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把握できない状況と決着

目を開けるとまず蜂蜜色の髪が目に入った。

怠い身体を動かし地面から起き上がると血塗れの腹の上にシリルは頭を載せていた。というより寝ていた。

「良かったですわ。」

ほっとしたように隣にしゃがんでいたエリシアが言う。

そういえば刺されていたのだった。慌てて胸の傷を確認しようとして、見覚えのある上着が掛けられているのに気づく。シリルの服を汚してしまった。起きたら謝らなければ。

胸の傷に触れると柔い肉が剥き出しになっていたが、血は止まっていた。完全に治ってはいないが、ここまで塞がっているなら問題ないだろう。

(ジョシュア・オーガスト……。)

彼はレイラを刺したあとに剣をぐりっと一回転させた。どんな嫌がらせだ。

一体、何のために身体の中心を刺したのだろう。

痛かった。痛すぎて何も分からなくなるくらいに。

「すいません先輩……。」

あの小生意気なクライヴが悄然と項垂れている。

「私が油断したから刺されたの。気にしないで。」

白い子供の気配を感じなかった。挙げ句に後ろに迫るジョシュアの気配にも気付けずに刺されてしまったのだ。なんて間抜けなのだろう。

「今度は必ず守ります。」

「ええ、その時はお願いするわ。」

すっかりメリルの教育によって真っ当な人間になったクライヴはレイラの腹に突っ伏しているシリルを無造作に地面へ転がすと、片膝をついてレイラの手をとった。

「……。あの?」

恭しく手の甲に口付けを落としたクライヴは、動揺するレイラをよそに何事もなかったかのようにメリルの元に歩いて行った。

「あの方、貴女が刺されて相当落ち込んでいましたわ。」

「それは……。私も油断していたからでクライヴが落ち込む必要は……。」

「神や悪魔なんていう存在の下ではわたくし達ヒトはちっぽけなものですわ。圧倒されても致し方ないというものでしてよ。」

その言葉からエリシアが何かそれに関するものを知っていることが分かった。ジョシュアは『リリス・シトリン』という純血に拘っていた。意識を失っている間にペラペラとよく回る口で喋ったのだろう。余計なことを一般人であるエリシアに聴かせるなんてどんな神経をしているのだろうか。

「う。」

呻くような声が隣で上がり、むくりとシリルが身を起こした。

夢だと思っていたからこそ出来た諸々の記憶が甦る。

頼まれてもいないのに名前を呼んで、その上告白までしようとしてしまった。若さというのは恐ろしいものだ。無意識に甘えようとしてしまう。

「お兄様おはようございます。」

「ん? ああ。おはようエリシア。」

朝でもないのにシリルは寝惚けるのか。

「彼女は生きていましてよ。良かったですわね。」

ばっ、と勢いよく振り返ったシリルの様子に驚き仰け反る。が、腰に回された腕に引き寄せられる。すっかり抱き込まれたレイラはどくどくと煩い心臓の音を聴きながら身体を縮こまらせる。

「良かった。本当に……。」

存在を確かめるように背中を撫でられ、ぞくりとする。身体中に広がる妙な感覚から逃げる為に身を捩る。

(痛い。でもこれよりはましだわ。)

胸が痛い。恋患いとかではなく傷口が痛い。

それなのに、離れようとしてもシリルが離してくれない。

「痛いです。」

「あ、悪い……。怪我してたのにな。」

実際はそんなに痛いわけでもないのだが、人前、それもエリシアの前で抱き締められるのは罪悪感で押し潰されそうだ。情に厚いシリルなら誰でも抱き締めたりするのだろうが、この場では困る。

