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異常と憐れな子供

緑玉髄クリソプレーズの瞳は見つめる。

鏡面に映る未来の画。ゆらゆらと揺れるその画には左右の色の違う瞳をした女性が無表情に空を見つめていた。二つの色で違うものを視ている女性はある言葉を紡いで微笑んだ。

その表情に救われた。そっと緑玉髄クリソプレーズの瞳を閉じる。

この画のために命を削って、彼女と同じモノになった。

赦してもらわなければ、何も言えないまま消えるだけだ。そんなのは嫌だ。

ああ、でも。一番ほしいものは赦しではなくて。

一番ほしいもの彼女の心だ。

胸に下げた小袋を右手で握る。

あと少し、次の満月の夜にしよう。

彼女の力が増す満月にしよう。

よくやく会えるのだ。

彼女の力に耐えうる可能性がある唯一の生き残り。彼女と理を操る血を引いた女。

数多の神の祝福を受け、ヒトでなくなった憐れなモノ。

五柱の神は本当に碌でもないことをする。己を含めて。

ヒトとしての自我があるということは使われなかったのだろう。

それなら、遠慮なく使わせてもらおう。


◇◆◇


最近、シリルは過保護だ。

首の傷の痛みも無くなり傷口は新しい皮膚が盛り上がって、綺麗にとは言い難いが傷は塞がった。

妖魔に傷付けられた場合、ほとんどの人の傷口は腐るらしい。

専門の魔術師か魔法使いに早めに診てもらわなければ大体が命を落とす。稀に何とか命だけは取り留めた人もいるそうだが、身体の多くを失い一人では生きていけない。

レイラは神の血があるから腐らなかったのだろうとアルヴィンは言っていた。今度は必ず傷を付けられたらすぐに診せろと怒られたが。

それなのにシリルは傷痕を見るたびに顔を曇らせる。

レイラがいくら痛くないと言っても、シリルが痛そうな顔をして傷痕に触れてくる。

四六時中そんな顔をされると、レイラの気が滅入るからやめて欲しい。

嫁入り前なのに、とも言われた。腹立たしい。

首の傷より、昔に負った背中の傷痕の方が余程醜い。

とシリルに言ったが最後、それなら見せろと言われそうなので絶対に言わないが、傷痕くらいで嫁に行けなくなるなどと決め付けられるのは不愉快だ。シリルに言われると更に不愉快になる。

報われない想いを抱いた女の最後など醜いものだ。

だから、シリルの前でくらい最後まで綺麗なままでいたい。傷痕が醜いのは仕方がないが、シリルはそんなことは気にしないのだろう。平気で傷痕に口付けてくる。

シリルはキスが好きなのだろう。一日に一回は必ず頬か額に口付けを落として行く。

それかレイラの挙動不審ぶりが愉しくて堪らないのかもしれない。

今も、ハロルドの屋敷に向かう道で人の居なくなった隙にシリルと繋いでいた手に口付けられた。傷を負う前は意地悪っぽく笑ってからかいの言葉の一つや二つ掛けてきたが、最近は赤面するレイラに優しく微笑むようになった。まるでレイラを慈しんでいるような瞳で。

そういうのは変な期待をしてしまうから、以前のように、未だに男に馴れていないな、とからかって欲しい。

となると、シリルは過保護というより変だ。街では手を繋いで歩いたり、毎夜レイラが眠るまで頭を撫でてきたりとレイラの心臓が落ち着かない。

(もしかして……。なんて考えては駄目だわ。)

シリルの中の『妹』の基準が謎だ。

ちらとシリルの横顔を前髪の隙間から盗み見る。

相変わらず綺麗な顔をしている。

蜂蜜色の髪は陽光に照らされ金色に輝き、橄欖石ペリドットの瞳は若葉のように瑞々しく宝石のようにきらきらとしている。

「どうした?」

穴が開きそうなほど見つめていると、身体を折ったシリルが顔を覗き込んできた。至近距離にある橄欖石ペリドットの瞳に息を止める。

本当にシリルは変だ。前から変だとは思っていたが、もっとおかしくなっている。

冷静に考えれば、首や鎖骨に口付けるのはいくら兄妹でもしない事だ。それがシリルの常識なのだろうと片付けていたが、そんな常識は有り得ないだろう。ロードナイトとジェイドでも同じシトリアであるのなら、その辺りの倫理観は変わらないはずだ。

