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鷹のような男と赤い夢

「ヴィンセント。」

店内から出ようとしたとき、シリルに呼び止められた。それから頭にシリルの羽織っていたジャケットを頭に被らされる。

「これは?」

「顔。血がついてる。」

血がついてるのは顔だけではないだろう、そう思ったが、ありがたく借りることした。外に出たとき目立つだろう。

「ありがとうございます。」

そう言った後、混血だという人達を見る

。レイラに視線を向けられた女はびくりと肩を揺らした。まだ怯えている。

「アルヴィンさん、怪我大丈夫ですか?」

そういえば、アルヴィンは大怪我だったはずだ。平然と戦っていたから忘れていた。

「もう治している。」

魔法使いだから、魔法を使って治したのだろうか。

レイラが治そうと思っていたのだが、傷を治すために言葉を使えば、何日か眠り続けることになるので良かった。

「詳しい話は学院でしよう。俺は後始末があるから遅くなる。お前らは先に帰ってろ。」

そうシリルが言って、アルヴィンとレイラは言われた通り、外に出ようとした。

すると扉が外から開き、身なりのいい男が入ってきた。レイラはその男の顔を見て驚いた。頭に被っていたジャケットが滑り落ちる。

「ウォーレン兄様?」

そう呼ばれた男、ウォーレン・ヴィンセントは室内の惨状を一瞥した後、レイラを黄褐色の瞳でじろりと睨んだ。

「レイラ。」

「はい。」

こういう時のウォーレンは言いたいことがありすぎて、逆に無口になる。しばし目を固くつむって、溜め息を吐いたあと、

「命を奪わなかったのは進歩だな。」

「……。先生に止められたわ。」

「……。」

沈黙が落ちる。ウォーレンはアルヴィンとシリルを一瞥したあと、

「どっちだ?」

確かにシリルは若い。ウォーレンは二十四歳、シリルは二十二歳だ。自分より年下だとは思わないだろう。だが、アルヴィンは十七歳だ。さすがに十七歳と二十二歳の見分けは付くだろう。失礼すぎる。

「私です。」

シリルが手を挙げた。するとウォーレンはシリルの方に歩いて行き、頭を下げた。

「うちの妹を止めていただき、ありがとうございます。」

「いえ!その、当たり前の事をしたまでです!」

必死にウォーレンの頭を上げさせようと、慌てふためくシリルの姿をレイラはじっと見つめていた。

(どうして、止めたのかしら。)

殺されそうになったら殺さなくてはいけない。それがレイラの理念だ。昔は人を殺してはいけないと思っていたが、今ではそんな考えは頭にない。それにどうしてここに居たのだろうか? 今は忙しい時期だろうに。

考え込んでいると、ウォーレンの声が聞こえた。

「聞いているのか?」

首を横に振る。聞いていなかった。

「ドレスの採寸に行けとノアに言われた。土曜の昼過ぎに迎えに行く。」

「ドレス?どうして?」

「冬に学院であるパーティ用のだ。」

思わず、眉を顰める。メリル学院で冬にパーティがあるのは知っていたが、レイラは制服で行くつもりだった。あんな重苦しい格好は嫌いだ。

「制服でいいわ。」

「恥をかくぞ。」

「ドレスの裾に躓くよりはましだと思うわ。」

黄褐色の瞳と紫の瞳がかち合う。そもそもレイラは踊れない。パーティではダンスもあるそうだが、踊れないのにドレスを着るのは馬鹿らしい。

「それと、どうして兄様はここにいるの? アメトリンにいたはずよ。」

ウォーレンは王都アメトリンにある法務省で働いている。それなのに平日にこんなに遠い所に居るのはおかしい。

「今年度からトリフェーンに異動になった。」

それなら、教えてくれても良いだろう。この兄がレイラを避けているのは分かっていたが、こういうことさえ教えてもらえないのは寂しい。レイラが俯くと、急にウォーレンが手を伸ばし、鎖骨の辺りにある傷に触れた。一瞬ウォーレンの瞳に剣呑な光が宿る。

「兄様?」

不審に思って呼び掛ける。すると剣呑な光は消え、レイラに微かだが笑いかけた。懐かしいその微笑みに思わず抱きついた。一瞬体を強張らせたウォーレンだが、すぐに頭を撫でてくれた。二年前に一度だけ屋敷に帰ってきてから、まったく会っていなかった。

