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憂鬱な太陽と狂った月

久しぶりの休みさえ、連日降り続いた雨のせいで憂鬱だったシリルは、年度始めの準備でくそ忙しい今日、いつかのようにメリルから呼び出しを受けた。

「忙しいのにすまないね。フィンドレイ。」

「いえ。」

今日はなにを押し付けるつもりなのか。もう一人、面倒を見ろとでも言うつもりか。

そっとメリルの顔色を窺う。機嫌は悪くないようだ。しかし、メリルの機嫌のいい日は危険だと、シリルのこれまでの経験が言っている。

「さっそく本題なんだけど、聞いたよね? 」

「…。なんのことでしょう?」

「そうだね。とりあえず、場所を移動しよう。」

メリルがパチンと指を鳴らすと、窓の外の夕陽が三日月に変わり、夕陽で赤く照らされていた理事長室も暗闇になる。僅かな月明かりでは互いの顔も見えないはずだが、不思議と姿が浮かびあがって見える。

(相変わらず、理事長は変だ。)

学生時代から、メリルはこの不思議な部屋にシリルを招待していた。メリルに会うまで、こういう不思議な事柄は信じていなかったが、今ではこの理事長ならなんでも出来るだろう、と思っている。

「ここなら、ヴィンセント君の瞳は及ばないよ。」

さすがに、メリルには気付かれていたようだ。

今日、昼に一度部屋に帰るとレイラの姿が消えていた。シリルは必死に学院中を探したが、見付からず、外出届を確認すると、学院外に出たことが分かった。

街の中を闇雲に探したところで見つからないのは分かっていたので、理事長に指示を仰ごうと、理事長室に向かったが、中にレイラが居ることが分かり、ひと安心してその場を去ろうとした時、レイラの事情の話が始まった。事情を聞かないと言ってはいたが、やはり気になるものは気になったので、つい盗み聞きをしたのだ。

だが、メリルには勘づかれていた。この不思議な理事長が気づかないわけがなかった。

おまけのように、天使だか悪魔だか、よく分からない話も聞いてしまった。アルヴィンも理事長も裏の世界の住人だったようだ。

「キミも相変わらず気配を消すのが上手いね。」

あのパーシヴァルが気づかないくらいだ、と笑っている。

「理事長に気付かれてしまいましたから、まだまだ未熟です。」

「そうだね。」

我ながら今回は上手く気配を消せたと思っていたので、悔しい。

「聞いたからには、いろいろ伝えておきたいことがある。」

「なにをですか?」

「ヴィンセント君は人を殺したことがある。」

どう、反応すればいいのだろう。人を殺した?

レイラが人を殺すようには見えない。

メリルは黒髪を弄びながら、口を開く。

「ヴィンセント君が七歳の頃に、屋敷に不逞の輩が入ってきて、家政婦を殺したんだ。それを見たヴィンセント君は激昂しそいつらを殺した。そいつらは挽き肉になっていたそうだよ。」

頭が付いてこない。七歳の少女がヒトを挽き肉にすることなんて出来るのか。

「なぜ、挽き肉に?」

「ヴィンセント君の使う言葉には力が宿るんだ。例えばだけど、キミに『動くな』と言えば、キミは動けなくなる。」

「それで、挽き肉になったんですか?」

信じられない思いで尋ねる。七歳の少女が人を言葉で殺すなんて、お伽噺の領域だ。

「多分、神の言葉を使ったんだろう。七歳ならまだ神と同等だ。無意識に『ラトゥへの罰を与える』とでも言ったんだろう。」

それは神話に出てくる言葉だ。

大昔にラトゥという神がいた。ラトゥはある日、偶然口にした人肉を好きになった。その日からラトゥは人を殺して食べるようになった。人を細かく砕いて骨ごと食べた。ある日それが他の神に見付かり、問い詰められたラトゥはその神を砕いて食べた。

だが、それでラトゥの罪が白日の下に曝されることになった。他の神々はラトゥの肉体を砕き燃やした。灰も残らぬように。

「神々に伝わる言葉だ。女神シトリンの血を引いているヴィンセント君だから、そんな言葉を使ったんだろう。」

それで、情緒不安定なのか。幼い頃にそんな凄惨なものを見てしまえば、心に傷を負ってしまうのも無理はない。それが自分の作り出した光景なら尚更だろう。

「ヴィンセント君は、それをひどく悔やんでいる。自分が躊躇わず、上手に言葉を使っていれば、家政婦が死ぬこともヒトを挽き肉にすることもなかった、とね。今でも挽き肉にした者達を悼んでいるよ。狂ってしまったけどね。」

