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感想と意地の張り合い

早足で歩いていると、途中にエリシアがいた。

「あら、もう帰りますの?」

「すいません。今日は失礼します。」

ちょうど良かった。誰かに言伝を頼もうと思っていたところに、主催者側のエリシアがいたのだ。これ幸いと帰る旨を伝える。

「お嬢さん逃げないで。話が聞きたいだけなんだ。」

また追い付かれた。ケントの声に顔をしかめたレイラとアルヴィンの様子にエリシアは何かを察したらしい。

「ここはわたくしにお任せくださいな。貴女に一つ貸しですわ。」

「はい。いつか必ずお返しします。」

満足そうに微笑んだエリシアは、ケントの方へと向かって行った。

会場を出て人気のない路地まで辿り着くと、アルヴィンが魔方陣を展開し学院のレイラの部屋に転移した。

「今度からは、やはりドリス・フォスターを誘おうと思う。君は事情が事情だ。私も考えるべきだった。」

「はい。私もお断りするべきでした。」

もうレイラは学院から出ない方がいいかもしれない。

学院に来るまで大した問題に巻き込まれなかったのは、レイラが屋敷からほとんど外出しなかったからだ。それなら、いっそ学院を出ずに卒業するべきかもしれない。それとも故郷に帰って家業を手伝うべきだろうか。

レイラが今後の生活方針を考えていると、アルヴィンが唐突に口を開いた。

「とりあえず、ドレスを脱いでもらいたいのだが。」

「は……。ドレスですか?」

話の内容に面食らう。彼は何が言いたいのだろう。

「ああ、明日夫人の元に返しに行こうと思ったのだが、私は一日に四回までしか転移魔法が使えない。」

なるほど、魔力を消費したくない。ということか。

いちいちレイラの部屋に寄ってからとなると最低でも四回は魔法を行使しなければならない。

基本的に用事のない生徒は職員棟に入ってはならない。という決まりがあるのだ。細かく言えば、許可なく職員棟の一階以外に立ち入ってはならない。だが。

一階には職員室と宿直室がある。さすがにその二つは自由に出入り出来なければ、生徒が困るだろう。

「分かりました。すぐに着替えてきます。」

着替えるために寝室に行くと、珍しくシリルは寝ていた。いつもこの時間は起きているのに、と不思議に思いながらドレスを脱ぐ。あまり面倒な作りでなくて良かった。

コルセットも『記録』を視ながら何とか外したところで、夫人の店に服を置いてきたことを思い出した。明日、アルヴィンに頼んで取ってきてもらおう。

とりあえずは、とクローゼットから下着とワンピースを探す。アルヴィンにドレスを渡したら化粧を落として、お風呂に入って、と段取りを立てていると、その物音でシリルの目が覚めてしまった。

「ん……。」

緩慢な動作で起き上がったシリルは隈の出来た目を擦りながら、欠伸を噛み殺していた。どうしたらあんなに濃い隈が出来るのだろう。仕事は昨日で一段落つくと言っていたのに終わらなかったのか。

「すいません。起こしましたか?」

「レイラか。遅かったな。っ……悪い。」

寝起きの掠れた声にどきりとする。が、シリルは見てはいけないものを見たというように、レイラから目を逸らした。

そして思い出す。今の己の格好を。

下着は穿いている。そう下の下着は穿いている。

しかし、その他は衣服を身に付けていない。

シリルの方にに背中を向けていて良かった。

それでも恥ずかしいものは恥ずかしい。顔に血が上るのを止められない。ちらとシリルの顔を窺うと、彼も僅かに耳を赤くしていた。それで更に気まずさが増す。

「あっ……。うぁ、ご、ごめんなさい。見苦しいものをお見せして。」

せっせと急いで服を着る。青いワンピースに着替え終わり、シリルに向き直る。だが、シリルは額に手を当てレイラと目を合わせようとしない。

「ごめん。見た。」

「謝らないでください。私が軽率でした。」

どうせ寝ているからとシリルの前で着替えてしまった。

基本はシリルとの生活リズムが違うので、着替える時間は被らない。それに休日で時間が被っても、どちらかが寝室の外で着替えていたのだ。

(慎みのない女だと思われたかしら。)

