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永い約束と動き始めたもの

「思ったより早かったね。バートレット君。」

満足そうに微笑むメリルを見てクライヴは顔を顰めた。

「あんたが早く来いと言ったんだろう。」

「あんた、じゃなくて理事長と呼んでよ。きちんと教育してもらったんだろう? その成果を見せてもらわないとね。」

「……。ちっ。」

「はい。舌打ちしない。」

この八ヶ月間、延々と貴族としての知識と教養を詰め込まれ、なんとか形になってきてはいるが、やはりこれまでと違う生活というものは精神に負担がかかる。組織から遣わされた暗殺者を倒すのが一番息抜きになった。両親はそうならざるを得なかったクライヴに何度も謝罪してきたが、攫われたのは両親の落ち度ではないので、謝罪されるクライヴの方が申し訳なくなった。

「予定ではあと二週間はバートレット邸で過ごす予定だったのに、何故、ワタクシをこんなに早く呼ばれたのですか? 理事長。」

「何だかムカつくね。まあいい。キミを今呼んだのは、前の護衛が中々離れてくれないからだよ。ほら、そこのソファーに転がってる赤いの。あれなんとかして。」

メリルの指す方を見れば、大きな男が虚ろな目で天井を見ていた。前に見たときと違い、整えられていた髪はボサボサで別人のようになっている。なにがあったのだろう。

しかし、十四歳のクライヴにソファーに転がっている大人ミハイルをどうにかしろと言われても困る。父も母も身長は低くなかったからクライヴもそれなりに高くなるだろう。いつかは。だが、今はまだチビの部類だ。

「無理です。」

「だよねぇ。」

分かっているなら最初から呼ばないでもらいたい。

「用事がないのでしたら、ワタクシは寮に帰ります。失礼しました。」

一方的に言い捨てて理事長室から出ていくクライヴを大人しく見送ったメリルは、ソファーにいるミハイルの姿にため息を漏らす。立ち上がりミハイルの前まで移動する。右手を腰に当て、威圧するように鋭い視線で見下ろす。

「キミの居場所はもうここにはない。だから、ここに来ないでもらえるかい?」

「貴女と会えないなんて、私が平気だと思いますか?」

悲壮な表情を浮かべ、メリルを見上げてくるミハイルに、冷たい視線を向ける。心の一片も残させないように。

「いい加減、親離れしてくれ。」

「貴女を親だと思ったことなどない!」

乱暴に手首を引き寄せられ、痛いくらいの力で抱き締められる。メリルは震える腕にそっと手を置いて、宥めるように穏やかに言葉を紡ぐ。

「私はキミを保護しただけだ。昔と違って今は立派な『普通の人』になったんだ。他に目を向けてくれ。」

暗殺者として送られてくる子供を飼い慣らすのは、メリルにとっていつものことだ。たまにミハイルのように恋心を抱くものもいるが、彼女の心にあるのはただ一人の男だ。

「私をここから連れ出すのはただ一人だ。キミには出来ないよ。」

「千年以上待っても貴女を迎えに来ない男なんて忘れてください!」

「それは出来ない。私はあの人に約束したんだ。それにあいつマイペースの気分屋だから、今ごろ時間を忘れて遊んでるだけだと思う。だから、私が少しくらい待ってあげないといけないんだよね。」

落ちる前のことを思い出す。彼との結婚生活は思っていたよりも長く続けられたが、静かに終わる筈だったその幸せな生活が突然、あっけなく奪われてしまい、そこに彼を残してきてしまったことだけが心残りだったが、まさか彼までここに落ちているとは思わなかった。メリルに依存しているのは分かっていたが、後を追うほど酷いとは思わなかった。

二人とも女神に会っていなければ、存在すら分からなかった。

彼の存在を教えてくれたシトリンには感謝している。

ただ、もっと早くシトリアに来ていれば、他の人と結婚しなかったのにと思う。彼の存在を知るまでに世界各国で数人と結婚していた。それを彼が知れば、嫉妬深い彼は烈火の如く怒り狂うだろう。

「だから、ごめんね。ミハイル。」

メリル・ヴァレンティーナ・ティレットという仮面を外して、ありのままの自分の気持ちを伝える。これが何も返せない『彼女』にとって、せめてもの情けだ。


◇◆◇


「ってわけなの! 酷いよね!」

一昨日に実家から帰ってきたというドリスに呼び出され、いつもの中庭で恋愛相談のようなものを受けた。

要約すると、一昨日学院に帰ってきたドリスはその足で男子寮のアルヴィンの部屋まで向かい、アルヴィンに告白のようなものをしたが、今日会ってみたら忘れられているようだった。というものだ。

告白の前に、男子寮にどんな手を使って入り込んだのだろうか。情報科のサンドラーが目を光らせているはずの男子寮に忍び込めるなんて、ドリスに不可能はなさそうだ。

「心臓が粉々に壊れそうなくらい緊張して言ったのに、部屋に行った事しか覚えられてないなんて! そりゃ、恥ずかしくて少しだけ暈して言ったけど、貴方を手に入れるって言ったら、なんとなく意味が伝わると思うじゃない……。」

