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身体の異変と従兄の王子

薔薇の芳香が鼻孔をくすぐる。夢の中のはずなのに五感が働いている不思議な世界。そこにレイラの意識はあった。

石畳の上でぼんやりと青薔薇の世界を眺める。

首には鈍い痛み。夢の世界では首に触れても傷口はなかったが、痛みはあるようだ。痛みのある場所を手で押さえる。

今日は人通りの多い道だからと油断していた。いくら動揺するような事をシリルにされたり言われたとしても、外では気を張っていなければならなかったのに。

レイラはシリルの質問に答えようと、必死に思考を働かせている時に妖魔に連れ去られた。上位の妖魔と思われる男は視線だけでレイラの身体の力を奪い路地裏まで連れて行った。さすがに危険を感じたレイラが『言葉』の力を使おうと口を開けば、口の中に手を入れてきた。思いきり噛み付いても、妖魔は動揺することもなく、口の中に血の味が広がり、気持ち悪さが増しただけだった。

男はレイラの首に噛みつき、多くの血を奪った。

拘束が外れ、地面に頽れたレイラは抱き上げたシリルの腕の中にほっとして意識を失ってしまったが、シリルに学院まで連れて帰ってもらえるだろう。病院に連れて行かれたかもしれないが。

シリルには悪いことをした。ごめん、というシリルの言葉が朦朧とする意識の中で聴こえた。彼が謝る必要などないのに。あの時、シリルの手を離さなければレイラが連れ去られることなどなかっただろう。連れ去られそうになったとしても、手を繋いでいる以上は異変に気づかない筈がない。

後ろに人の気配を感じ、溜め息を吐きそうになる。

いつも、抽象的なよく分からない言葉ばかり使う少女にレイラもいい加減、疲れていた。

「ねぇ、どうして呼ばなかったの?」

白金色の髪のレイラによく似た少女が声をかけた。

「なにを呼ぶの?」

「私を、そして全ての力を。貴女が願えば彼女の封じなんてすぐに破れたのに。」

金髪の少女は忌々しそうに青薔薇の庭園を睨み付ける。

「封じってなに?」

「―――。」

少女の声は聞こえる。それなのに言葉が聞き取れない。

「聞こえないわ。どうしたの?」

「そう、まだ解けていないみたいね。」

その言葉を最後に少女の姿は消え、青い薔薇園も消えた。

教える気がないなら、最初から現れないでほしい。最近は幸せな夢ばかり見ているようなのに、たまに現れる金髪の少女の所為でよく眠れない日もある。

よく眠れない日は、なにか得体のしれない恐ろしいものを覗いたような、手招きされたような。そんな奇妙な感覚がする。そんな日は決まって、目が覚めたときに身体が震えている。身体の中に自分以外の何かが交ざっているような感覚。

