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お坊ちゃんと憧れの人

踊り終わったあと、シリル達のいる壁際に戻ろうとすると、繋いでいた手を引かれた。

「ハロルド?」

「す、少しで良いんだ。その、一緒にいてくれないか。」

踊っている最中に父親の名代で来たと言っていた。

この、人見知りのボンボンは緊張しているのだろう。

頼られるのは嬉しい。学院の外で出来た初めての友人だ。

貴族のボンボンには良い感情がなかった。

偉そうに「これだから成り上がりの商家の女は。」と言われ、基本は落とし穴や靴に虫を仕込むなどの低レベルの嫌がらせの応酬だったが、殴り合いになったこともある。

そんな殺伐とした日々も表情を失くしてからは家から出ることもなくなった為、自然とボンボンの事を忘れていった。

そんな頃、一度だけそのボンボンに会った。

少しは成長したのか、表面を繕うことは覚えていたが、奴が浮かべた偽物の笑顔は胡散臭いだけで、吐き気がした。

貴族も皆が皆そんなわけがないのも理解しているが、固まってしまった偏見は中々消えなかった。

初めてハロルドと会ったときもボンボンめ、と思っていたが、今では良い友人となれた。あくまでレイラがそう思っているだけで、ハロルドはどう思っているのか分からないが。

「ほお。ベレスフォードの。確か、ハロルドだったか。」

白髭をたくわえた老人はハロルドを観察するように眺めていた。にこやかに話しているハロルドはいつもの生意気な口調ではなく、きちんと敬語を使っている。

レイラが変なところに感動していると、老人の目がぼけっと突っ立っているレイラに向いた。

「こちらのお嬢さんはどちらのご令嬢かね? こんなに美しい令嬢を忘れるはずがないのだが。」

若い頃はそうとう遊んだと思われる、魅惑的な眼差しに苦笑する。本当に笑えているか分からないが。

「は……。その、なんというか。」

急に歯切れの悪くなったハロルドは、未だ繋いでいた手に気付くと、おろおろとしながら解いた。

目が泳ぎはじめたハロルドの代わりに、口を開く。

「ハロルドの友人、レイラ・ヴィンセントと申します。」

「はて、ヴィンセントか。何処かで聞いた気もするな。」

「南で茶葉や宝石、布などを中心に商いをしております。」

上手く口角が上がらない。下手に表情は作らない方が良さそうだ。誠実さを印象付けよう。

「思い出した。妻が以前、そこの宝石の質が良いと言っていたな。今度また贈ってみようかね。」

「その際は、必ずや奥様のお眼鏡にかなう品を兄に用意させます。」

「ああ、頼むよお嬢さん。」

商会のことを上手く宣伝できなかったが、嫌悪感を抱かれずになんとか乗り切れた。こんな世間話ではなく、交渉をしているノアやキャロルはすごい。

「僕はお前のことを何も知らないんだな。」

レイラの家も南ではある程度有名だが、北の方になると知らない人の方が多い。あの老人はたまたま知っていただけだ。

そんなに落ち込まなくてもいいのに、と思う。それに、

「お互いが信頼し合っていれば何の問題もないと思うわ。あと五年はトリフェーンにいるのだもの。その間に私のことを知っていけばいいわ。私もハロルドのことを知っていくから。」

