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太陽の祝福と出来心

「ねぇ、フィンドレイ。」

神妙な顔をしたメリルがシリルを呼んだ。

指先から滴り落ちる血から目を逸らさずに応える。

「どうしました。理事長。」

「よく考えたら、今の私じゃ無理だったよ。」

手から短剣を放り投げながらの言葉に、耳を疑った。

「は!?」

「今の私はただの人間だからね。道を繋げない。」

繋げない? 繋げなくなったらレイラはどうなる。

他の方法といっても、シトリンが居なくなった以上なにもできない。

抱き締めたレイラの身体はまだ温かい。

「どうすれば……。」

「多分、私の力はアドルフに流れたはずだ。ヴィンセント君に流れたとしても封じがあるなら入れない。だから、調整の力を持ったアドルフなら繋げられるかもしれない。」

レイラと同じ力を持つアドルフ。しかし、居場所が分からない。彼は全国各地を王に言われるがままひたすら飛び回っている。

「彼ならしばらく王都にいるって。でも王都まで運ぶとなると、さすがにお嬢さんが保たないね。」

呼吸もなく、心臓は壊れている。王都はトリフェーンから一番遠い場所だ。アドルフなら飛んで来れるが、この場にいるのは人間四人に妖魔が一人。誰も助ける力を持たない。

血を失って蒼白になったレイラの頬を撫でる。

「あ、そうだ魔法使いなら王都まで一瞬で行けるよ。別にオレが呼んできても良いけど、瞬間移動はできないんだよね。」

瞬間移動なんてお伽噺のようなことが出来るのか。

蒼い瞳の生徒の顔が頭に浮かぶ。どうやって夜に学院の外に行っていたのか不思議だったが、そんな便利な魔法を使っていたのか。

それなら傷も塞げそうなものだが、死んだのと変わらないレイラの状態では無理なのだろう。助けられる方法はどれも『神』の力が必要だった。『魔』法は正反対にありそうなものだ。