「そう…だったんですね。」

「だから、彼女は強くなろうとした。今度は自分の手で闘えるように。今では総合科の候補生だ。」

本当に頑張ったと思うよ、とメリルは微笑みながら言った。そして、

「次に大事な者に危害を加える者がいれば、迷わず殺すだろう。」

シリルはレイラのことをあまり知らない。しかし、この十日ほどの間でそんな奴ではない筈だと、そう思えるくらいにはなっていた。

「そんな風には見えません。」

すると、メリルは慈しむような微笑みを浮かべた。

「うん。だからキミが彼女を守ってよ。フィンドレイなら彼女を守れると思うんだ。」

「俺が守る?」

間抜けな声が出た。

「彼女にはキミくらい馬鹿真面目な奴が傍に居ないと困るんだよね。何より『普通』が傍に居ないと、それが分からなくなるから。」

それは、どういう意味だろう。精神的にレイラを守れということだろうか? それともレイラが手を汚さないで済むようにしろ、ということか?

「しばらく、私の言葉の意味を考えてみてくれ。久しぶりの宿題だ。」

メリルはいたずらっ子のように、片目を瞑った。

「宿題ですか…。」

思い出すのは、宿題にしては難易度の高い要人の護衛だった。さすがに六年生になってからだったが、あれは疲れた。

話も終わり、シリルが部屋を退室しようと口を開く前に、

「そうだ、もうひとつ頼みたいことがある。」

「なんですか?」


◇◆◇


トリフェーンの街は、大きく分けて四区画ある。

衣類、食べ物類、家具類、大人向けの区画に分かれている。大人向けの区画には酒場や風俗店がある。

昨日来たときは、どうやら家具類の区画だった為、寝間着が中々見付からなかったようだ。

今日はアルヴィンという案内をしてくれる人がいたので、昨日のように街をひたすら歩き回らなくて済みそうだ。

そのアルヴィンは会った時から不機嫌だ。どうやら昨夜遅くまで、中級妖魔を探していたみたいだった。しかし見付からず、それで不機嫌なのだろう。

それか、寝不足なのかもしれない。先ほどからずっと目をこすっている。

妖魔の居場所だけでも視ればいいのだろうが、それをするとアルヴィンが必死の形相で止めに来るだろうし、そもそも昨日会った妖魔、ウィラード・シャルレは得体の知れない、恐いものだった。あんなのと対峙するのはごめんだ。

そんな訳で、レイラはようやく念願の普通の寝間着を手に入れることが出来る。

衣類の区画は華やかだ。色とりどりの綺麗な服、流行のドレスを身にまとう淑女たち、それをエスコートする紳士。ショーウィンドウには、その店一押しの一着が飾られている。ここにレイラの思う地味な寝間着があればいいが。

「あの、どのお店なら地味な寝間着が売ってありますか?」

「…。知らない。」

確かにアルヴィンは服なんかに興味が無さそうだ。

とりあえず、なんとなく地味めなお店に入ってみる。が、無い。寝間着はあっても女性ものは全て華やかだ。こうなったら男性もので良いかと思い、後ろを向くと注がれる視線に気付いた。視線の主は全員女性だ。

何故かと思い、横を見てみればアルヴィンがいる。

ここは、女性の寝間着売り場だ。男であるアルヴィンがいていい場所とは言えない。

早く移動しようと、アルヴィンの手を引こうとしたその時、女性たちがこちらに向かってきた。

その目は、ようやく獲物を見つけた肉食獣のようだ。そして、その目を見たときレイラは気付いた。アルヴィンは仏頂面のせいで、近寄りやすいとは言えないものの、整った顔をしている。