いつから、レイラの身体は変わってしまったのだろう。

最近では、物に触れなくても視たいと思った物は視られるようになった。多少、色が分かりづらいが。

急に力が強まることなどあるのだろうか。

今度、アドルフに聞いてみよう。


◇◆◇


今すぐ目の前の男の顔を引っ叩きたい衝動を堪えながら、ウォーレンは口を開いた。

「どうしてお前が、トリフェーンなんかに来ているんだ。政務はどうした? 王都に帰れ。」

「別に良いだろう? 僕だってね寂しくなるときだってあるさ。」

柔和な笑みを浮かべている銀髪の男。ジェフリー・アーネスト・シトリンは、夜勤明けで疲れて寝ていたウォーレンの部屋に勝手に上がり込んでいた。

挙げ句に夜になれば、腹が空いたとウォーレンを街に引きずり出した。

ゆっくり休んで明日のレイラとの約束に万全の体調で会いたかったのに。許せない。

それに、この男とレイラの接触は避けたかった。

ジェフリーはかなりの面食いだ。王都にいたときも、美女ばかりをとっかえひっかえしていたのを呆れながら見ていた。

今すぐトリフェーンから追い出さなければ。

「嘘つくな。何しに来た?」

「君の、いや伯父上の宝を見に。」

ジェフリーの伯父。それはルーク・シトリン。

つまりはレイラの血の繋がった本当の父親だ。

「なんのことだ?」

「しらばっくれても無駄だよ。僕だって、きちんと調べてからここに来たんだから。」

人の妹を勝手に調べてふんぞり返るな、と言いたい。それに、ジェフリーにも可愛い妹姫がいるだろう。それで我慢しておけばいい。

尤も、レイラの方が妹姫の数倍可愛いが。

「あ! あれがリリス?」

ジェフリーの指差した先に、レイラとシリルが二人で歩いていた。何故か手を繋いでいる。腹立たしい。

この場にノアが居れば、シリルの命はない。

「レイラだ。俺の妹の。」

「違うでしょ? 僕の従妹のリリスだよ。」

「レイラ・ヴィンセントだ。お前の従妹じゃない。」

僕の従妹だとジェフリーは言うが、レイラはウォーレンの妹だ。ジェフリーのではない。血の繋がりはあっても、それ以上にウォーレンの方がレイラと長く過ごしている。血なんかの繋がりに負けていない。

「隣にいるの誰? 見覚えはあるんだけど、名前と顔が一致しない。」

「シリル・フィンドレイ。護衛だ。」

「侯爵令息を護衛にしてるの? あ、フィンドレイだったね。それなら大丈夫かな。」

「話を逸らすな。」

「分かった分かった。僕もね良い歳だから、結婚しないと駄目でしょ? 今、花嫁選びしてるんだ。」

「レイラ以外の女なら誰でも良いんじゃないか?」

「一応、彼女が第一候補かな。一族の血が薄まり過ぎてるからね。混血の僕は血の濃い女性との婚姻が一番良いから。」

「お前にだけはやらん。」

美女だからと節操もなくあちこちの女に手を出しているジェフリーにだけは、誰が許してもウォーレンが許さない。レイラを心から愛して、かつ身も心も含めた全てを守れるような人でなければ渡せない。

純血だからという理由で結婚させられるなんて、レイラは嫌がるだろう。彼女は世の中を達観して見ているように見えるが、案外夢見がちなところもある。それなのに面食いのこの男は。

「君が決めることじゃない。それに『レイラ・ヴィンセント』が王子からの求婚を断れるとでも思うの?」

王族の権威を使うつもりか。この男に嫁がせるくらいなら亡命させる。それか他国の貴族とでも結婚させる。勿論、性格も能力も良い男に限定するが。

「……。」

「あれ? どこ行った?」

驚いたようなジェフリーの声にさっと視線を動かす、シリルの横にレイラの姿がない。

蒼白な顔をしたシリルが路地裏に駆けて行った。

王子を放置して後を付ける。迷いなく路地裏を駆けていくシリルは、レイラの居場所が分かっているようだ。

かなり距離をおいて尾行していた所為か、見失ってしまった。

「見失ったねぇ。相変わらず体力ないねぇ。」

「うるさい。」

距離をおいたわけではなく、体力がなくて追い付けなかった。それをジェフリーは分かっているのだ。

その場から動かずにシリルが戻ってくるのを待つ。

しばらくして、シリルがレイラを抱えて戻ってきた。

ウォーレンの姿を見とめたシリルは目を丸くした後、唇を噛んで俯いた。シリルに抱かれたレイラは身動ぎひとつしない。

「レイラ!? どうした、一体何が……。」

「申し訳ありません。私が付いていながらヴィンセントに怪我を……。」

シリルに抱かれているレイラはぐったりとしていて、首には布が巻かれ、衣服の襟には赤い血が付着している。

「誰がこんな事を?」

力なく閉じられた瞳に、浅い呼吸。青白い顔色。

怒りが込み上げてくる。誰がウォーレンの妹をこんな目に遭わせた。

ある程度、腕のあるレイラに怪我を負わせる者なんて中々いない。

「恐らく、上位の妖魔だと思われます。」

「催眠を使われたのか?」

「でなければ、ヴィンセントがこんな……。ありえません。」

悔しそうに顔を歪めたシリルは、レイラの顔を見つめてごめん、と呟いていた。

「早くレイラを連れて病院か、学院へ。」

「はい。」

一礼して、レイラを抱えたシリルは帰っていった。

最後にジェフリーを一瞥して、首を傾げていた。彼もジェフリーと同様、お互いに見覚えがあるのかもしれない。

今からレイラに怪我を負わせた妖魔を魔法使いに頼んで駆除してもらわなければ。いっそのことトリフェーンにいる全ての妖魔を狩ってもらえば良いかもしれない。

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