確認と大したことない事
「ぼくは見ての通り『理』を司るもの。」
会場の外、人気のない暗い林のなかでユウは立ち止まった。見ての通りと言われても、どの辺りが『理』なのだろう。
「リリスの中、見せてほしい。」
「……えっと?」
『リリス』ときたか。本当の親からもらった名前だが、生まれてから『レイラ』と呼ばれていたから違和感がある。神様には『リリス』として認識されているのかもしれない。
「調整者の役割がどこに行ったか確認したい。そろそろペリドートが限界。」
ペリドート。太陽の神様だったか。
見たことはないが、視たことならある。シリルの色彩と同じだった。なんというか変わった人だった。
「なぜ私に?」
「器としては最上。血肉も魂も純潔。そんなリリスの奥深くに入り込んでいるなら、ぼくらが見付けられないのも分かる。」
ふう、と息を吐き出したユウは、レイラを抱き締めると、溶けるようにしてレイラの中に消えていった。
「あの、どうすれば?」
ユウが吸い込まれるように消えた胸を押さえる。
どこに行ったのか。もしかすると青い薔薇園かもしれない。そこにいる少女が『器』がどうとか『中身』がこうとか言っていた。
「身体、大丈夫か? 気持ち悪くなったりしてないか?」
心配そうな顔で、シリルが覗き込んでくる。
「気持ち悪くはないです。ただ、」
身体が火照る。二人分の体温だからだろうか。
冬の屋外にいるのに熱い。ゆっくりと熱い吐息を漏らす。
「熱いな。大丈夫か?」
額にシリルの冷たい手が当てられる。火照る顔には気持ちが良くて、うっとりと瞳を閉じる。
「あれ、アレン・シアーズの次の『理』の神様だね。案外、真面目に仕事してるんだね。」
感心したように姿を元に戻したウィラードが呟く。
「……。アレン・シアーズ。」
あの白髪の子供。平手一発は喰らわせなければ、レイラの気持ちが収まらない。抵抗できない人に口付けるとは、どんな教育を受けてきたのか。
それもレイラの身体に彼の愛するシトリンの魂を入れたとはいえ、ほとんど無関係で、加えて意識もあったレイラにだ。
形は子供でも中身は大人だと知っている。許せない。
「どうしたの? お嬢さん。そんな凶悪な顔して。もしかして、あの狂人になんかされたの?」
「ええ、許せないわ。」
「お嬢さんがそんなに怒るなんて、なにされたの?」
「……。内緒。」
シリルのいる前でファーストキスを子供に奪われたなんて、言えるわけがない。
初めての接触はシリルだが、そういう意味をもった接触は白髪の子供が初めてだ。身体さえ動いたなら、絶対に許さなかったのに。
「なにをされた?」
目の前に綺麗な顔があった。心臓に悪いからやめて欲しい。頬を両手で包まれ、鼻は今にもくっつきそうだ。
こういう時のシリルは、なにがなんでもレイラに口を割らせるつもりだ。こうすればレイラは必ず動揺して冷静な判断なんて出来ない。
こんな方法を取ってくるあたり、レイラの想いも見透かされているかもしれない。
だから、変な期待をしないように振る舞って欲しいのだが、その辺りはシリルの自由だ。口は挟めない。
「教えてくれないか?」
「大したことないので、気にしないでください。」
ドリスのファーストキスはアルヴィンらしい。
好きな相手というのが羨ましい。死にかけている時に見ず知らずの子供に、なんて哀しすぎる。
それを引き摺っているなんて、十八歳にもなって恥ずかしい。まだ気分はというか戸籍は十七歳だが。
「どうしてだ。」
むすっと拗ねたように言うシリルが可愛いと思ってしまうが、今は隙を見せてはいけない。
「どうしてもです。」
「俺には言えないことか?」
「本当に大したことない事で怒ってるだけです。」
「俺は知りたい。」
徐々に近付いてくるシリルの顔に、あわあわとしているレイラに気付いたのか、少し顔を離してくれた。それでも十分近いが。
「何? 胸でも触られた?」
馬鹿にされている。にやにやと笑うウィラードを思いきり睨み付ける。胸なんてただの肉の塊だ。それ以上でもそれ以下でもない。