「それなら、さっさとアドルフのところに行かせろ!」

文字通りメリルに尻を蹴飛ばされたウィラードは、ぶつぶつ文句を言いながらも霧になって流れていった。

「お兄様!」

危険なもの《ウィラード》が消えてから、エリシアが駆け寄ってきた。顔は青ざめ、身体は震えている。

男爵令嬢であるエリシアは荒事と無縁な生活をしていた。学院に入ってからも情報科で血を見る機会なんて滅多にない。

それに目の前で人が刺されて冷静な人間はいない。

「エリシア。」

ぱっと見たところ怪我はないようだ。良かった。

「先程の話……。わたくしが聴いても良かったのですの?」

シリルの胸に力なく凭れかかっているレイラを痛々しい表情で見つめながらエリシアは言った。

「他の奴に言わなければいいんじゃないか?」

目の前であれだけの話をされて冷静なところはエリシアらしいが、動揺しているのだろう、表情が作れていない。レイラを見る目に怖れが混じっている。

神やら妖魔という非現実的な登場人物に囲まれているレイラ。ヒトではないという彼女に怯えてしまうのも仕方ない事だ。

シリルもレイラが手の届かない『何か』になってしまいそうで怖い。

「そう、ですわね。たとえそれを言ったところで信じてもらえないでしょうから。」

「だろうな。」

レイラに神の血が流れているといっても、見た目は整った顔立ちの少女だ。確かに神のように美しいが、他人からすれば顔立ちを褒めているようにしか聞こえない。

「クライヴ。そんなに落ち込まないでいい。」

「そういうのは先輩が助かってから言ってください。」

暗い顔をしたクライヴの肩を抱きメリルが言葉をかけている。彼は殺すことは得意でも守ることは苦手だ。それを直すためにメリルが学院に入れた。

まだ入ったばかりで守り方を知らないのに、仕事で傍に居られないシリルの代わりにレイラを守っていた。

悔しかったのだろう。唇を噛んでレイラを見つめている。

「なにが起こった? メリル。」

突然、聴いたことのない声が空から降ってきた。

「珍しいこともあるね。貴方が降りてくるなんて。」

メリルの横に降り立った金髪の男は長い髪をひとつに結んでおり、細身の身体は声を聴かなければ女性のようにも見える。

「君から力が動いてバランスがおかしくなった。」

「アレンが彼女に手を出したせいで、私から力が抜けてどこかに行ったよ。」

「あいつか。また面倒事を起こしやがって。」

ふう、と溜め息を吐いた男はシリルの腕に抱かれているレイラを見て、次にシリルを見た。次に視線をエリシアに移そうとして、もう一度シリルを見てから目を見開いた。

口をぱくぱくと開閉してシリルを指す指は震えている。

「き、君どうしてここに? 学院の先生してたよな。仕事は?」

「どちら様ですか?」

彼はシリルを知っているようだが、見覚えがない。

強いて上げるとすれば黄緑色の瞳が姉のようでつい背筋が伸びる事だろうか。姉に関する記憶は思い出したくもないものばかりだ。

「彼はペリドート。フィンドレイの祝福は彼のものだよ。」

「なるほど、俺の先祖に一目惚れしたっていう神様ですか。」

「メリル! 言ったのか!?」

耳まで赤くなってメリルに詰め寄っているペリドートはシリルを指差しながら、彼女に見られているようで恥ずかしいからやめてくれと言っている。

神様も惚れた相手には弱いのだなと思いながら、レイラを見て思い出した。神の力が必要なら今目の前に降りている。

「あの、レイラを助けて貰えませんか?」

「え、ああ。別に良いけど。」

ペリドートはしどろもどろになりながらシリルと視線を合わせずに答える。初めて真面目そうな神様がいたと思ったが、動きがただの不審者だ。神様は変なのしかいないらしい。

「血は染み込んでるみたいだな。」

「たっぷりとね。ついついざっくり切ったから。」

聞き捨てならない言葉を聞いた。通りで傷が深いと思った。悪びれる様子もないメリルを睨めつける。

「ごめんって、だって血を見るとつい興奮しないか?」

血を見て興奮するわけがない。そんな恍惚とした表情をされても怖いだけだ。

シリルの隣にしゃがんだペリドートはレイラの胸に手を翳し瞳を閉じた。

「まずいな。どうしよう。」

ちら、とシリルを一瞥したペリドートは困った表情を浮かべ唸っている。一体なにがまずいのか。

レイラを抱く腕に力を込める。もしレイラが死ぬかもしれない何かがあるのなら教えてほしい。まずいな、だけでは分からない。じっとペリドートを見つめていると、なにかを決心したような表情でシリルを見返してきた。

「じゃあ、始める。」

「あの、俺に出来ることはありませんか?」

この人に任せておくのが不安になってきた。

「あ、えっと。そうだな、繋いだあとは君でも大丈夫だ。俺は壊れた仕切りを直しておこう。分担した方が負担が少ない。俺の。」

頑なにシリルと視線を合わせようとしないペリドートはもう一度レイラの胸に手を翳した。彼の手の甲に奇妙な紋様が浮かび上がったところで、はっとする。シリルは何をどうすればいいのだろう。

「何をすれば?」

「庭園にいる彼女に帰ろう、とでも言えばいい。そうすれば勝手に繋いだ道を辿って戻れる。彼女も親しい君の方が良いだろう。あまり力を使えないから早めにしてくれ。」

シリルに慣れてきたのか、声に動揺が見られなくなった。

紋様から光が溢れ強い目眩と吐き気に襲われる。

ぐらりと身体が傾ぐのが分かるが、力が入らない。

酷い吐き気が治まった頃、ようやく辺りの景色が変わったのに気付いた。見慣れたトリフェーンの街並みは青い薔薇の庭園に変わっていた。

一際、優雅に咲き誇っている薔薇の前でレイラは蹲っていた。怯えたように身体を縮こまらせている姿は庇護欲を駆り立てられる。

「帰るぞレイラ。」

ペリドートに言われた通りの言葉を伝える。

びくん、と肩を跳ねさせたレイラは恐る恐るといった様子で振り返り、シリルの姿を認めると目を見張った。紫水晶アメジストの瞳を潤ませぽつりと呟いた。

「どうして?」

「早く来い。時間がない。」

呆然とシリルを見上げているレイラに手を差し伸べる。

重ねられた白く細い手を壊れないように大切に引き寄せる。ふわりとシリルの腕の中に閉じ込めようやく一息ついた。

「良かった。やっぱり本物の方が可愛いな。」

意識して耳元で喋る。くすぐったそうに身体を震わせたレイラはシリルの胸に頬を擦り寄せ、シリルがどきりとするくらい甘い声で中々呼んでくれないシリルの名を呼んだ。

「シリル……。」

「ん? どうした?」

動揺を押し殺し、努めて冷静に振る舞う。

「私が別のなにかになってもこうしてくれるの?」

素で喋っている。頼んでも素で話してくれないのに。

普段、距離を感じる話し方のレイラに親しげに話され耳くらいは赤くなっているかもしれない。小さな手はシリルの服をぎゅっと握りこんでいる。

「当たり前だ。じゃないと俺が寂しくて死ぬ。」

「そう、私も……。その。」

頬を赤く染めているレイラは林檎のようだとシリルは思う。

食べたらどんな味がするのだろう。とても甘いのだろうか。それとも酸っぱいのか。もしかすると毒林檎かもしれない。

じっと俯いているレイラを見つめる。

レイラならこのまま何日でも見ていられそうだ。

「あの……。私!」

魅入られていたシリルは突然顔を上げたレイラに危うく頭突きをかまされるところだった。危なかった、と思いながらも近くにあるレイラの顔を見つめる。

驚いたレイラの顔は珍しい。じろじろと不躾に眺める。

その視線に耐えられなくなったのかレイラは目を伏せてしまった。長い睫毛や、噛み心地のいい耳朶を見ていると、桃色の唇に目が止まった。

吸い寄せられるようにして顔を近付け微かに唇に感触を感じた瞬間、慌てて離れた。

「?」

不思議そうにシリルを見つめてくるレイラに罪悪感が湧く。出来心といえば出来心だが、中途半端な想いで動いたわけではない。

と言い訳してみるが、結局勝手に触れてしまったことに変わりはない。いくらレイラを想っていて、レイラがシリルを意識している様でも駄目なことは駄目だ。

「……。帰るか。」

恐らくレイラはこれを夢か何かだと思っているに違いない。でなければシリルの名を自分から呼ぶこともしてくれないのだから。

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