「ばっ! そんなこと真顔で言うな!」

耳を真っ赤にして怒っているハロルドは、なんというか仔犬が吠えているように見える。そろそろ十六歳になる彼には仔犬のように可愛いと、口が裂けても言えないが。

「そろそろ戻るわ。」

「悪かった。引き止めて。」

ばつの悪そうな顔をしているハロルドに、思わず頬を緩めた。

「ハロルドに頼ってもらえるのは嬉しいわ。気にしないで。」

そこでハロルドへ誰かが話し掛けてきた。それじゃあと唇で伝え、シリル達を探して壁際に向かった。

元の場所に帰ると、そこには顔を強張らせたシリルと、強い威圧感を放つ小柄な金髪の女性。小さな子供二人はエリオットと手を繋いで楽しそうにしている。

「先輩。おかえりなさい。」

うんざりとした顔のクライヴの横に並ぶ。

混沌とした場の空気に、この場だけ時間の流れが違うように思える。蒼白な顔をしたシリルなんて、そうそう見られるものではない。

「どうしたの?」

「シリル先生のお姉さんらしいですね。あの学院の伝説になってる。」

シリルの姉。ということは。

昔に誘拐されたとき、凄まじい強さで誘拐犯たちを薙ぎ倒し、動けなくなっていたレイラを助けてくれた女性。レイラの憧れの人。

レイラが学院に来る切っ掛けになった人だ。

「あら? 一人増えたわね。」

シリルと同じ橄欖石ペリドットの瞳がレイラに向いた。およそ六年前に見た顔より、更に精悍さを増した女性の顔はよく見ればシリルに似ていた。

「彼女はレイラ・ヴィンセントといって姉さんの次に総合科に入った強者なんだ。」

シリルに手を引かれ、ミラの目の前に立たされる。レイラより頭一つ分小さい。が、それでも彼女の纏う空気に圧倒される。

憧れの人を目の前にして、レイラの胸は早鐘を打つ。

「エリオットから聞いてるわ。細いのに強いって。初めまして、ミラ・グランデよ。」

親しみを感じる笑みを浮かべたミラは手を差し出してきた。そっと手を差し出す。緊張しながら握手を交わし、ずっと言いたかったことを伝えることにした。

「あの、ミラさん。」

「ん? どうしたの?」

「ミラさんは覚えていないと思いますが、昔に助けていただいた事があるんです。本当にありがとうございました。」

あのときは助けられてすぐに気を失って、気が付けば屋敷にいた。ウォーレンかノアがお礼を伝えたとは思うが、やはり自分から言いたかった。

下げていた頭を上げると、すぐ近くにミラの顔があった。驚いて仰け反るレイラの肩を後ろにいたシリルが掴む。じっ、と見つめられ続けると恥ずかしくなってくる。それもシリルに似た顔で、だ。

「確か、ロードナイトだったかしら。誘拐されてたお金持ちのお嬢さんよね? 過保護なお兄さんのいる。」

「覚えているんですか?」

呆然としながら呟く。ミラは多くの人を助けている。その中の一人であるレイラのことを覚えているとは思わなかった。嬉しい。

「忘れるわけないわ。だって、首にナイフを突き付けられても顔色ひとつ変えない女の子なんて初めて見たもの。殴られても泣かなかった。あの時は怪我させる前に助けられなくてごめんなさい。」

そう言って頭を下げるミラを呆然と見つめる。

確かに殴られたり蹴られたりはしたが、それは彼女が助けに来る前だ。あの時は誘拐されて三日経っていた為、誘拐犯たちがその苛立ちをレイラに向けてきただけだと考えている。

それとも、助けに来たミラの強さに恐れをなした誘拐犯の一人が、レイラにナイフを突き付け牽制した時についた切り傷の事だろうか。

「謝らないでください。」

頭を下げ続けるミラを必死に押し止める。

「一度目に侵入した時、誘拐犯に気付かれてしまったのよ。だから、貴女があんな怪我をしたのは私の所為、身勝手だけど謝らせて頂戴。」

肩にシリルの指が食い込む。昔の事なのに心を痛めてくれているのだろうか。そっとシリルの手の上に手を乗せた。

「悪い。」

耳元で囁かれびくりと揺れたレイラの肩からシリルの手が外れた。もしここが部屋で、二人きりなら黙って抱き締めてくれただろうか。

そんなことを妄想していると、

「それに、貴女の瞳の色がとても美しかったの。お人形さんみたいに綺麗なお嬢さん。」

何故かきらきらとした目で見つめられ、右手をミラの両手で包まれる。

「トリフェーンに戻って来たから、今度お茶でもどう? いつも暑苦しい男ばかりで華がなかったのよ。」

「あ、」

もう言葉では表せなくなってきて、こくりと頷いた。

「ありがとう! 嬉しいわ。」

満面の笑みはシリルのように屈託のない笑顔だった。

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