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一番目と三番目の席

朝になり目が覚めると、既にシリルの姿はなく、試しに床の『記録』を視てみれば昨夜眠ってしまったレイラをベッドに運んですぐに出ていったようだった。

(逃げられたわ。)

わきあがる苛立ちを枕を叩くことで堪える。

深呼吸をして感情を切り換える。こんな感情のまま喋ってしまえば、おかしな事になってしまう。

時刻は昼を少し過ぎたところ、寝過ぎてしまった。

もそもそと布団の中から這い出して、顔を洗いに寝室の外に出た。リビングにもシリルはいない。一体どこに行ったのだろう。今夜も帰ってこないようなら力を使って探しに行こう。

冷水で顔を洗いすっきりとした気持ちで寝室に帰る。

クローゼットから適当なワンピースを取りだし、寝間着からそれに着替える。濃赤色のワンピースは前にシリルと買いに行ったものだ。

立襟で膝下丈のワンピースは隙がなく、完全防備な印象を与えている。女性は隙があった方が良いらしいが、よく考えたらレイラに隙はない。

可愛らしい仕草も出来ないし愛嬌もない。

困った。これではシリルの心を揺さぶることもできないではないか。振られたとしても、せめて動揺くらいはさせてみたい。ドキッとくらいはしてほしい。

レイラの周囲にいる女性で手本になりそうなのは。

……いない。ドリスは底知れない何かを感じる。エリシアは色んな意味で強い。ミラはとにかく最強だ。

一体どうすればいいのだろう。シリルの心を揺さぶっていた女性は恐怖で揺さぶっていたミラくらいだ。他に思い付かない。

いや、ニーナというシリルの従妹は今もシリルの奥底にいる。恋愛感情でなくともそれが根幹にあるのだろう。それでレイラは『妹』のように可愛がってもらっている。

そもそも、シリルの好みが分からない。

街の定食屋の女将の話によると、シリルの女性関係は普通だったようだ。来る者拒まず去る者追わず。というわけではないが、いたって普通の女性と付き合い、最後は必ず女性の方から別れを切り出したそうだ。

恋人なのに執着が薄いという理由で。

ニーナのことはあんなに引き摺っていたのに、他の女性とはあっさりしたものだ。まだ若いのに冷めている。女性に興味がないのだろうか。

仕事が恋人だとしたら付け入る隙がない。

レイラの場合半分諦めているから良いが、シリルのことをとても好きな人だとしたら諦めきれないだろう。可哀想に。

さすがにニーナほどシリルの心には残れないだろう。

それが理解できている分、レイラの心構えは十分だ。

(目指すのは三番目だわ。)

少しずれている気もするが、結末が分かっているなら目指す場所はシリルの心の中の三番目の席だ。


◇◆◇


アルヴィンとの約束通り校舎裏に行くと、助けを求めるような視線を向けてくるアルヴィンと薄ら笑いを浮かべたドリスがいた。

胸ぐらを掴み上げられているアルヴィンはひたすらレイラを見つめてくる。身長差があるのに胸ぐらを掴めるものなのだなと、場違いなことを考えながら踵を返す。

「待て、助けてくれないか。」

「お取り込み中のようですので失礼します。」

二人は一度話し合った方が良い。

アルヴィンに一礼して帰ろうとすれば足が縫い止められたように動かない。足元を見れば蒼い光を放つ魔方陣がある。早くこの修羅場から逃げたいのに、恨みをこめてアルヴィンを睨み付ける。

