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理の神様と我が儘

まさか、シトリンがシャーロットに無体な真似を強いるほど心を壊しているとは思わなかった。

太陽の神から月の神に仕事が回されたとき、アレンはシトリンを手放した。シャーロットも母親シトリンに付いて行った。

仕事内容は陽気が溜まりすぎて涸れてしまった土地に陰気を注いで元に戻すというもの。

その土地に溜まっていた陽気の量は凄まじく強大で、太陽の神の力では制御できないほどだった。

本当はずっと傍に置いていたかったのに、人形のように表情を失くしたシトリンの姿を見て少し外を見せた方が良いのかもしれないと思った。

外に出て息抜きをすれば、また笑ってくれるようになると信じていた。

それなのに、気付いた時には手遅れだった。

彼女はヒトと恋に落ちて、神籍を咎人に移譲していた。

ただ、ヒトである咎人に力を移すには時間がかかりすぎる。数百年は神の力に浸しておかなければならない。

だからシャーロットに力を移し、彼女に子供を産ませてシャーロットが消えてしまっても己に力が戻らないようにした。

なぜ、それに気付けなかったのだろうか。

あの咎人に力を移せないことなんてすぐに分かったはずなのに。

たまに覗きに行っていた王城で出会った菫色の瞳を持つ少年や少女を、アレンやシャーロットの子孫たちだと信じて疑わなかった。

彼らも『母親』や『父親』の話をアレンにしてくれていた。

だから気付けなかったのだろう。そうやって言い訳したところで意味がないことは分かっている。

結局、この国の最初の王はシトリンを救えなかったのだ。

ヒト風情がシトリンを救えるはずがない。

百年後に会いに行ったとき、彼女は泣いていた。

アレンを見ると更に泣いてしまった。

泣かせたくなかった。

だから、すべてのものからシトリンを守るために魂だけにした。

これで守れる。彼女も泣かないと思った。

なのに、次は声が聴きたくなった。ただの綺麗な石ころになってしまったシトリンの声は聴けなかった。

何年も何年も話し掛け続けた。応えはないまま日々を過ごした。

しばらくして、他の四柱の神からこれ以上仕事をしないのなら別の者に神籍を渡せと言われた。

面倒だった。なにもかも。

その辺りを歩いていたヒトの女を掴まえて子供を産ませ、その子供に神籍を渡した。これが一番手っ取り早く済むからだ。

適当な大きさになった子供に祝福を授け、神籍を移動させた。こうすることでシトリンに近付けるかもしれないと思った。結局、なにも分からないままだった。

ヒトの身体に魂を移しても、シトリンがヒトを愛した意味が分からなかった。何度もヒトに憑依しているうちに魂が摩耗してしまった。

寿命が近付いていることを感じたアレンは、シトリンに肉体を与えて彼女のいる余生を過ごそうとした。

ただ、彼女のような神の魂の容れ物は中々見つからない。

気付いたときには『神の一族』と呼ばれていたシトリンの子孫は数人になっていた。唯一、純血だった王子の娘が紫色の瞳という話があった。

死んだと言われても、紫色の瞳という事はアレンの血を引いている証拠だ。

昔より探知能力が下がってしまっていたが、この国に少なくとも二人は己と同じ気配があるのを感じた。

シトリンの魂を植えるためには、純血であること、同じ性別であること、形が似ているという条件に当て嵌まらなければならない。

この肉体も限界が近付いている。

戻ったところで、本当のアレンの身体はもうあまり動かせない。

アレンが本当に狂ってしまえていたなら、シトリンもシャーロットも己の手の中に閉じ込めておけたのに。

憎しみに満ちた表情を向けられるのに耐えられなかった。

アレンの心は未だにヒトのままだ。

「なぜ、私に神籍を渡したのだろうか。」

数千年も昔に金茶色の長い髪を風に遊ばせながら、死にかけていたアレンの前に現れた理の神。ちょうど良かったと細められた目の色は神秘的な紫色だった。

死に損ないに神籍を押し付けて消えた奔放な女性。

アレンが恋に狂って世界の均衡を壊してしまうことは神の目であれば分かったはずなのに、雑な神様は面倒だからという理由でアレンに神籍を持たせてしまった。

結局、世界は神様の我が儘で動いているのだ。

こんなことなら、最初からシトリンの手を離さなければ良かった。我が儘を通しておけば良かったのだ。


◇◆◇


「あと四回死にかけても大丈夫ってことですか?」

「なんでそうなるんだ……。やめてくれ頼むから。」

学院の自室に戻ってからシリルに、意識を失っていた間の出来事を教えてもらった。

レイラの面倒事に、毎回神様が絡むのは気のせいだろうか。神様の事情で殺されかけ、神様に助けてもらう。

その上、子供にファーストキスを奪われてしまうという、なんともやるせない出来事もあった。子供のやった事といえど許せない。今度会ったらただではおかない。

いっそ、医療行為もカウントしてしまおうか。

いつかは冷めてしまう恋心だとしても、今の想い人との方が何倍も良い。

する必要のない蘇生をしたシリル。反動から目が覚めてレイラは驚愕した。己の口にシリルの口があったからだ。心肺停止していればそうするのが当たり前なのだが、伝え忘れたことを少し後悔した。メリルが伝えてくれていると思っていたから。

