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子爵と知らない事

ミラと女性らしい他愛もない話をしていると、厳めしい顔つきの男性がシリルに話し掛けていた。

身なりの良いその男性は、白髪混じりの髪をきっちりと撫で付け、片手に品のいい杖を持っている。

「フィンドレイの三兄弟がお揃いとは。久しぶりだな長男。」

「ナイトレイ子爵。お久しぶりです。」

どこかで聞いたことのあるような姓だ。一体どこで、と考えて後ろにいる赤髪の男に気付いた。

体格も鍛えてあるのか、筋肉を纏っているように見える。また化けているのか。あの妖魔は、体格も変えられるのだった。

見覚えがあるのだろう、先程からシリルの視線が子爵と姿を変えたウィラードの間を行ったり来たりしている。

「そういえば、ジェフリー殿下が近い内に婚約を発表するらしいな。」

ジェフリーといえば王太子ライアンの第一子。

確か王位継承権第二位だったか。血の繋がりでいえばレイラの従兄になる。親戚とはいえ、死ぬまで会うことはないと思うが。

「殿下が婚約、ですか? その情報はどこから……。」

「まだ噂の段階だが、信用できる筋から仕入れた話だ。」

まさかとは思うが、その信用できる筋とは後ろでニヤニヤ笑っている赤髪の男のことではないだろうか。ウィラードと子爵は長い付き合いのようだった。

「侯爵ならお相手の令嬢のことを知っているかと思ったんだが、君が知らないなら侯爵もご存じないのだろうか。」

「私は家出同然の身ですから。姉上は?」

シリルは人前ではミラのことを『姉さん』ではなく『姉上』と呼ぶのか。勉強になった。なんの勉強かは分からないが。

「私も初耳ですわ。」

「ということは。クリス、嘘を吐きおったな。」

咎めるような子爵の口調に、偽名がクリスのウィラードは頭をぼりぼり掻きながら欠伸をしていた。貴族の前で自由気ままに振る舞うウィラードは、本当に大物だ。

メリルのいるこの会場に存在している時点で、既に大物なのだが。

「嘘なんて吐いてねぇよ。なんだっけか。ナ、ナー、ナイロン侯爵? ま、いいや名前忘れた。そいつが私の娘がどうとかこうとか、すげぇ癇癪起こしてたんだよ。」

「それだけで情報になるか! たわけが。もっと確実な噂をもってこんか!」

「まーまー落ち着けって、麗しい淑女レディが怖がるだろ。」

そう言って片目を瞑ってみせたウィラードに寒気がする。鳥肌のたつ身体を抱き締めた。ついでにこれ見よがしに身体を震わせてみれば、ウィラードにじと、と睨まれた。

「相変わらずオレの扱い酷ぇな。お嬢さん。」

「なんのことかしら。」

目の前まで歩いてきたウィラードは、未だ鳥肌の立っているレイラの二の腕を掴むと愉しそうに笑った。

何をするつもりなのだろう。訝しげにウィラードを凝視するレイラに気付くと、さらに笑みを深め耳元で囁いた。

「後で話があるんだけど、お嬢さん時間取れ……。」

「触るな。」

ぐい、と力強く引っ張られたと思うとシリルの胸の中にいた。突然のことに目をぱちぱちと瞬く。

戸惑いながらシリルの顔を窺えば、鋭い視線でウィラードを睨んでいた。

なんだか無性に恥ずかしくなってくる。

最近、気のせいかもしれないが、シリルの態度が変わったような気がする。『妹』にするにしてはおかしな接し方をするように。

ノアが異常な愛し方をしていたから、レイラの基準がおかしいのもある。それでも違和感を感じたのだ。

「お前はまた人のものに節操なく手を出しおって!」

ウィラードは勘違いした子爵に脛を杖で撲られている。

「まだ人のじゃないって。痛てぇな。ま、いつかはオレの女になるけど。好みだし、似てるし、不足は無ぇわな。」

「貴方だけは永遠にありえないわ。」

何千年単位の重い愛なんて受け止められない。面倒だ。

「すまないな。クリスが君に失礼を。」

「いえ、慣れてます。えっと、子爵様?」

そういえば名乗る機会がなかった。どうするべきだろう。不安になってシリルの服の裾を掴む。

すると息を呑む気配がして、腰に回された腕の力が強まった。

さらに密着してレイラの鼓動がうるさい。折角、抑えていたのに顔が赤くなるのを止められない。シリルは一体なにがしたいのだ。

