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精霊の琥珀と恩恵

気付くと誰かの腕の中にいた。安心感を覚える逞しい腕と優しい匂いに誘われるようにして瞳を開く。

「大丈夫か?」

心配そうな顔をしてレイラを覗きこんでいる男性の姿に、安堵の吐息を漏らす。

「シリル……。」

「あんまり心配させるな。」

物音がして病室を覗いてみればレイラが倒れていて、肝が冷えた。と不機嫌そうに呟かれてしまう。

シリルの前ではそれなりに倒れていたはずなのに、まだ心配してくれるという事が嬉しい。大抵はまたか、で終わらせられるだろう。

「っ兄様は?」

意識が明瞭になってくると夢の中であった諸々を思い出し飛び起きる。人の命を踏み台にしてしまったからには、必ずウォーレンを助けなければ。

毛布から出ているまだ温いウォーレンの手を握る。

「神霊。『貴方に形を与えます』。」

青い薔薇園にいたレイラと同じ色彩の少女を思い浮かべながら、言葉を紡ぐ。

すると、握っている手の中に琥珀が涌き出た。

透き通った宝石のような神霊の魂を、窓を開いて解放する。神霊をこんな目に逢わせるなんて、アレンという子供はなんて罰当たりなのだろう。

「さあ、『還って』。」

手の平に乗せている琥珀が小さくなっていくと、目の前に老人のような姿をした神霊が現れた。

『感謝する純血の娘。』

「いえ、兄が無事なら私はそれで。無事なのは貴方が力を抑えていたから、ですよね。感謝するのは私の方です。ありがとうございました。」

本当ならヒトの身体に、仮にも『神』の字がつく神霊の魂が入ってしまったら、負荷が強すぎて形を保てなくなるはずなのだ。どうしてレイラがそれが分かるのかは分からない。もしかすると二つ目の扉を壊したからかもしれない。

『お主の大切な者を我らが奪うわけにはいかんからのう。我らはお主の味方だ。なにかあれば頼るといい。』

「はい。ありがとうございます。おじいさん。」

『ようやくお主の瞳に映れるようになったのかと思うと感慨深い。小娘のような表情があればもっといいが。それもお主の魅力か。では、さらば。また会おう。』

「ええ、また。」

最後に穏やかな笑みを見せた老人はすう、と景色に溶けるように消える。レイラはその空気に懐かしさを感じた。神霊なんて視たことがないのに。レイラに霊感はなかった。

ふと、手の平に視線を落とす。琥珀はまだ三分の一残っている。これは老人からの贈り物だろうか。何かあれば頼るといい、と老人は言っていた。これを使って老人を呼ぶのかもしれない。

『小娘』と楽しそうに口にしていたが、小娘とは誰だろう。仲の良かった人間のことかもしれない。

「レイラ。誰と喋ってたんだ?」

いつのまにか隣に来たシリルが窓の外を見つめながら、不思議そうに聞いてきた。視えない人からしたら奇妙な光景だったろう。一人で喋っていたのだから。

「神霊のおじいさんです。私みたいに兄様も魂を埋め込まれたみたいで、中にいたのがそのおじいさんでした。」

ウォーレンに埋め込まれていたのが、力の強い神霊の魂で良かった。自我があって力を抑制できる神霊でなければ、おそらく即死だっただろう。

「力使ってたみたいだが、大丈夫なのか?」

「……。どうやら力が強くなったようなので、今度からそんなに倒れることはないと思います。嵐の夜は別みたいですが。」

「うん。そうか。」

そっと抱き寄せられ、額に口付けを落とされた。

本当にシリルは優しい。レイラの絶対に隠したい事には踏み込んでこない。たまに踏み込んでくるが、さして問題ない……わけでもなく、レイラが羞恥の思いを我慢すればいいだけだった。

さらさらと金茶色の髪を丁寧な手つきで梳かれる。

その手が気持ちよくて目を伏せた。頬にシリルの唇が触れる。くすぐったくて首を竦めれば頬に手を当てられ上向かされる。

「……レイラ。」

「はい?」

「お前はどうして……。」

言葉を止め、何ごとかを言いあぐねているのか口をぱくぱくと開閉しているシリルに小首を傾げる。言いたいことがあるなら言えばいいのに。レイラに遠慮はいらない。

「俺の妹に何してる。」

不機嫌そうな声色に心臓が跳ねた。

助かると分かっていた。分かっていても、怖かった。このまま二度と会えなくなってしまったらどうしようと、怖くてたまらなかった。

「兄様!」

上体を起こしたウォーレンに駆け寄り、勢いよく抱きつく。

体力を消耗していたウォーレンにはレイラの体重を受け止める事が出来ず、共に寝台の上に倒れた。

「レイラ。少し苦しい。」

「ご、ごめんなさい。でも嬉しくて。」

呻くような声に慌ててウォーレンの胸から起き上がる。

意識が戻って良かった。それでもアリアの命を壊してしまった罪と罪悪感は消えない。しかし、これで助けられなかったら何のために封じを解いたのか、無意味に人の命を消したことになる。涙目になったレイラに気づいて、真下にある黄褐色の瞳が優しげに細められた。億劫そうに右手を持ち上げ頭を撫でられる。