一年も前の出来事を思い出してしまい恥ずかしくなる。

まだ鮮明に覚えている時点で、レイラはその頃からシリルを意識していたのだと、改めて思い知らされる。

「いいか? 今回は神様がいたから良かったものの、普通なら死んでたんだ。それに俺の祝福は太陽だけらしいから、もう助けられない。」

肩に手を置かれ、シリルは真剣な表情で説いているが顔が近い。距離を取るためにソファーの端まで寄っていたのに、シリルが寄ってきては意味がない。

端正な顔は心臓に悪い。赤く染まる頬をうつむいて隠す。

橄欖石ペリドットのように透き通った黄緑色の瞳は太陽の祝福を持つ証だという。太陽のように明るい笑顔を見せるシリルにぴったりな祝福だ。

「先生が死にかけても助けられますか?」

「ひとつの祝福だったら人間と変わらないらしい。レイラは馬鹿みたいな数の祝福を持ってるから何とかなった、って妖魔ウィラード・シャルレが言ってた。」

馬鹿みたいな数か。神様に好かれても意味がないのだが。一番、好かれたい目の前の人はレイラの気持ちも知らずに良かったな、とほざいている。

死ぬのは嫌だ。刺されたあとに視た世界は始まって終わってを繰り返していた。あんなに昏くて儚い世界は嫌だ。

「今の私には太陽の祝福しか無いんですよね?」

「らしいな。他のは少しの恩恵しか受けられていないみたいだ。」

「それでも、総合科に入れたんですよね。」

レイラの身体能力は神の恩恵によるものだ。やけに足が速いのも、重いはずの剣を軽々と振るえるのも祝福があったからなのだろう。

すべての祝福を受けた時、レイラの身体能力はどうなるのだろう。少ししか受けられていない頃でも身体能力は高かった。太陽の祝福が戻った今、レイラの身体はどうなっているのだろうか。レイラはズルをしている。

「それは姉さんもだからな。」

「ミラさんは先生のお姉さんですから強いのも分かります。でも、私の兄はそこまで強くないです。」

「ノアさんの方は知らないが、ウォーレンさんの方は強かったけどな。」

「え……。そうなんですか?」

「まさか、知らないのか?」

「初めて知りました。ウォーレン兄様は剣を使えないと言っていたので……。」

教えてくれても良いだろうに。それにレイラが視たことがないという事は、身に付ける物を徹底的に替えていたということだ。何のためにそこまで隠したのだろう。まだ壁を作られていたのか。

ウォーレンが前妻の息子だとしても、レイラもノアもキャロルだって『兄』だと思っているのだ。

「お兄さんにも事情があったんだろう。気にするな。」

抱き寄せられ、慰めるように頭を優しく撫でられる。

強張っていた身体をシリルの胸に預ける。

「その事情ってなんですか?」

「……。俺には分からないな。」

「そうですよね。すいません。変なこと聞いて。」

溜め息を吐いてシリルの体から離れようとする。

しかし、いつの間にやら腰に絡みついていた腕がそれを許さない。仕方なくシリルに身を預ける。

「名前を呼んでくれないか? もう馴れた頃だろ?」

「……。」

意識している相手の名前を簡単に呼べるほど、精神が強靭なわけではないのだ。逆にシリルがレイラの名前を呼んでいるというのは、まったく意識されていないのをまざまざと突き付けられた気分になる。それでも名を呼んでもらえるのは嬉しいから複雑なところだ。

「良いルームメイトになれると思うんだが。」

「……。ルームメイト。」

そうか、シリルにとってレイラはただのルームメイトなのか。ただでさえ脆い心が砕けそうだ。ついさっき穴をあけたばかりなのに。

「レイラ。」

名を呼ばれて振り返ろうとして、横腹をシリルに弄られる。薄い布地の寝間着では硬い手の平が滑る感触が伝わりやすくて変な気分になる。徐々に己の頬が赤く染まっていくのが分かった。

「な、なんですか?」

「脇の下くすぐっても、反応鈍いよな。」

不満そうに言われても、異性の脇腹を顔色ひとつ変えずに弄るシリルの方がおかしい。

脇腹の感覚が鈍くてよかった。

驚いて変な声を出しそうになったが、くすぐったくて出る声は、どうしても己のものとは思えなくて恥ずかしくなるのだ。

昔のことをレイラが悶々と考えていると、ふ、と首筋に吐息を感じる。

いつも通りといえばそうなのだが、今日もシリルは首の傷痕に唇を寄せてくる。そんなに気にしなくても既に傷は痛まないのに。

首筋から唇が頬へと移り、次に耳へと口付けが落とされる。

「あっ……や………。」

「耳はやっぱり弱いんだな。」

くすくす、と笑うシリルを恨みがましい目で見つめる。

そう、脇腹はくすぐられても平気だ。

だが耳だけはくすぐったくなるのだ。たまに首筋でも、耳のようにぞくぞくとする事がある。

「怒りますよ。……シリル。」

もういい。この人は何がなんでも、どんな手を使ってもレイラが名前を言うまで変なことをしてくるだろう。

「次に先生って呼んだら、服でも見に行くか。」

「もう言いません。」

着せ替え人形にされるのはごめんだ。疲れる。

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