別世界の住人と朴念仁
「オレさ、おかしいヤツなんだよね。」
胸の傷がある程度治るまで休むようシリルに言われ、だらだらとベッドで寝ていたレイラのもとに、ウィラードがやって来た。
ふと気配を感じて目を開ければ目の前に満面の笑みを浮かべたウィラードがいた。ふざけるな。
それに脈絡もなく、唐突にそんなことを言われても反応に困る。寝起きの頭はすぐには働かないのだ。
むくりと身を起こし、着崩れていた寝間着を直す。
おかしいヤツだとは思っていたが、自覚はあったのか。
「前の奥さんが死んだときは直ぐに自殺したし、シャーリーに至っては千四百年くらい前に追い出されてから、ずっと引きずってるしね。色々思い出してからは、お嬢さんを見る度にどうしてオレの子孫じゃないのか、って思って殺したくなるくらいに。こんなことなら、さっさと孕ませとけば良かった。」
首に両手を掛け、異様な光を放つ緋い瞳に見つめられる。
「……。そう。」
これはおかしいヤツじゃなくて、狂っているヤツではなかろうか?
「そりゃあね。いつ子供が出来てもおかしくなかったんだよ? でも妖魔と神様って正反対なんだよね。それで子供は出来にくいから。ああ、本当に嫌な話。」
「はあ。」
「もう、真面目に聞いてるの? お嬢さんに甘えてるのに。」
甘えているなら首にかけた手を外してほしいのだが、それにウィラードの今までの恋愛話なんぞに興味がない。
前に言っていた神の一族の恋人がシャーロットだとすると、ウィラードの執着が強すぎて追い出されたのではないだろうか。
「これは愚痴なの?」
「そうそう。オレの人生なんて後悔ばっかりだよ。」
悔しそうに顔を歪めながら、ウィラードの指は頸動脈をなぞる。 ぞわぞわと鳥肌が立つ。
前の何倍も危険人物だ。妻が死んで直ぐに自ら命を絶つなんて愛情が重い、というより愛に溺れている。
「だから、お嬢さんもオレに惚れられないように気を付けてね。今はシャーリーのことしか頭に無いけど、他に目がいったら今度はそれしか考えられなくなるから。」
「誰も私の事なんて好きになんてならないわ。女性としての魅力は足りないもの。それに前にも言ったけれど貴方は好みじゃないの。」
不特定多数の女性と付き合いのあるウィラードは論外だ。レイラは真面目で誠実な男性。例えばシリルのような方が好みだ。
「大丈夫。オレ、好きな子はでろんでろんに甘やかしてオレの事しか考えられないくらい愛するから。それに、気の強い芯の通ったお嬢さんみたいなのはオレの好みのど真ん中だから!」
そんな力説されても、未だ故人を引きずっているような男はお断りだ。こいつはあれかもしれない。他の男と話すなとか言って家に閉じ込めるような束縛をするヤツかもしれない。
何度か街中の『記録』でそんな男や女を視たことがある。
そういえば、ウィラードの話に出てくる女性は前の奥さんかシャーロットだけだ。それなら、
「メリルさんは何だったの?」
祖母の親友であるメリルの気持ちを弄んだようだった。
あの『理事長』を弄ぶなんて、良い度胸だ。
レイラの質問に目を丸くしたウィラードは、首を傾げて、
「え? 前の奥さんだけど?」
「どういうこと?」
前の奥さんは亡くなったとウィラードは話していたではないか。まさか、メリルは幽霊だったのだろうか。
「この世界はオレにとって死後の世界なんだ。自殺したから魂が穢れてしまって、他の世界でその穢れが浄化されるまで放置だよ。酷くない?」
「はあ。」
話がぶっ飛びすぎて付いていけない。
「まあ、穢れというよりは執着だろうね。あまりにも執着が強すぎて、転生させても記憶が消えないから。」
なるほど、ウィラードがよその世界の住人だったことは理解できた。それなら前の奥さんだというメリルもこの世界の人間ではないということになる。
「奏、じゃなくてメリルか。彼女はオレの執着に引きずられてこっちに落ちちゃったんだよね。オレ、前の世界では妖の一族の長的な存在だったから力が強すぎて。」
「それなのに引きずった貴方は他の女性に心奪われていた、ということ?」