レイラの視線を涼しい顔で流したアルヴィンは、小さなドリスの手を服から引き剥がした。

「ドリス・フォスター。今晩話し合おう、今は時間がない。」

「逃げたら……。分かってるよね? うん。アルヴィンは賢いもんね。分かってるはずだもん。」

「分かっている。君から逃げはしない。」

がくがくとドリスに肩を揺さぶられ、アルヴィンは面倒くさそうな顔をしている。この二人はもう駄目だ。

「約束だよ。ねぇ! レイラちゃん。明日はわたしと遊ぼうね! 本当は今日誘おうと思ってたのに……。アルヴィンがレイラちゃんを連れ出すって言うの。酷いよね。」

ぎゅっとレイラに抱きついて頬を擦り寄せる姿に頬が緩む。アルヴィンに対しては低い声なのに、レイラにはいつもの明るい声だ。なんというか優越感を感じる。

ちらとアルヴィンを見遣れば、地面に液体を撒いていた。本当に人に興味がないらしい。アルヴィンの頭はどうなっている。

「レイラ。この中に入ってくれ。」

指で示されたところに移動する。

「私から離れると二度と戻ってこられなくなる。」

アルヴィンからざっくりと転移魔法についての説明を受け、大人しく腕のなかに収まる。まだレイラも死にたくはない。

蒼い光に包まれあっという間にドリスの姿が霞んでいく。次に視界がきくようになると、どこかの町の服飾店のようだった。色とりどりの服が所狭しと並べられている。

「ここはどこですか?」

「王都にある知り合いの店だ。」

魔法使いを副業にしている人の店らしい。

普通なら服飾が副業だろうに。変わった人だ。

暫くすると裏から快活そうな女性が出てきた。

「今日は他の女連れてきたんだ。ウケるんだけど!」

真っ直ぐにアルヴィンの顔を指差して大笑いする女性。

「ついに女遊びに目覚めたか! この色男!」

「……。私は外に出ている。後は頼んだ夫人。」

「はいは~い。お嬢ちゃんこっちにおいで。」

夫人だというその女性に色んなドレスを当てられる。

「そのワンピース似合ってるし、これかなぁ。ワインレッドはどう? これならお嬢ちゃんに似合うと思うけど。」

見せられても分からない、似合うというなら別になんでもいい。というか服のことはよく知らない。

「おまかせします。」

「んじゃこれで。さぁ服脱いで!」

着ていた服を剥かれ、髪型を整え、化粧を施される頃にはくたくたに疲れてしまった。

「アルヴィン坊や! 出来たよ!」

夫人に呼ばれ店内に入ってきたアルヴィンは、げっそりとしたレイラを哀れみのこもった視線で見つめた。

「ありがとうございました。」

「アルヴィンは息子みたいなものだからね。お礼なんて要らないよ!」

豪快に笑う夫人はバシバシとアルヴィンの背中を叩く。

「行くぞ。」

再び蒼い光に包まれて景色が変わる。どこかの路地裏に転移したようだ。

「ここは?」

「ジェイドだ。」

トリフェーンから王都、王都からジェイドだなんて面倒ではなかったのだろうか。帰りもドレスを返して帰らなければならない。

表に出ると大きなお屋敷がでんと構えていた。

アルヴィンにエスコートされてお屋敷の玄関に向かう。

皆、馬車などで乗り付けているのに徒歩で来たアルヴィンを普通に迎えている。魔法使いの集まりではないと聞いていたのだが。

そういう存在が居ることを権力者は知っているのかもしれない。力のあるものは力を欲するのが必定というものだろう。

「よおアルヴィン! って。誰だその子? ドゥルシラはどうしたんだよ。」

会場の中をアルヴィンについて歩き回っていると、軽薄そうな男がアルヴィンに話し掛けてきた。ついつい眉間に皺が寄ってしまう。

「今日は予定が合わなかったので、友人である彼女に頼みました。」

「レイラ・ヴィンセントと申します。」

笑顔が作れないレイラは無表情のまま礼をした。

礼儀作法だけは習っていて良かったと思う。

「ふぅん。俺はジョージ・スペンサー。」

スペンサーと名乗った男の隣には優しそうな女性が微笑んでいた。他に良い男がいただろうに何故この男を選んだのだろう。軽そうに見えて実は一途なのだろうか。

「フローラ・スペンサーですわ。」

なんだ兄妹だったのか。レイラが失礼なことを考えていると、辺りがざわざわし始めた。「あれは本当だったのか。」やら「どうしてあの娘を。」という囁き声が聞こえる。

人々の視線の先を見れば、眩い金髪の少女が不安そうな顔をして隣の少年を見つめていた。

(なにかしら。見覚えがあるような……気が。)

少女の顔と少年の後ろ姿を食い入るように見つめていると、視線に気付いたのか少女と目が合った。

整った顔立ちをした少女はじろじろ見つめるレイラに小首を傾げた。やはり見覚えがある。どこの誰だ。

少し少女たちに近付いてみるが思い出せない。

「レイラ?」

不意に聞き覚えのある声がして、少女の隣にいる少年を見上げる。

「エリオット? どうしてこんな所にいるの?」

蜂蜜色の髪に翠玉エメラルドの瞳の少年が驚いた顔でレイラを見ていた。数日前に帰省すると言って実家に帰って行ったエリオットがどうしてこんな所に。

「それこっちの台詞だから! 休暇の間は学院にいるんじゃなかったの? ……ってアルヴィン先輩もいる! 」

そういえばシリルの実家がジェイドだった。それなら弟のエリオットもジェイドに帰省しているということだ。

「色々あった。それだけだ。」

「色々、って意味分からないんですが。」

アルヴィンの適当すぎる返しに呆れてしまう。

そもそも、これがなんの集まりなのか分からない。

家出をしているアルヴィンの事だ。自分の顔を知ってもらおうと、あちこちに顔を出しているのかもしれない。

「ねぇ。この人たちがいつも言ってる総合科の人?」

「うん。そうだよ。こっちが眼鏡の先輩で、こっちが女の子の後輩。」

眼鏡の先輩とは、思わず笑ってしまう。隣にいる眼鏡の先輩を見上げると蒼い瞳が冷たく細められた。レイラの表情を読めるとはさすが魔法使いだ。

「お話はエリオットから聞いてます。わたしはニーナ・シーウェル。エリシアがいつもお世話になってます。」

彼女は今なんと言った。ニーナ・シーウェル?

シリルの従妹の名前にそんな人がいた。しかし彼女は死んだはずではなかったのか。

生きている苦しさに耐えきれなくなって、飛び降りたはずだ。あんなに高い所から落ちて生きているとは思えなかった。

「……。」

呆然としながら視た光景と記憶を整理しているレイラを三対の視線が不思議そうに見つめていた。

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