「私は先に帰る。」

それまで黙っていたアルヴィンの声で、我に返る。そういえば、周りには九人も人がいるのだった。そっとウォーレンから離れる。兄離れできていないのは本当かもしれない。

「私も帰ります。」

「土曜は逃げるな。」

すっぽかす気でいたが、久しぶりにウォーレンに会えたのだ。話もしたい。

「分かっているわ。」

下に落ちていたシリルのジャケットを頭に被り直して、アルヴィンと店を出た。

学院まで無言で歩き続け、門の前で別れた。

「理事長に報告に行く。先生が帰ってきたら話そう。」

「はい。」


◇◆◇


シリルは周りを見て、なぜこんな所にいるのだろうと考えていた。顔に穴の開いた死体が一つ、気絶している男が三人、目と足から血を流している男が一人、先ほどレイラに殺されそうになっていた男が一人、怪我の手当てをしている無傷の男が一人、茫然自失の女が一人だった。

(これ、どうやって処理すれば良いんだ?)

昨日、メリルに二、三日レイラを尾行しろと言われた。バレてしまえば変態に見られそう、と思いながらも、理事長の『お願い』を聞かないわけにもいかず、昼に出ていったレイラの跡を付けた。

アルヴィンと合流し、街に向かっていく二人を見て、「他人のデートを覗き見って、俺がストーカーみたいだろ。」と苛々してきたが、そこは割り切った。

(アルヴィンの春か……。来ないと思ってた。)

微笑ましく思いながら、二人を見ていた。

二人は服を見ているようだった。おそらく例のすり替えられた寝間着の代えを探しに来ているのだろう。レイラは誰かと一緒でないと街に出られなかった。

アルヴィンと一緒なら安心だろうと、そう思っていたのだが、二人が寂れた店に入ってからシリルは胸騒ぎを感じた。昔から悪いことの起こる前は胸が騒いだ。念のためと思い、店の裏口から忍び込んだ。

店に入ると、作業部屋の様なところにミシンではなく、人骨があった。床にはまだ肉のついている骨もあり、これはただ事ではないと悟った。そのすぐ後に剣戟の音が聞こえた。

急いで作業部屋から出ようとすると女の叫び声が聞こえる。

「あ…んた、あんたの方が化け物じゃないか!!」

(化け物?だれのことだ?)

表側に繋がる扉に手を掛けたとき、男の絶叫が響く。

「うわぁぁぁぁぁあ!」

扉を開けたとき、男の顎を蹴り上げるレイラの姿が目に入り、彼女を守らなければと思い駆け寄った。だが、レイラがその男に止めを刺そうとしている、と理解したとき、咄嗟にレイラの腕を捻り上げた。

しかし、足を踏まれそうになり床に押し倒した。

声をかければ抵抗しなくなったので、ひと安心する。まだ暴れるようなら気絶させなければと思っていた。

(これが、理事長の言ってた暴走か?)

ひとまず学院で話すことにして、二人を帰そうとするとレイラの兄、ウォーレン・ヴィンセントがやって来た。

ウォーレンはレイラの暴走を止めたシリルに頭を下げてくれたが、ウォーレンが年上なのは落ち着いた雰囲気で明白だったので、居心地が悪かった。

それに、理事長にレイラの事を頼まれているのだ。無責任なことは出来ない。

(これが、ヴィンセントの結婚相手か。)

前にメリルに聞かされた話を思い出す。ウォーレンは赤みがかった茶髪、黄褐色の瞳で、身長はシリルと同じくらいだった。どことなく鷹に似ている。

服装は質素だが、生地の質は良さそうだ。そして手には杖を持っている。

兄妹で会話をした後、アルヴィンが帰ると言い出し、レイラもそれに付いて帰っていった。

(よりによって、『ウォーレン兄様』に会うなんて、不憫だなアルヴィン。付き合ってもいないのに好きな娘の兄に会ってしまうなんて……。)

そう、アルヴィンに同情していると、静かな店内にウォーレンの地を這うような低い声が響いた。

「レイラの胸の傷は誰が付けた?」

部屋にいた男女七人がびくりと肩を震わせ、恐る恐るといった様子でウォーレンを見上げる。シリルもそっと顔を窺い見ると、そこには瞳に剣呑な光を宿したウォーレンがいた。

「誰がやったと聞いているのだが、聞こえないのか? 今なら指一本で済ませてやる。」

その言葉に皆が震え上がる。シリルもさすがにそれはやりすぎだと感じた。レイラの傷はそんなに深くはなかったはずだ。それなのに指一本、しかも『今なら』ときた。『今』が過ぎれば腕一本になるのだろうか。