「ふむ。愛らしいお嬢さんではないか。やるな長男。いよいよ身を固めるということは、やはり君が侯爵の跡を継ぐのか?」

「いえ、そういうわけでは……。跡継ぎはエリオットですので。」

「いやいや! 嫌だからね!? なんで僕になるの!」

盛り上がるシリルとエリオットの話も耳を通り抜けていく。

今、子爵はなんと言った? 「侯爵の跡を継ぐ」と言わなかったか。その言葉の意味するところは、つまり。

「シ、先生は貴族なんですか?」

「え? ああ、そういえば言ってなかったな。」

それも爵位のある貴族だ。どうして気付かなかったのだろう。レイラの力は駄々漏れなのに視たことがなかった。それにどうして教えてくれなかったのか。

「なに先生だと!? 長男……。いや互いの気持ちが第一だが、しかしそれは。」

「子爵の脳内どうなってんだよ。先生も否定しねぇのな。」

呆れたように溜め息を吐く、偉そうなウィラードにイラッとする。奴は知っていたに違いない。こんなに毎日一緒にいて、レイラはどうして知らなかったのだろう。

朝が弱いのも、寝るときはレイラの方を向いて寝付くことも、満月の夜は魘されていることも知っているのに。そして暖かな腕の中はとても良い匂いがすることも。

これだけ知っていてシリルの家柄を知らないとは。

知ったところでレイラの気持ちが変わるわけではない。しかし、想いが叶う可能性が更に減った。

商家と侯爵家なんて不釣り合いにも程がある。

元より想いが叶うなんて思っていない。

告白して玉砕した後、レイラとシリルには身分差があったのだからと、未練が残らないかもしれない。

レイラの心が落ち着いたところで、ばたばたと必死な形相のジェラルドが走ってきた。

「クライヴ! あっちで酔っ払いが降臨なされた! 今アルヴィンと士官科のやつだけで抑えてる。お前も手伝え!」

あっち、と指差している方向には休憩室がある。

酔っ払い同士で諍いでもあったのだろう。

いよいよ仕事だとシリルの腕の中で意気込んでいると、ジェラルドはクライヴだけ呼ぶと踵を返した。

「俺だけですか? 先輩は?」

訝しげなクライヴにジェラルドは溜め息を吐きながらレイラを一瞥し、首を振った。

「お前は馬鹿だな。酔っ払いの変態ジジィ共の乱闘だ。どうなるか、賢いクライヴ君なら分かるな?」

「なるほど。了解しました。」

納得した様子のクライヴと違ってレイラは納得できない。去年は暗殺者に付きっきりだった。今年は受付の後、休憩時間に遊んでまだ何もしていない。

「私なにもしてないです。」

「去年は子守りで大変だったじゃないですか。」

自嘲気味に笑うクライヴに苦笑を返す。去年の舞踏会は、まだ十三歳の彼の見張りをしていた。

「来年はもっと動きやすい服にするわ。」

動きやすいドレスなんてないだろうが、まだ動けるドレスならあるだろう。

走っていく二人を見送り、動きづらいドレスの裾を眺める。

ウォーレンがこの形に決めた時は大人っぽいのではと思っていたが、化粧をすればなんとかなるものだ。

それに戸籍では十七歳でも、本来の年齢は十八歳だ。

少しくらい背伸びしても良いだろう。

「兄さん。いつまでそうしてるつもりなの?」

呆れたようなエリオットの声に、はっとする。

いつものようにシリルに寄り掛かっていた。部屋でもないのに、慣れとは恐ろしいものだ。

周囲を見れば多くの生徒に注目されている。

「あ、すいません。」

シリルからそろそろと離れる。夜も深まり冷えてきたので離れがたいが、人前で恥ずかしすぎる。

頬を赤らめ俯いていると、ぽんぽんと肩を叩かれた。

知り合いかと思い振り返れば、そこにいたのはレイラと同い年くらいの少年だった。

「話訊きたい。」

一瞬、何を言われたか理解できなかった。

レイラに話? 一体、何の話だ。

面識はない、ただ髪の色も瞳の色もレイラと同じ色彩で、なんだか初めて会った気がしない。不思議な少年だ。

ドレスコードなんて無視した格好なのに、どこから侵入したのだろう。

「貴方、誰?」

「ユウ。」

そう答えた少年ユウは、レイラの手を引いて歩き出した。が思い出したように足を止めると、

「あ、赤いのとそっちの物騒な顔してる黄緑の人。話訊きたい。」

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