「私、あちらの男性用寝間着の売り場に行ってきます。買ったら戻りますので、それでは後ほど。」

それだけアルヴィンに伝え寝間着を見に行く。

待て、と言われた気もするが、すぐにその声は、え、あの、ですが、と弱々しくなっていく。

レイラは駆け引きのようなものは苦手だ。以前、兄に懸想している女性に、回りくどい言葉で兄離れしろと言われたが、途中から話を聞き流していたので、怒られた。

結局なにが言いたいのか分からない。 用件は簡潔に言ってくれた方がありがたいし、行き違いも少ない気がする。

ただ、早く買って帰らなければ、アルヴィンの機嫌が氷点下になりそうだ。

たどり着いた売り場で寝間着を見るが、男性用の寝間着はレイラの体には大きすぎる。どうしようか考えていると、店員が話しかけてきた。

「どうしたんだ?」

やけに親しげな店員だ。親しく接することがこの店の売りなのかもしれないと考え、その店員に聞いてみる。

「もう少しサイズの小さな寝間着ってありますか?」

「どうだったかな。ここの店にはないかもしれない。でも、あそこならあると思うよ。」

そう言って店員が指差したのは道を挟んだ向かい側にある、小さなお店だった。

「ありがとうございます。ご親切に。」

「いいよ、気にしないで。」

この店に寝間着が無いのならもう用はない。店員に教えてもらった店に移動することにした。

アルヴィンの元に戻ると、まだ女性に囲まれていた。声をかけるべきか悩んでいると、レイラに気付いたのか「連れが戻って来たので…。」と言って女性たちに惜しまれつつ、やって来た。

「何故、置いていった。」

げっそりした顔で言われると、罪悪感が湧いてくる。もしかすると、女性が苦手だったのかもしれない。

「時間が掛かりそうだったので。」

「そうか。」

「すいません。」

「別にいい。」

顔は相変わらず仏頂面だったが、怒っていないようだったのでひと安心する。アルヴィンの蒼の瞳で睨まれると、気温が急激に下がる気がするのだ。

「あちらのお店に行っていいですか?」

「寂れた店だな。」

「そうですね。」

その、寂れた店に入ると服が所狭しと並べてある。

この中から探すのかと思うと気が重いが、やるしかない。

そう覚悟を決めたとき、

「レイラ!」

そう、急に名前を叫ばれたと同時に、勢いよく床に押し倒される。背中を強く叩きつけられ、思わず咳き込む。

何事と思い覆い被さるアルヴィンを見ようとした時、かすかな呻き声がアルヴィンの口から漏れた。

見ると、アルヴィンのふくらはぎ辺りの衣服が裂け、出血していた。

「アルヴィンさん?」

「私は大丈夫だから、早く逃げろ。」

「止血しないと。」

「後で自分でする。だから、逃げろ。」

動揺を隠せないレイラとは対照的に、アルヴィンはあくまで冷静だ。

思わず、床に触れ『記録』を視る。

『いやぁ!離して、離して!触らないで! 』

そこには、逃げ惑う女性と女性を弄ぶ男の姿があった。

足を切りつけ歩けないようにし、指を一本ずつ切り落として食べている。くちゃり、くちゃりと。

女性は気を失うが、すぐに痛みで目を覚ます。指を食べ終われば、次は足を食べ始めた。

女性の絶叫が部屋中に響く。こんなに叫んでも外に声が聞こえないのはおかしい。

「妖魔?これは、ここは、あちらの領域?」

呟いた言葉に、アルヴィンがハッとしたようにレイラの腕を引っ張る、同時にその光景も消える。

「わかったなら、逃げろ。邪魔だ。」

「それは無理だっつーの。」

嘲るような声が目の前から聞こえた。顔をあげるとそこには、店員だと思っていた男がいる。

この店員、いや妖魔に騙されたようだ。

なんて、軽率な真似をしてしまったのだろうか、アルヴィンに怪我をさせてしまった。上にいるアルヴィンの顔は険しい。起き上がろうとすると、床に押さえつけられる。

「ひでぇな。女の子にそんなことするなんてよ!」

一瞬でアルヴィンは壁に叩きつけられた。レイラはすぐに妖魔から飛び退り、アルヴィンに駆け寄る。

「大丈夫ですか?」

「何本か骨折したが、心配ない。逃げろ。」

思わず、笑ってしまう。さっきから逃げろしか言ってこない。 アルヴィンの怪我を治したあとに逃げよう。そう思い口を開こうとした時、妖魔に後ろから抱きすくめられた。

「本当に芳しいな。美味そうだ。」

「離しなさい。」

首筋に生暖かい妖魔の息が吹きかかる。気持ちが悪くて身をよじるが、腰に手を回され身動きが取れない。

「あんたは上手に育てて上手に食べねぇと。もったいねぇからな。」

首筋に舌を這わされ、びくりと肩が揺れる。

「おい、妖魔。私を忘れていないか?」

冷たい声と共に蒼い氷が妖魔の顔を貫く。びちゃりと脳髄が飛び散った。

妖魔の体がゆっくりと倒れる。動かないのを確認し、アルヴィンの傍に行く。

「すいません。私がここに来たから、アルヴィンさんに怪我を。」

レイラの謝罪にアルヴィンは目を丸くする。

「いや、謝らなくていい。この程度の怪我なら私の力でなんとかなる。」

アルヴィンの優しさが、心に痛い。もっと責めてくれなければ、どうしていいのか分からなくなる。

「逃がさないよ。」

突然声が聞こえた。声の聞こえた方を見れば店の奥に女がいた。この女も妖魔だろうか?