「それとも足二本の方が良かったか?」

「俺が…。俺がやった!! 」

名乗り出た男は、レイラが殺そうとしていたあの男だった。泣きながら指一本で済ませてくれと叫んでいる。シリルが止めようと口を開くより前に男の指が三本飛んだ。

「な、」

呆然とした男の声が聞こえる。

手に細身の剣を持っていた。あの杖は仕込み杖だったようだ。

「最初に言っていれば一本で済ませてやるつもりだったが、遅すぎだ。あれはお前らのような下賤の者が触れていい娘ではない。命を取られないだけマシと思え。」

それを淡々と言うウォーレンに、シリルは掴みかかった。

「なぜ、あんなことを?」

「あれを傷付けたからですが?」

だからどうしたのか? まったく罪悪感を感じていないウォーレンの様子に、思わず頭に血が上る。

「大事な妹が傷付けられたからって、そんな事をしなくてもいいでしょう?」

「残念ながらコイツらに残っているのは処刑台か、おれに見逃してもらうかだけ。それなら今、おれの気を済ませた方がマシだと思いますが。」

悪びれる様子のないその言葉に、こいつは本当にレイラの兄なのか疑いたくなる。そう思ったが、先ほどレイラは人を殺そうとしていた。表情ひとつ変えずにだ。

過去に人を殺した罪悪感があると聞いていたので、奇妙だった。

ウォーレンの襟を掴んでいた手を外され、

「貴様ら、指三本で見逃してやるから二度とあれに近づくな。」

その言葉と共に店から出ていった。慌ててウォーレンを追う。

「あの。」

「どうかされましたか?」

「いえ……。」

呼び止めたが、何を話せばいいのか分からない。さっきの店の死体はどうするのか。犯罪者を見逃していいのか。あれは人間なのか。ぐるぐる考えていると、

「詳しくはメリルさんにお聞きください。それでは用事があるので失礼します。」

すべてメリルに聞けということか、あの理事長は本当に何者なのだろう。もしかすると、あの七人の男女はやはり妖魔というやつなのかもしれない。だから人通りの多いところで話すことは出来ないのだろう。しかし、そうだとしたらウォーレンもそれを知っていることになる。

(昔から妖魔とやらに狙われてたんなら、家族はそれを知っててもおかしくないか。)

学院に帰り、理事長室に向かう。メリルはいつも通りソファーに寝そべり、書類に目を通していた。

「次から次へと、私は忙しいんだよ。」

「私も忙しかったです。」

「今日はご苦労。明日からは通常の業務に戻ってくれ。」

「はい。あの、今日の説明をしていただきたいのですが……。」

それを聞くとメリルは嫌そうな顔をした。

「パーシヴァル君とヴィンセント君に聞いてくれ。君の部屋で待ってるよ。」

どいつもこいつも丸投げだ。そう思ったが顔には出さない。

「さ、出ていってくれ。」

「……。失礼しました。」

理事長室から出て、溜め息を吐く。これでレイラ達にまで説明されなかったら、シリルはどうしたらいいのだろう。

部屋に戻ると、二人はお茶を飲んで寛いでいた。

さっそく、説明を求めると妖魔の存在の話から始まった。既にメリルから聞いていたが、知らなかったような顔で聞いた。

顔に穴の開いていた死体が妖魔で、その他の男女は混血、つまり妖魔と人間の間に産まれた存在との事だ。そして、店内に入ると何故か襲われたとの事だ。明らかにレイラを狙ったと思われるが、そこはしょうがない。レイラの血筋は誰にでも言っていいものではないから。

「どうして、先生はあそこにいたんですか?」

レイラが不思議そうな顔で触れられたくないところに触れてきた。

「小遣い稼ぎに行方不明者を探していたんだ。」

「そうだったんですね。」

「偶然なんてあるんですね。」

レイラは信じてくれたようだが、アルヴィンは絶対に信じていないだろう。

冷や汗が止まらないが、幸いアルヴィンは掘り下げてこなかった。だが、さっきの説明でアルヴィンも魔法使い、ではなく妖魔を狩るハンターだと嘘をついていた。お互い探られたくないところは色々あるものだ。