膝を抱えて苦悩するドリスを微笑ましく見つめる。

ドリスがアルヴィンを意識していることなど、ドリスの人との関わり方を知っているレイラからすれば丸わかりだった。アルヴィンにだけ水色の瞳が輝いていた。数多のモノの『記録』を見てきたレイラは恋する人の動きが分かる。だから自分の異変にも気づいたのだが。

「真正面から口説き落とせば良いんじゃないかしら? 先輩はもっと分かりやすい言葉で伝えないと永遠に気づかないと思うわ。」

「そうだよね。朴念仁だもんね……。」

よし、と両頬を叩いて気合いを入れたドリスはがつんと言ってくるね。と丁度良いところに渡り廊下を歩いていたアルヴィンの元に駆けて行った。

「なになに? 恋バナしてるの?」

上から聞こえてくる能天気な声に驚いて、ばっと木の上を見る。そこには黒髪、緋い瞳という一度見たら忘れない容姿の男がぶら下がっていた。

「ウィル……。」

「どうしたの? お嬢さん。鳩が豆鉄砲くらったみたいな顔して。」

どうしたもこうしたも、ウィラードが真っ昼間の人気の多いところに現れるとは思わなかった。それも中庭の木に洗濯物の様にぶらぶらとぶら下がっている。

「なにか用?」

「これを視てもらおうと思ってね。ここまで登ってきてもらえる?」

「分かったわ。」

枝に膝を掛けてぶら下がっているウィラードの頭がある下の枝まで登り、腰を下ろした。差し出された銀色の欠片を受け取り、力を解放する。しかし、

「視えない? どうして?」

試しにウィラードの襟を掴んで視る。女性と密着している光景が浮かんできた。レイラの力に異常はない。

視線を感じて顔を上げると、ウィラードがじっ、とレイラを見ていた。逆さのウィラードの顔はどんな表情を浮かべているのかよく分からないが、おそらく怪訝な顔をしているのだろう。口がへの字になっている。

「それはシトリンが身に付けていた装身具の欠片だよ。もしかしたら『人工物』ではなくて違うものになるのかもしれないね。」

違うものなら神の創造物なのかもしれない。それなら『人工物』のレイラには視えない。

「ごめんなさい。力になれなくて……。」

「良いよ、気にしないでお嬢さん。その代わりといってはなんだけど、たまにオレの依頼も受けてくれる?」

前に胡散臭いのが嫌で断っていたが、今はそこまでの胡散臭さをウィラードから感じない。きちんと報酬も貰えるなら受けた方が良いだろう。

「別に構いません。報酬はいくら貰えますか?」

「そうだね。じゃあ……。」

ウィラードの指は頬を撫で、唇を撫でた。嫌な予感がして、咄嗟にウィラードの髪を思いきり引っ張る。

すると、レイラが力を入れすぎたのかウィラードは真っ逆さまに落ちていった。まずいと思って手を伸ばすが間に合わない。

思わず口を開いたその時、ウィラードの体は霧のように溶け緋い霧がレイラの周りを舞う。

『いや、普通に払うから! 安心してお嬢さん。』

「すいません。やり過ぎました。」

気にするなとでもいうように緋い霧がレイラの頬を撫でた。そもそも、ウィラードが悪戯をしようとしなければ良かったのだが、さすがに逆さのウィラードの髪を引っ張るというのはやり過ぎだった。

『とりあえず、王城から適当に人工物取ってくるから、しばらく待ってて。』

「分かりました。」

王城に忍び込もうとは、ウィラードも中々やり手らしい。妖魔だから忍ぶのは得意なのかもしれない。

女関係は派手で、忍ぶ気もないようだが。

緋い霧が霧散する。あの霧がすべてウィラードだと思うと気持ち悪い。しかし、便利は良さそうだ。

「私も気配が消せるようになりたいわ。」

ぽつりと呟いてから、気分を変えるために頭を振った。

ドリス達はどうなっただろうと渡り廊下を見る。

……。

さすがに自覚させる為とはいえ、段階を飛ばしすぎではないだろうか。いや、アルヴィンにはあれくらいしないと伝わらなかったのかもしれない。

レイラの視線の先には、襟を引っ掴まれドリスの顔の位置まで顔を下ろしたアルヴィンが、ドリスに強引に口付けられている光景だった。

さすがのアルヴィンも目を見開いている。滅多に見られない珍しい表情だ。しかし、渡り廊下というのは人通りが多い。そんな場所で口付けを交わしている二人はとても注目を集めている。

(将来、結婚する人は朴念仁じゃない人が良いわ。)

語彙の少ないレイラは、愛情を巧く伝えられないだろうから。変なすれ違いで幸せな結婚生活というものを失ってしまうかもしれない。初恋は実らないというらしいのでシリルのことは学院の思い出にしようと思っている。今は好きでも将来まで好きとは限らないのだ。身近な他人で守ってくれる男の人がシリルだったというだけで、他の人でもレイラは想いを寄せたかもしれない。

(何事も慎重に選択して生きていきましょう。)

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