アルヴィンを見ると驚いた顔で女を見ていた。

「お前は人間か?」

「そうでもあるし、そうでもないさ。」

そう言う女の後ろには他にも六人、男がいた。

何故、今まで気付かなかったのだろう。こんなに狭い店内の筈なのに。それに人間であって、人間でないとはどういう意味だ。アルヴィンがまさか、と呟く。

「混血か!?」

「ご名答、そこに死んでる男の子供だよ。」

女は死んだ妖魔をどこか複雑な眼で見つめている。

「そいつは、本当にクズ野郎で、どうしようも無いやつで、さっさと死んでくれないかと思っていたけど、いざ死んだら悲しいもんなんだね。」

どこか遠くを見つめながら、女は喋る。

「だから、私達くらいは敵討ちってやつをやってやんなきゃね。」

そう女が言ったと同時に後ろにいた者が襲いかかってくる。咄嗟に短剣を取り出すが、取り出す間にワンピースの裾が裂けた。相手は爪が武器のようだ。

死んだ妖魔はアルヴィンの追っていた中級妖魔かもしれない。『記録』は新しかった。

半分は、人間。悩んだのは一瞬だった。後ろから飛びかかってきた男を直前で避け、背中に蹴りを入れる。男は体勢を崩し床に倒れる。間髪入れずに背中を思いきり踏みつける。男は胃液を吐き、蹲る。その後、動けないように男性の急所をブーツの先で蹴りつける。

チラリとアルヴィンの方に視線をやると、どこから取り出したのか、剣を鞘に入れたまま使っていた。既に二人も倒しているようだ。総合科に在籍しているだけあって強い。

短剣を構え直し、次の男に投げつける。短剣は男の目に刺さった。耳を塞ぎたくなるような声で男が叫ぶ。レイラは予備の短剣を取り出し、男の足を床ごと突き刺した。これで動けないはずだ。

そして、男の目から短剣を引き抜き、血を飛ばす。

気付くと音が消えていた。周りの者がみなレイラを見ている。その瞳には、恐怖という感情が渦巻いていた。アルヴィンですら、動きを止めてこちらを見ている。

「皆さん、どうかされました?」

首を傾げて聞いてみると、女が狂ったように叫ぶ。

「あ…んた、あんたの方が化け物じゃないか!!」

なぜ、そのような事を言うのだろう? 抵抗せずに殺されろとでも言うのだろうか? 自分や大切な人の命が脅かされるのであれば、レイラは迷わない。迷えば、全てを殺してしまう。そうしないと、レイラは…。

「うわぁぁぁぁぁあ!!」

先ほど股間を蹴りあげた男がレイラに再び襲いかかってきた。避けきれず鎖骨の辺りを爪が掠った。鋭い痛みに顔を顰める。すぐさま男の顎を蹴り上げ、男が目を回している間に、頸動脈を目掛けて短剣を降り下ろした。

が、突然誰かに腕を掴まれ捻り上げられた。 短剣が落ちる。そして、その誰かの足を踏みつけようとすれば、床に押し倒された。うつ伏せで押さえつけられ、今度は埃で咳き込む。

「そこまでだヴィンセント。落ち着け。」

聞こえた声に力が抜ける。レイラが力を抜けばすぐに解放してくれた。

「先生、なぜ…。」

ここに、という言葉は女の声にかき消された。

「その娘を放すんじゃないよ!」

怯えた様子で泣き叫ぶ。何故だろうと思ったが、兄弟が殺されかけたのだ。無理もない。

「私を殺そうとしなければ、私は誰も殺さないわ。貴女から大切な家族を奪いたいわけではないもの。」

そう言っても、女はまだ震えていた。

床に足を縫い止めていた男の足から、短剣を引き抜く。うっ、と呻いたあと、その男は床を這って逃げていった。

「私は帰るわ。二度と私を殺そうとしないで。」

そうしないと、今度は殺さなくてはいけなくなるから。

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