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修羅場のような状況

なぜ、こんなことになっているのだろうか。

扉の前で呆然とこちらを見ているシリル。

押し倒されている、ように見えるレイラ。

押し倒している、ように見えるアルヴィン。

「あの、眼鏡。」

床に転がっている眼鏡をアルヴィンに掛ける。

「すまない。」

そう言ってレイラの上から退けたアルヴィンは、呆然と突っ立っているシリルを一瞥すると、気まずそうに目を伏せた。

まるで修羅場のような空気が部屋を支配しているが、この状況はそんな面白いことから出来た訳ではない。

「邪魔したみたいだな。悪かった。」

バタンと扉が閉ざされ、部屋に二人だけになる。

困ったような顔をして見つめあう。

「勘違いされたようだな。すまない。」

「いえ、先生には後で説明します。」

「なんとしても誤解は解け。面倒なことになる。」

面倒な事とはなんだろう。シリルに妙な気を遣われるということだろうか。それともアルヴィンがドリスに絞められるということか。

そもそも、こんなことになったのはアルヴィンの所為なので、ドリスに絞められてくればいいと思う。

貴族では未婚の男女が部屋で二人っきりになるのは、良くないことらしい。嫌われたかもしれない。が、前にも異性と二人きりだったが何も言われなかった。なにか違うことに衝撃を受けていたのかもしれない。

「では、頼んだ。」

微妙な空気になる前まで話していた続きを始められ、レイラは眉を顰めた。まだ諦めていなかったのか。

アルヴィンの頼み事はパートナーが居なければ入れない集まりに行きたいから、女であるレイラに付いて来てほしいというものだった。

「やはり、ドリスでは駄目ですか?」

いつもは彼女と行っていたらしいのに、学院の舞踏会後に何やらドリスとの間であったらしく、気まずいからとレイラを誘ったそうだ。

長期休暇の間はゆっくり休もうと思っていたのに。

あのとき、必死な形相で詰め寄ってくるアルヴィンからじりじりと後退していると、身長の高いアルヴィンは台所にある低い梁に頭をぶつけて眼鏡を飛ばし、前がよく見えないまま眼鏡の捜索を開始したアルヴィンは椅子に足の指をぶつけ、痛みで体勢を崩した先にいたレイラに突っ込んできただけなのだ。

それで、たまたま帰ってきたシリルに、まるでそういう事をしようとしているように見える現場を目撃されるという。最悪だ。

「私も暫く頭を冷やしたい。お互いの為だ。」

なにをしたのだろう。気になる。

「ドリスとなにが……。」

鋭い視線で言葉の続きを制される。そこまで言えないことなのか。今度、学院中の記録を視て回ろう。それくらいは許されるはずだ。

「既に君の名前で招待状を返した。頼む。」

なにを勝手そんなことを。その招待状とやらはいつ来たものだ。まさかとは思うが、ドリスの相談に来た時点で来ていたのではなかろうか。

最近ドリスは元気がない。普段明るい少女が萎れた花のようになっている理由がアルヴィンにあるのは間違いないだろう。

気まずいからとレイラを誘ったらしいが、なぜ直前になって言ってきた。準備もなにもないではないか。

「服は私が用意する。明日の昼に校舎裏まで来てくれ。」

「……。見返りはありますか?」

「君が困ったときにいくらでも手を貸す。それでどうだ?」

稀代の魔法使いと呼ばれるアルヴィンの力をいくらでも使えるというのは魅力的だ。ロードナイトまで里帰り出来るようになるかもしれない。

「それでしたら、構いません。明日はよろしくお願いします。」

「ありがとう。」

きつい目元が少し緩められる。レイラも頬を緩めた。

(そろそろ、他の人とも仲良くなってもらいたいのだけれど。)

いつもレイラが付き合えるとは限らない。

ドリスを完全に振ったのなら、アルヴィンの頼れる女性が学院でレイラしか居なくなってしまう。それくらいアルヴィンの交遊関係は狭い。

おそらく、レイラ並みの友人数だろう。


◇◆◇


夜になってもシリルは中々、帰ってこない。

この部屋で事に及ぼうとしているように見えたのが、そんなに衝撃だったのだろうか。

(……。確かに嫌だわ。)

