止めた。

「転送魔法で送る。帰りは本当に要らないのか?」

「大丈夫です。よろしくお願いします。」

アルヴィンが聞き慣れない響きの言葉を紡ぐと視界が真白になった。次に視界がきくようになると木々に囲まれていた。どこかの森の中にいるようだ。

「確か……。あっちにあるお屋敷にいるよ。さっさと済ませて帰ろう? 先生がどうなってるか楽しみだし。」

楽しみもくそも、そんなのレイラが怒られて終わりだ。

歌を口ずさみながら歩き始めたウィラードの後に続いて、レイラも歩き始めた。

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