そう思われていたらもう立ち直れない。

シリルの好みは生真面目で淑やかな女性だとエリシアが語っていた。どこでその情報を仕入れたのかは気になるが、従兄弟という関係のエリシアの言葉なのだ信用できるだろう。

気まずい沈黙に耐えられなくなって、ドレスと踵の高い靴を手に部屋を出る。随分アルヴィンを待たせてしまった。

「私の服とか靴を取って来てもらっても良いですか? 」

「そういえばそうだったな。明日の昼頃返しに行く。中庭で構わないか?」

「そうですね。お願いします。」

転移魔法で帰っていくアルヴィンを見送り、ついでに持ってきていた寝間着を持って部屋にある浴室に向かう。この時間は一階の浴場は開いていないのだ。

化粧を落として、シャワーを浴びながら気まずそうに視線を逸らしたシリルの姿を思い出す。

一昨日からシリルとまともに話せなくて寂しかったのに、ようやく話せたと思えばこれだ。間が悪すぎて泣けてくる。

脱衣室で寝間着に着替え、長い髪を拭く。

シリルが寝るまで時間を潰そうと必死で頭を拭いていると、大分水気がなくなった。湿気ている程度だから、このまま寝ても問題なさそうだ。

そろそろシリルも寝ているだろうと、寝室に入る。

「遅かったな。」

(まだ起きていたの!?)

ベッドに腰掛けて微笑んでいるシリルを見て言葉が出ない。長風呂だから倒れているのでは、と心配していたと言うシリルの言葉に湯冷めしていたはずなのに、血の巡りが良くなって暑くなった。恥ずかしいのを引き摺っているのはレイラだけなのか。と扉の前で項垂れているレイラを見て何を思ったのか、レイラの前まで歩いて来て顔を覗き込んできた。

「どうした? 寝ないのか?」

「いえ、寝ます。おやすみなさい。」

心配してくれているシリルの横をすり抜けようとして、腕を掴まれる。ひっ、と叫びそうになったのを堪え、意識して感情を閉じる。

「熱でもあるのか?」

「そうかもしれません。」

体調不良で情緒不安定ということなら、挙動不審さも誤魔化されるのでは? というレイラの願いも空しく、

「嘘つけ。別に見苦しくなかったから気にするな。強いて言うなら白くて細い。きちんと食べてるのか?」

感想を述べられた。なぜレイラはこんなに恥ずかしい思いをしなければならないのか。もう半分涙目だ。

「それに首の怪我手当てした時に見てる。今更恥ずかしがるだけ無駄だと思うぞ? 可愛いだけで。」

意地悪そうに笑うシリルを、呆然と見つめる。

(可愛い? 可愛いってどういうことかしら。何語なの?)

ノアを相手にしている時は「可愛い」程度でこんなに動揺しないというのに、シリルに言われると顔から火が吹き出るほど恥ずかしくなる。

「……。」

感情を抑えつつ、シリルを睨む。絶対にわざとだ。からかっているに違いない。ノアも言っていた「恥ずかしがってる姿が一番良い。」と。

敵のように睨みつけるレイラに苦笑したシリルは、レイラの腰に腕を回した。そのまま囲われる。

「レイラは温かいな。寒いし一緒に寝るか?」

(これは試されているのかしら? )

ここで変に恥ずかしがったら、好意があると判断される。

愉しそうに笑っているシリルを探るように見つめる。

恥ずかしがってはいけない。何も想っていないかのように振る舞わなければ。と緊張しながらシリルの背中に手を回した。

「そうですね。私も最近寒くて寝付きが悪いので。」

「っ……。そうか。レイラもそうなら一緒に寝るか?」

「はい。」

「良いんだな!? 本当に良いんだな!?」

若干焦っているかのような声を上げたシリルに小首を傾げる。言い出しっぺは彼なのに何を考えているのだろう?

「そんなに嫌ならやめますか?」

「お前は馬……。別に嫌なわけじゃない。寝よう。」

可笑しな、どこか噛み合わない意地の張り合いをした二人は一睡もせずに朝を迎え、昇ってきた眩しい朝日に目を眇めて、こう思った。

(心臓に悪すぎる。)

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