勿論、レイラも抱き締めてもらえるならどんな理由でも嬉しい。それはシリルだからだろう。

考えているだけで恥ずかしくなってきた。

赤く染まる頬を隠すように両手で覆い隠す。

不意に視線を感じて顔を上げると屋根の上にウィラードが居た。レイラと目が合うとにこりと笑って手を振ってきた。相変わらずの胡散臭さだ。

唇の動きだけで「良かった」と告げ身を翻した。

が、レイラの視線の先を辿ったメリルはそれを許さなかった。

「待ちなよ。『ウィラード・シャルレ』?」

一瞬で屋根の上に飛び上がったメリルに首根っこを引っ掴まれたウィラードは強張った表情を浮かべた。

「いや、ごめんって。でもオレにも用事ってものが……。」

「シャーロットって誰?」

胸ぐらを掴み上げ、鋭い眼光でウィラードを睨み付けている。これが修羅場というものなのか。

「えっと……。それはあのですね。」

「私を二千年近く放置しといて、よそに女作るなんてあんた何様?」

話し方がいつもより粗雑になっている。これがメリルの素だったのだろう。普段の大人の余裕のようなものが消えている。

「二千年? オレは千五百年前くらいだけど……。」

「そんなことはどうでもいい。健気にあんたを待ってたあたしを何千年も放置してたのが問題だから。」

メリルの迫力に圧され、たじたじになっている。

これは見物だ。いつもウィラードの余裕綽々な態度が気に食わなかった。その彼が狼狽えているのをみるのは楽しい。

「だって最期に『愛してた』って過去形だった。」

「そ、それはそうだけど。こんなことになるなんて思わないでしょ普通。」

「勿論、奏のことは今でも好きだよ。でも今はシャーロットの方が好きなだけで。」

これはまずい、とレイラが思ったところでメリルの笑みが深められる。笑顔だが、瞳だけは怒りに燃えている。

「何それ。あたしは過去の女ってこと?」

「その、そういうことになるのかな?」

「最っ低。」

ばちーんとメリルの張り手がウィラードの頬に飛んだ。屋根の上から転がり落ちたウィラードを冷めた目で見つめ、汚いものを触ったとばかりに手を叩いている。

「帰るよバートレット君。」

すたっと地面に着地したメリルは落ちているウィラードを踏みつけてからクライヴに笑いかけた。

「あれは何だ……デスカ?」

ぼろ雑巾のように打ち捨てられたウィラードを指差すクライヴの手を握りこみ、表情を消した。

「取って付けた敬語は要らない。あれは過去の過ちだ。私の人生で唯一の汚点だ。だが、私と彼の間にあるものは今切れた。気にしないでくれ。」

いつものように食えない笑みを浮かべて喋るメリルをクライヴは怯えたように見つめている。

「これで今年一年の厄が落ちたよ。」

「はあ。そうですか。」

戸惑っているクライヴに哀れみの視線を向ける。

この様子では学院まで延々とメリルのウィラードへ向けた恨みつらみを聴かされるだろう。

「痛い。」

頬を押さえながらウィラードが上体を起こす。

「当たり前だ。あの理事長の想いを踏みにじったんだからな。」

愉しくて堪らないという表情をしているシリルは手で口元を押さえて震えている。

それをじとっと睨み付けたウィラードはぶつぶつと文句を言いながら立ち上がった。

「どうやってお嬢さん助けたの? オレが魔法使いのところまで行った意味ないよね。」

酷い目にあった、と首についた痣を見せている。

また、アルヴィンの光る鎖に巻かれたのだろうか。

「神様が来て治していった。」

「誰? 始まりの神様?」

「太陽の神だと言っていた。」

「嘘でしょ? 人の気持ちが分からない神様らしい神様って聞いてたんだけど。ああ、初めて先生を見た時にもしかしてとは思ったんだけど、先生のお願いなら聞いてくれるんだね。」

勝手に自己完結してしまった。レイラはその話を聞きたかったのだが。

「その実感が湧かないんだが。」

「実感も何も、ひとつの祝福なら精々身体強化くらいしか出来ないよ。お嬢さんの場合、力が溜まりすぎてたんだろう。でないと心臓の修復なんて化け物じみた真似、神様だって出来ないよ。」

神様の力で心臓の修復をしてもらったのか。道理で綺麗に塞がっていたはずだ。胸の傷に触れてみる。

「姉も瞳の色が同じで化け物みたいに強いんだが、それは祝福でか?」

「だろうね。元からの素質もあるだろうけど。」

がっくりと肩を落としたシリルをエリシアは呆れた目で見ている。シリルは姉ミラに苦手意識を持っていた。苦手意識というより、恐怖のようだったが。

「じゃあ、ヴィンセントはなんで瞳の色が紫なんだ?」

「最初の祝福が理の神様だったから。お嬢さんの場合、理の神からじゃなくて母親から受け継がれたものだろうね。器は強くなければならないから。」

何の話をしているのだろう。話についていけない。

後で詳しく聞いてみよう。そもそも、なぜシリルとウィラードがこの場に居たのかもわからない。メリルにいたっては理事長室の外に出ていることが信じられない。一体、レイラが寝ている間に何があったのだろう。

それに、祝福とやらでレイラが助かったのは分かったが、シリルにも同じものがあるらしい。

(私だけがおかしいのかと思っていたけれど、先生もおかしかったのね。)

そんなシリルだからこそ、レイラに付き合っていられたのだろう。

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