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必死な男と難しい悩み

朴念仁もここまでくると、もう笑うしかない。

ドリスが告白とキスをしてから数ヵ月間なにもなかったという事になる。そのドリスから相談がなかった為、上手く気持ちが伝えられたのかと思っていたが、そうではなかったらしい。

「あの、アルヴィン先輩はドリスのことをどう思ってますか?」

ここは友人のため、アルヴィンの気持ちを訊いておこう。

人の好き嫌いの多いアルヴィンが、たまにドリスと共にいるというのは、可能性があるかもしれない。

「怖い女だ。」

そう言ってアルヴィンはぶるりと肩を震わせた。

一体、ドリスは何をしたのだろう。

あのアルヴィンがこんなに怯えてしまっている。

「情報を集めたい気持ちも分かるが、私の行く先にいつもいる。毎回、弱味を握られないようにと心がけていたら、思っていたより精神力が削られてしまった。その上、フォスター家の当主に顔を覚えられた。もう私の人生は……。」

終わりだ。と頭を抱えたアルヴィンに、ドリスの方法も微妙だが、アルヴィンの思考も飛んでいると思った。どっちもどっちな二人に溜め息を吐きたくなる。

「それに、ドリス・フォスターは私に色仕掛けまでするようになった。何が知りたいんだ。」

「……。」

おそらく、ドリスはこの現状を面白がっているのだろう。

ドリスには悪いが、これではあまりにも哀れだ。

「その、ドリスは本当にアルヴィン先輩のことを好きだと言っていました。必死すぎて方法を間違えているだけで、悪気はない……筈ですから。多分。」

「そうなのか? しかし、私は誰とも付き合うつもりはない。」

「その辺りは二人で話してください。」

ドリスの恋を応援したいのは山々だが、そういう色恋沙汰は当事者同士で片付けるものだ。第三者が介入してややこしくなったのを何度も視ている。

「あまり傷つけたくないのだが、どうすればいい?」

これは脈ありかもしれない。傷つけたくないということは、とりあえず、嫌いではないということだろう。

「どうして、傷つけたくないと思ったんですか?」

「逆恨みされて仕事が回ってこなくなると困る。家を出ている私は生活できない。」

もう駄目かもしれない。

相談を受けたからには、何かしらの解決策を考えなければいけないのだが、残念なことに何も思い付かない。

こんなに怯えているアルヴィンにドリスを勧めるわけにもいかない。かといってドリスが失恋して落ち込んでしまうのも嫌だ。しかし、アルヴィンが干物になっていくのを見たくない。だが、ドリスが悲しむのも……。

駄目だ。レイラには荷が重すぎる。

「ごめんなさい。私では何の助言も考え付かないので、他の方に相談されてはいかがでしょう?」

「他の者は面白がって終わるだけだ。だが、君なら真剣に考えてくれると思った。私には君しか居ないんだ。」

がし、っと肩を捕まれ絶対零度の視線に晒される。

逃げないでくれ、と蒼い瞳が雄弁に語っている。

アルヴィンも変人だ。レイラと一緒で友人は殆どいない。

総合科の生徒でも、ジェラールは面白がって終わり、エリオットも面白がって終わるだろう。クライヴは「興味ない」と一言で終わる。

消去法とはいえ、レイラを信用してくれているのだ。なんとか期待に応えなければ。

「……。少し考えてみます。」

「頼む。」

がくがくと身体を揺さぶられる。

普段は動揺してもこんなに乱暴な事はしないのに、かなり追い詰められている。

頭がふわふわして気持ち悪いが、なんとか言葉をひねり出す。

「私に出来ることならなんでもします。」

「ありがとう。レイラ。」

最後に固く握手を交わし、アルヴィンは部屋へ帰っていった。それも転移魔法を使って。突然、魔方陣が床に浮かんでアルヴィンが消えてしまったのでとても驚いた。

せめて、一言くらいあってもいいのではないだろうか。

まだ、心臓がばくばくとうるさい。

気分を変えるために、ふうと息を吐き出しベッドに横になった。

魔法というものは、あまり心臓によろしくないものらしい。魔法が発動したとき肌が粟立つのを感じた。なんというか体に合わない。

ほけっと天井を見るともなしに見ていると、がちゃりとドアノブを回す音が聞こえて胡散臭い、造ったような笑みを浮かべたシリルが入ってきた。

「体は辛くないか?」

「はい。」

寝転がったままシリルを見上げる。ギシリと音を立ててベッドに腰掛けたシリルは優しくレイラの頭を撫でた。

「他に変わったことはないか?」

「特にありません。」

「本当に何もなかったのか?」

(顔が近いわ。)

じりじりと近付いてくる綺麗な顔に、激しい動悸が収まらない。変わったことと言われても、特に体に異常はない。

「あっ…の! 顔が近いです……。」

「……。そうか。」

やっとこの心臓が暴れ狂う状況から脱せる、と安堵した。が、シリルは離れることをせず、ベッドの上に乗るとレイラに馬乗りになり、ぴたりと額と額をくっ付けてきた。ベッドに寝転がっているレイラは逃げ場がない。