説明が終わるとアルヴィンは、それではと退室していった。二人きりにしてやろうと思っていたのに残念だ。

そして、シリルも仕事を片付けるため職員室に向かった。

レイラになぜあの時、男に止めを刺そうとしたのか、など色々聞きたかったが、そこまで踏み込んでいいものか迷った。迷った末に訊かないと決めたのだ。

それに、兄があんなに過激なら妹のレイラもそのように育つのかもしれない。

(同室で、しかも寝顔も見える距離で寝てるって分かれば、俺殺されるかな。)

浅い傷で指三本だ。

今度から枕元に武器を忍ばせて置こうと決めた。


◇◆◇


その日の夜、衣類の区画で火事があった。

その火事の焼け跡から見つかったのは若い女性の骨が二人分だった。

その店は姉妹が経営していたのだが、いつからか客足が途絶え、店を出すために借りた借金も返せなくなり、借金苦でその姉妹が自殺したことになった。

そして、その次の日にはトリフェーンの郊外にある川のそばで七人の男女が死んでいるのが発見された。警察の見立てでは他殺である。しかし未だ犯人は捕まらない。

比較的、治安のいいこの街で七人も殺害されたことに住人は恐怖した。

しかし、どうせいつかは忘れられることだ。

何日かすればこの街は日常に戻るだろう。


◇◆◇


十日後。


「兄さん!」

そんな元気な声に振り返れば、シリルとよく似た蜂蜜色の髪に翠玉エメラルドのような瞳をした少年が走ってくる。

「エリオット、帰ってきたのか!」

「ひどいよ!兄さんが帰ってこないから、俺が姉さんに付き合わされたんだよ!」

エリオット・フィンドレイ 総合科二年生。

いつもはあの姉に付き合わせられていたのはシリルだった。山の中をサバイバルゲームと言って彷徨わせたり、姉と共に熊を仕留めに行かされたりなど、無茶苦茶なことをさせられる。十九歳で卒業して、この学院の教師になってからも帰る度にやられていた。

今年はレイラが来るためメリルに帰省はするなと言われていたので、助かった。が、代わりに六歳年下のこの弟が標的になったようだ。

「俺まだこの学院に一年しか居ないのに……。熊退治だよ!?」

今年は熊だったようだ。可哀想に。

「最初にそれはキツいよな。よく頑張った。」

その後リオに呼ばれたので、エリオットと夕食の約束をして別れた。

もう五日もすれば入学式だ。ほとんどの生徒が寮に移ってきている。今のところシリルとレイラのことについて知られていないようだが、どこかで必ずバレるだろう。

(情報科のジンデル先生と仲良くなっておこう。)

彼に情報操作を頼んでおけば、間違いない。

そういえば、レイラはまだネグリジェを着用していた。いつかの土曜にウォーレンとドレスの採寸に行ったはずだが、寝間着は買ってこなかったのだろうか?

(いや、ドレスの店に地味な寝間着は置いてないよな。)

今度暇があれば、ついでに探しておこう。


◇◆◇


レイラは夢を見る。夢の中には青い薔薇園の東屋で白いドレスを着たレイラと黒いドレスを着たレイラとそっくりな少女が向かい合って座っている。その少女は青い薔薇とは正反対な真っ赤な唇を開いてうたう。


『私は人を殺したの。

私は言葉で人を殺すの。数人の男は一言で死んだ。

ぐちゃぐちゃな、原型を留めていないヒトの体。

カーラが死んだ。私とノア兄様を護ろうとして殺された。

男たちはカーラを殴ったり蹴ったりひどい殺し方をしたの。

だから私は殺したのかしら。悪いことなのは知っていたはずだけど。

目の前が真っ赤になったと思ったら人を殺してたの。

ただ、私の方がひどい殺し方をしてしまったの。

だから、私や私の大事な者を殺そうとする人は皆、殺さないといけないの。

あの男たちはカーラを殺して私が殺したのだから。

これから先も男たちのように向かって来る者は皆、殺さないと。

あの男たちは殺して、次に殺しに来た者を殺さないなんて、『不平等』で『不合理』だと思うのよ。』


そう言って、少女はレイラがしたことのないような妖艶な笑みを浮かべ、青い薔薇を差し出す。レイラがそれを受け取れば夢は終わる。

それは赤い詩だ。そして紅い夢だ。

この綺麗な緋い夢は呪いのように毎夜見ている。

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