思わず涙が零れそうになる。それを何とか堪えた。

衰弱しているが、これならもう大丈夫だろう。

「もう兄様は大丈夫ね。これで、」

これでアレンを殺しに行ける。ついでにジョシュアも殺して、いやジョシュアを殺すのはケント・オーガストについて訊いてからだ。レイラとレイラの大切なものを脅かすものは全て消しておかなければ。安心して生きていけない。日々を怯えながら過ごすのはもう嫌だ。

「大好きよ兄様。」

ぽつりと思わず呟いた言葉にウォーレンの黄褐色の瞳が瞠られる。勘のいい兄は何かを感じ取ってしまったのかもしれない。

「待て。レイラはなにもするな。俺がお前を守るから。」

「駄目よ。兄様は病人でしょう。」

起き上がろうとするウォーレンの胸をやんわりと押す。

不満そうに眉を顰めたウォーレンの目蓋に口付ける。

「また来るわ。」

「 待てレイラ!」

伸ばされた手をすり抜け病室から出て、屋上に向かう。

レイラはアレン達の居場所を知らない。だが、ウィラードなら知っているかもしれない。彼ならレイラが呼べばすぐに現れてくれるだろう。

屋上へ続く扉を開けば、強い風でスカートがはためく。

鍵がかかっていなくて良かった。流石に『言葉』を使いすぎると力が尽きて倒れてしまう。

「ウィル。何処にいるの?」

屋上の目立たない位置に移動してからウィラードを呼んでみるが、応えはない。彼なら呼べば直ぐに出てくると思っていたのに。と肩を落とした。その時、

「呼んだ?」

耳元で突然声を掛けられ、心臓が破裂するかと思った。

むす、としながら真後ろにいるウィラードを睨み付ける。

「……。驚かせないで。」

「お嬢さんがオレを求めてくれるなんて、って嬉しすぎてテンション上がったんだよ。で、どうしたの?」

「アレン・シアーズの居場所を知らないかしら。」

「ああ、彼なら……って、お嬢さんそれどうしたの?」

緋い瞳が怪訝そうに眇められる。それ、とはどれのことだろう。レイラはいたっていつも通りの筈だが。

「馬鹿みたいに力が増してない? 下手したら月の器並みにありそうなんだけど。」

「封じをひとつ解いたの。兄様が死にかけていたから。」

そして、ウィラードの手を握ってからスカートの『記録』を視せる。言葉で説明するより、こうした方が確実にそして正確に伝えられる。

「ふぅん。なるほど仇討ち?」

「ええ、よく考えたら私も酷い目に合わされているもの。二度あることは三度ある。とも言うし、消しておこうと思ったの。」

「じゃあ、オレもお供するよ。先生も魔法使いもいないみたいだし。だってシャーリーに似てるからね!」

それは決め台詞か何かだろうか。ともかくシャーロットのおかげで使える味方を手に入れることが出来た。

(ありがとう。お祖母さま。)

供がシリルでは最後に躊躇ってしまうだろう。止めが刺せなくなるのは困る。今回は黙って行こう。

「あの狂人が居るのはアンバーかな。移動してなければ、だけど。でも本体はここに置いてあったはずだし、戻ってるならアンバーだと思うよ。」

遠い。移動はアルヴィンに頼もう。彼の頼みを完遂は出来なかったが、対価として呈示された稀代の魔法使いのいつでも『タダ働き』の何回分かは使えるはずだ。

『言葉』を使って移動してもいいが、力が尽きれば動けなくなる。絶対にレイラの手でやらなければならないのだ。

「え。魔法使いのとこに行くの?」

「ウィルのシャーロットさんへの愛はその程度だったの?」

「うわ、狡いな。そんなに性格悪かったっけ。」

学院までウィラードが連れて行くと言ってくれた。その言葉に甘えることにしたが、なぜかお姫さま抱っこをされる。

「なにするの?」

「空飛んでいこうと思って。」

にやり、と笑ったウィラードは一息で高い柵の上に飛び乗った。 まさかとは思うが、この高さのまま移動するのか? それはさすがに怖い。

そっとウィラードの様子を窺い見れば、愉しそうにレイラを見つめていた。緋い瞳をじとっと見つめ返す。

「じゃあ、楽しい楽しい空の旅へいざ参……。」

「待てこの妖魔!」

不機嫌そうなシリルが扉の前に立っていた。

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