「う、そういうことだね。メリルがいるのは落ちてすぐに知ってたんだけど、シャーリーから離れられなくて。」
「最低ね。そんな事しておいてこの学院の敷地に入ってくるなんて。」
事情があったにせよ、連絡のひとつくらいは寄越すのが当たり前というもの。少なくとも千四百年より前から存在を知っていて放置していたなんてありえない。
しゅんと項垂れたウィラードはレイラの頬にかかる髪を耳に掛け、窺うようにじっと見つめてきた。
「もう彼女には会わないよ。会わせる顔がないし。ただ、お嬢さんに会いたいだけ。よく見たらシャーリーと目元がそっくりだから。」
「そう。」
焦点が合わなくなるくらい顔を近付けられ、緋い目がぼやけて見える。なんだか気持ち悪くなって目を伏せた。
「用事が済んだならもう帰って。」
「えー。もう少しお話ししよ。お嬢さんどうせ暇でしょ?」
とんとん、と胸の傷を指でつつかれレイラは顔を顰めた。痛みはないが、ウィラードに触られるのは気に入らない。
「帰って。」
ぐいと目の前にあるウィラードの顔面を押し退ける。
「なに? 先生に勘違いされるの嫌なわけ?」
「?」
ウィラードの言葉の意味が分からず小首を傾げる。
「だって、お嬢さん先生のこと好きでしょ?」
スキデショ? 好き……。
「な、なに、何を言っているの。」
「真っ赤になっちゃって。分かりやすいね。」
分かりやすい? そんな馬鹿な。レイラは感情が表情に表れにくいはずだ。それに今まで誰にも気付かれなかった。
「たまにお嬢さんの様子見に来てたし、先生見てる目がシャーリーがオレを見てた時と同じだしね。」
こいつ、さりげなく惚気ている。
にやにやしているウィラードの顔から目を逸らし、これ見よがしに溜め息を吐く。
「いけないの?」
「へぇ。開き直るんだ。」
「誤魔化したところで意味なんてないもの。」
「そうだね。まあ、お嬢さん無表情だから誰も分からないだろうし、今まで通りで大丈夫だと思うよ。」
どうして、この男に分かってしまったのか。
やはり年の功というやつか。ウィラードが外部の人間でよかった。人間ではなくて妖魔だが。
「で、抱擁以上のことはしてるの?」
「……。」
恋人でもないのにそんなことするわけない。
◇◆◇
その後、散々ウィラードにからかわれて頭に来たレイラが『言葉』を使って追い出すより先に、何故かアルヴィンがやって来た。
「ちょっ! お嬢さん助けて!」
蒼い燐光を放つ鎖にぐるぐる巻きにされたウィラードを見下ろし、緋い瞳と目が合うとすぐに逸らした。
「レイラ、この妖魔に付き纏われているのか?」
「そうみたいです。」
「酷い! あの事ばらすよ。」
「それを言おうとした瞬間、貴方を消すわ。」
それにアルヴィンに言ったところで、彼はすぐに忘れるだろう。興味のないことは三歩歩くと忘れるのだから。
「とりあえず、隣国まで飛ばしておくか。」
ひらひらとアルヴィンが手を振ると、ウィラードの下に蒼い魔方陣が浮かび上がる。
恨めしげにアルヴィンを見上げたウィラードは、レイラに涙目で助けてと訴えてくる。
徐々に体が薄れていくウィラードに無表情のまま手を振った。
『ごめんって! ここまで帰るの大変なんだよ?』
「さようなら。元気でねウィル。」
『……。最短で帰って来てあげるね。』
完全にウィラードの姿が消えると、ようやく部屋が静かになった。
ふと隣のアルヴィンを見上げると、物言いたげにじっ、とレイラを見つめていた。
「レイラに折り入って相談がある。」
「なんでしょうか?」
立ったままでは、とレイラはベッドを勧める。
失礼、と腰を下ろしたアルヴィンは長い間苦悩していたようで、やつれてしまっている。
一体、朴念仁なアルヴィンに何があったのだろう。
冷たい蒼の瞳がレイラを真っ直ぐ見つめる。
「ドリス・フォスターが私のことを好きだと言ってくるのだが、何がしたいのか分からない。私に近付いたところでパーシヴァル家の情報が入るわけでもないのに。」
朴念仁が本領を発揮していた。