「胸は触られてないです。」
「ふ~ん。胸は、ね?」
しまった。いや、ここで動揺を見せては駄目だ。
変に答えても不審に思われる。
ここはひとまず苛立った顔で睨み付ける、だ。
「どうしたの。変な顔して。」
そうだ。レイラは表情が作れないのだった。
「じゃあ、お尻? それとも、もっと深いところ?」
良かった。キスは飛ばしてくれた。変態で助かった。
「違うわ。そんな事されていたら、今すぐ消しに行くもの。」
安堵したことを気取られないように、声を低める。
馬鹿らしい妄想を並べ立てるウィラードに、呆れているように。
「じゃあ、キスでもされた?」
「……。そんなことで怒るわけないでしょう。」
「ふぅん? キスされたんだ。やっぱりね。あいつ手だけは早いやつだからね。シトリンが実体に入ったから、抑えがきかなくなったのかな。」
こいつは何故わかるのだ。シャーロットに似ていれば誰でも解析できるのか。なんて気持ち悪い男なんだ。
「どこが大したことない、だ。」
「シリル?」
ぞっとするほど低い声が耳元で囁かれた。
ふう、と溜め息を吐かれる。吐息が耳に掛かりびくんと身体が反応する。これは絶対にわざとだ。
『妹』を心配してくれているのだろうが、これは恥ずかしい。耳が弱いのは知っているはずなのに。
「いちゃつかないでよ。」
ウィラードの言葉にどきりとする。
そうか、今まで感じていた違和感の正体はいちゃついているように見えるから、だ。
「邪魔するな妖魔。俺はレイラと話してる。」
絶対零度の視線に晒されたウィラードは肩を竦めた。
「うわぁ。先生キャラ変わってない?」
手放したくないと、そう言うようにぎゅっと抱き締められ、頬が赤く染まる。ただでさえ身体が熱いのに、このままだと身体が溶けてしまいそうだ。
そんな時すっ、と熱い塊が胸から出てきた。
体温も正常に戻る。目の前には涼しい顔をしたユウがいた。レイラが羞恥でどうにかなりそうな間、彼はどこにいたのだろう。
ユウの着ている服を視ようとするが、視えない。
やはり神様の身に付けているものは『人工物』ではなく別物なのだろう。
「リリスの中には無いみたい。となるとルークか意識のどっちか。」
本当の父親の名前が出てきた。とにかく執着の強い人。
人の話は聞かず、己の道を往く男だった。
アレンもウィラードもルークも病気だと思う。
異常な愛情と執着で相手を想うなんて、想われる側からしたら恐怖だろう。現にシトリンは怯えていたし、シャーロットはウィラードを追い出したらしい。
だがアリアは受け入れていた。さすがレイラの親だ。
「赤と黄緑。リリスにおかしなところない?」
「おかしなところ?」
鸚鵡返しに問うシリルは怪訝そうな顔でユウを見ている。レイラも自分におかしなところはないかと、格好を見下ろしてみる。特におかしなところはない。
「例えば、別人みたいになる事。」
そういう意味か。ついドレスがおかしなことになっているのかと思ってしまった。にやにや笑っているウィラードの顔が腹立たしい。
「四六時中一緒にいるけど、ないな。」
「今のところ無いね。力の変質も感じないし。」
じろじろと三人に見つめられ居心地が悪い。
縮こまるレイラにシリルが微笑みかけてくる。
そんなノアみたいな甘い顔が見つめられると、思考が溶けそうになるのだが。シリルになにがあった。
「ご協力ありがとう。困ったことがあれば力になる。ぼくとリリスは血が繋がってるから。遠慮はいらない。それでは、また。『帰還』。」
言うだけ言ってユウは消えた。ぽかんとユウのいた場所を見つめる。ここに来たのは仕事だろうか。
それにしても、親戚というのはどういう意味だろう。紫色の瞳だったから王族の落し胤とかだろうか。首を捻っていると、
「あれ? お嬢さん知らないの?」
不思議そうなウィラードの声に顔を上げる。
「なにを?」
「今の理の神はユウ。前のはアレン。最初はアメシスト。皆、髪の色は金茶色、瞳の色は紫色。お嬢さんには理の神の血も流れてるんだよ?」