悶々とシリルの奇行について思い返している内にベレスフォード邸に到着し、シリルと別れた。

護衛が多いハロルドの傍ならレイラも安全だろうと判断したのだろう。街に出るならシリルが居なければ駄目だが、この屋敷の中なら妖魔といえど簡単に手出しできない。

「お久しぶりです。ハロルド。」

「来るのが遅い。」

不貞腐れたように机に顎を乗せているハロルドの姿に思わずくすりと笑う。特別授業が終わってからレイラの都合が合わず、手紙でのやり取りしか出来ていなかった。

「最近、忙しくて。ごめんなさい。」

「そんなに忙しいなら手紙も別に返さなくて良かったんだ。」

「寂しがるかなと思ったの。」

「べ、別に大丈夫だ。」

ふかふかのソファーに腰を下ろし柔らかな手触りを確かめるように撫でる。ハロルドの顔はしばらく見ぬ間に大人っぽくなった。この年頃の少年は成長が早い。近い内にレイラの身長も抜かされるだろう。

「そうね。私が寂しいだけだわ。」

「ふ~ん。なら仕方ないな。」

相変わらず口癖は変わらないが、そのあとに言葉を付けるようになった。進歩だ。

メリル学院であった珍事件や、ハロルドの友人の失恋話など、色んなことをハロルドと話した。

日が傾きはじめレイラは帰る準備を始めた。出されたお茶を飲み干し、ソファーに掛けていた上着を羽織る。その時、何かを思い出したようにハロルドが口を開いた。

「そういえば、街に出たとき変な奴等がいたな。」

「そうなの?」

「子供の横に大人がくっついて世話を焼いてた。」

大人が子供の世話を焼くのは当たり前では無かろうか。

「当たり前のことではないの?」

「十才くらいの子供をあなた様とか呼んでて気味が悪かった。新興宗教かもな、子供を祀り上げた。」

「怖いわね。」

「お前も気を付けろよ。その眼の色珍しいから、生け贄にって攫われるかもしれないし。」

昔はそんな馬鹿げた理由で攫われていたが、今は剣がある。よほど腕のある者でなければ大丈夫だろうとサンドラーに太鼓判を押されている。

「心配無用よ。倒すから。」

「俺は剣も強くないし、あんまり助けにはなれないけど。でも、何かあれば相談くらいには乗ってやる。」

手紙でも優しいハロルドだが、本物はもっと優しい。暖かな気持ちになり、頬を緩めた。生まれてこの方、裕福な貴族で優しい人を見たことがなかった。

「ありがとう。ハロルドは優しいわ。相談に乗ってもらえるだけで十分よ。」

「ふ~ん。でも、もう少し強くなるからな。」

最近、剣の鍛練に力を入れているらしく筋肉も付いてきている。元から剣の鍛練はあったが、やる気が出ない、とまともに練習をしていなかったとか。

確かに護衛の数が尋常じゃないハロルドならハロルド自身が強くならなくても良さそうだ。

「今度、手合わせでもしましょうか?」

「負けるから嫌だ。」

「私はしたいわ。」

「……。たまになら別に。」

ハロルドは押しに弱い。いつか誰かに付け入れられそうで心配だ。将来、悪女に手玉に取られたら助けなければ。大事な友人が堕ちていく姿など見ていられない。

「楽しみね。」

「お前だけがな。」


◇◆◇


「ねぇ、アリア。君は何を視ているの?」

金茶色の髪を梳きながら、ルークは愛しい妻の名を呼んだ。

『何も視えないわ。この身体は弱いもの。』

「貴女には訊いていない。」

射殺すような視線で『愛しい妻』を見る。

ぼんやりとしていたアリアはルークの言葉にくすりと笑い、妖艶な笑みを浮かべ金茶色の髪を掻き上げた。

『死者に語りかけたところで意味などないさ。目を覚ませシトリンの末裔よ。』

「奇跡を信じたって良いでしょ?」

『そうだな、可能性は限りなくゼロだが奇跡が起こってアリアが戻ったとする。しかし、彼女の願いは叶わない。それをアリアが許すと思うか?』

「僕が巫女の血筋ならよかったのに。」

『神子の血筋だけでは救えないのだがね。ただ、シトリンの組み立てた予定通りに世界が動いているだけさ。自分の後始末をさせるなんて彼女らしい杜撰な計画だ。』

ふふ、と嗤ったアリアはルークの唇に人指し指を当て愉しそうに笑う。

『薄まりすぎた血は毒にしかならないものだね。シトリンの憐れな子供達はこんな終わりがあると知っていたかね。まあ、未来なんて純血のシャーロットしか視れなかっただろうけど。』

暗い金色の髪に紫色の瞳の娘。なんて憐れな子供。

可哀想に恋に狂った女の所為で、すべてを奪われるのだから。

『あの娘は憐れな人形だ。いつかすべてを失くすだろう。』

血が滴り落ちるほど、強く強く拳を握り込んでいるルークを嘲笑い。アリアは唄う。

この世界に在る全ての神様の祝福を受けた王の歌を。

ひとりぼっちになった人間の歌を。

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