想像してみて苛々してきた。部屋に帰ってシリルが人を押し倒していたら腹立つ。よそでやれ、と思うだろう。

それに、身内のそういうことは見たくない。

シリルは大事にしている妹分がそうなっているように見えて腹が立ったのかもしれない。誤解を解いて謝らなければ。

それにしても遅い。遅すぎる。今日は飲み会でもあったのだろうか。それならそうといつもは言ってくれるのだが、あの後は言い辛かったのかもしれない。すぐに出ていってしまった。

日付も変わり、レイラがソファーの上でうとうとしていると、ガチャとドアノブが回る音がして目が覚める。

「おかえりなさい。」

レイラが声を掛けると驚いた顔をしていた。

「まだ起きてたのか。」

「はい。お話があって。あの、今日のことなんですが。」

話を切り出すと、あからさまに顔を強張らせ、ふいと目を逸らした。

「おやすみ。」

早足で寝室に逃げようとするシリルに、頭の何かが切れた。なぜ逃げられなければいけない。なにも悪いことはしていないのに。

「待ってください。『話を聞いて』。」

しまった。感情的になりすぎて『力』を使ってしまった。『話を聞け』と言われたシリルは大人しく地べたに座っている。

「あ、あの。すいません。感情的になってしまって。でも、今日のは眼鏡が無くなったアルヴィンさんが足の指をぶつけて体勢を崩してああなったわけで、けして変な意味でああなったわけじゃないです。」

「それは分かってる。前に相談がどうとか言ってたしな。邪魔したら悪いと思って外しただけだ。」

それなら、何故そんなに不機嫌なのだ。

シリルの態度に苛々して、キッと睨むように見つめる。

言葉の反動で眠気がひどいが、なんとかシリルの目の前にたどり着き、レイラも床に座る。

「どうして、そんなに不機嫌なんですか?」

「レイラの所為じゃない。」

目を逸らされたまま言われても、信用できない。

顔を両手で包み無理やり前を向かせると、戸惑ったように黄緑色の瞳がレイラを見つめる。思ったより距離が近い、そっと顔をはなして心を落ち着かせる。

「シリル。お酒呑んでますね。」

ほんのりと頬が赤く、酒の香りがただよっている。

「自分に嫌気が刺したんだ。」

驚いたシリルでもやけ酒なんて呑むのか。ぽかん、と見つめるレイラから気まずそうに目を逸らした。

「どうして?」

「言えない。」

「勝手に視ますよ。」

シリルの服に手を伸ばそうとすれば、その手首を掴まれあっという間に床に組伏せられた。さすが学院の先生、手際がいい。

「視るな恥ずかしいから。」

「そんなこと言われると、もっと視たくなります。」

シリルの腕から逃れようと身を捩るが、逃げられない。腕力に差がありすぎる。

「教えてください。気になって眠れません。」

本当は気を失いそうなくらい眠いが、シリルが恥ずかしがることが気になって根性で抑えている。

「……。無防備なお前に腹が立った。」

嫌そうに顔をしかめながら口を割った。

常日頃から、あまり男に近付くなと兄達とシリルに言われている。しかし、無防備だと言われてもレイラは襲われたときに返り討ちにする自信がある。

「それだけじゃないですよね。」

ぐっと詰まるシリルに、やはりと思った。

それだけでは、『自分に嫌気』は刺さないはずだ。

「どうしても言えないことなら、言わなくていいです。」

勝手に視ますから、は心の中で呟いた。

無理に聞き出そうとしても、親しき仲にも礼儀ありだ。

あまり他人の領域に立ち入ってはいけない。しかし、勝手に覗くのは別だ。罪悪感はあるが気になるものは気になる。

気の抜けたレイラは意識を手放す。もう限界だ。

(シリルが悩むことなんて、あまり無いことだもの。好きな人の事ならすべて知りたいのは当たり前。かしら?)

これは『普通』だろうと思いながら眠りについた。

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