「誰か来なかったか?」

焦点も合わない距離で、シリルの吐息を感じる。

一体、何を考えているのだろう。

「ウィルとアルヴィン先輩が来ました。」

「何をされた?」

低くなった声を不思議に思いながら、小さな声で喋る。

「何もされてません。お見舞いに来たらしいです。」

アルヴィンの相談は誰にも洩らさない方が良いだろう。情報というのはどこから洩れるか分からない。

「どうして、アルヴィンにはレイラしか居ないんだ?」

淡々と放たれた言葉の意味が分からず、首を傾げる。

アルヴィンにはレイラしか居ない?どういう意味だ。

聞き覚えのあるような気がする。何時だったろうと記憶を辿り思い出した。友人の居ないアルヴィンにはレイラしかまともに相談に乗ってくれる人がいない。という話を。

「……。いつから部屋に居ました?」

「帰ってきたら、アルヴィンがレイラに「君しか居ない」って言ってたな。告白されたのか?」

妹のように可愛がってくれているから面白くないのだろう、いつものレイラの好きな笑顔ではなく、無理やり笑みを作っている。なんとも胡散臭い。

「その、あのですね。アルヴィン先輩から相談を受けてまして、内容はお話しできないのですが。……私が先輩とどうとかいう話ではないです。もし、そういう話だったらもっと動揺しています。」

変な誤解を解きたくて、必死に言葉を重ねる。

「本当にだな?」

「本当です。私がシ、シリルに嘘を吐くわけないです。」

未だに馴れない名前を口にしながら、真っ直ぐにシリルの瞳を見る。それに、そもそも嘘を吐く必要がない。

「すまない。そうだったな。」

シリルはほっとしたのかレイラの首元に顔を埋めた。

うー。と唸っているシリルの頭を撫でる。柔らかい髪は触り心地が良い。本当に羨ましいくらい柔らかい。


◇◆◇


仕事に一区切りがつき、休憩がてらレイラの様子を見に一度部屋に戻った時だった。

寝室のドアノブに手を掛けた時、部屋の中から男の話し声が聴こえてきた。

「だ……君なら真剣に…………れる……た。私には君しか居ない……だ。」

(アルヴィン? なんでアルヴィンがここにいる……。)

『私には君しか居ない。』

どういう意味だろう。まるで愛の言葉のように聞こえる。

全てを聞き取れなかったから真実は分からない。

だが、アルヴィンとレイラはそれなりに仲が良かった。

可能性としては充分あり得る話だ。

だからこのまま、ここにいたところで虚しくなるだけだ。

そう思い寝室の扉から離れた時だった。

「……し…考えて……ます。」

レイラの声が聴こえてきて、嫌な汗が出てくる。

なにを考えるのだ。アルヴィンとのなにかを考えるのか。

しばらくその場で思考を巡らせ続け、数分後に腹を決めた。アルヴィンには悪いが邪魔してしまおう。

大人になってようやく覚えた愛想笑いを貼り付け、覚悟を決めて扉を開けると、そこにいたのはレイラ一人だった。

どうやらアルヴィンは魔法を使って帰ったらしい。

「体は辛くないか?」

「はい。」

ベッドに横たわったままシリルを見上げているレイラはいつもより儚く見えて、存在を確かめるように頬を撫でた。滑らかで柔らかい肌は手によく馴染む。

「他に変わったことはないか?」

きょとんとした表情も相変わらず可愛らしい。

「特にありません。」

「本当に何もなかったのか?」

澄んだ紫水晶アメジストの瞳をじっと見つめていると、レイラは頬を赤らめシリルから目を逸らした。

「あっ…の! 顔が近いです……。」

声は裏返り、恥ずかしそうに唇を震わせている。

意識されている。そう思うと悪戯心がむくむくと湧き上がってくる。

「……。そうか。」

近付けていた顔を離し、ベッドの上に上がり、目を丸くしているレイラの額に己の額を当てる。

「誰か来なかったか?」

そう問えば、素直にウィラードとアルヴィンが来ていたと話した。しかし、あの妖魔のやつ。これ以上、レイラの周りを彷徨くなら一度絞めておいた方が良いかもしれない。

ついでとばかりに、一番気になっていた先程の怪しい会話について聞けば、必死にアルヴィンとの仲を否定していた。これで、本当に告白されていたならシリルはしばらく立ち直れなかっただろう。

「本当です。私がシ、シリルに嘘を吐くわけないです。」

澄んだ声がシリルの名前を呼ぶ。それだけでレイラが秘密を共有している様子のアルヴィンへの嫉妬が薄れていった。

まだ、シリルの方が意識されているはずだ。

安堵してレイラの首元に顔を埋める。優しくて澄んだ花のような芳香がシリルを包む。ふう、と息を吐き出すと、くすぐったかったのかレイラが身動いだ。

心地良い匂いと頭を優しい手つきで撫でられ眠くなる。

このままレイラのうでのなかで眠ってしまいたかったが、ここには休憩に来ただけだ。後ろ髪を引かれるが、仕事に戻った。

アルヴィンの相談とはなんだったのだろう。

彼が他人に相談するほど悩むなんて、一体どんな相談なのだろう。

もしもレイラの負担になるなら、代わりにシリルが聞こう。人のことで頭を悩ませて欲しくない。

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