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彼の事情と重大な問題

「やあ。久しぶりだねお嬢さん。」

そう言って微笑んでいる男、ウィラードを無言で見上げる。

「あ、お前になんか会いたくもなかったって顔したね。さすがに傷付くなぁ。」

それは当たり前だろう。兄弟で楽しく街に出掛けていたら、急に路地から手が伸びてきて引っ張りこまれたのだ。

その上、近くの家のソファーに転がされのし掛かられもすれば機嫌が悪くなるのも当たり前だ。それがウィラードであれば尚更。

「なにか用なの?」

「しばらくシトリアから離れてたからね。挨拶しに来ただけだよ。」

「それなら、もう帰って良いかしら。」

「えー。お嬢さんはオレと会えて嬉しくないの?」

この男と会えて喜ぶ人がいるのだろうか。レイラは嬉しくない。

「嬉しくないわ。重いから退けて。」

「しょうがないなぁ。」

偉そうにレイラの上から退いたウィラードはソファーの背凭れに身体を預け、にこにことレイラを見てきた。

「いやぁ。やっぱり似てるね。ツンデレじゃなくてクーデレになった感じだけど。」

ツンデレ?なんだそれは。そういえば、しばらくシトリアから離れていたと言っていた。外国の言葉かもしれない。

「前に言ってた人のこと? あの女とか言ってた。」

「うん。かなり昔のオレの恋人。一族の中でも凄い強い力持ってたんだよね。おかげで酷い目に遭ったよ。あいつもオレも気が強くてね、いっつも口喧嘩してたし。」

妖魔のウィラードが言うかなり昔の、ということは何百年単位になるだろう。そんな昔からこの国に居着いていたのか。

「オレと別れたあと、誰かと結婚できたみたいだね。お嬢さんがいるってことは。あいつからお嬢さんまでちゃんと血が繋がっていると思うと感動するね。」

ぺたぺたと確認するようにレイラの顔面を触りながら、懐かしそうに語るウィラードは本当にその人の事を想っているようだ。ウィラードの服を視たとき不特定多数の女性と適当な付き合いがあるようだったので意外に思う。

「どうして私がその人の血を引いてると思ったの?」

「そうだね。女神の産んだ子供たちの中で彼女だけが特別だったから、かな。詳しいことは教えられないけど。口止めされてるから。」

かなり昔だ。女神の子供のひとりなら、およそ千五百年前にその人と出会ったのだろう。まさかウィラードと女神が顔見知りだったとは。妙に神の一族に詳しかったのも頷ける。

「そうだ。オレの知ってる話、教えてあげる。」

「……。」

あげる。とは偉そうな。誰もウィラードの話なんぞ聞きたくもないだろう。そう無言で考えているレイラに、長々とウィラードは語った。

「神の一族の『純血』の定義はね、神様の血が三分の一以上入ってることなんだよね。だから殆どが混血だったわけだ。女神の血が薄まれば薄まるほど能力が発現しない子供が多かったんだよ。寿命だって、血が濃ければヒト以上だった。ヒトになった女神も百年以上は生きられる筈だったんだけど、気付いたら死んでたんだよね。で、オレはそれについて調べてる。それと探し物もあるから、毎日忙しくしてるってわけ。だからお嬢さんの能力は何なのか教えて欲しい。」

「それを貴方に教えて、私にどうしろというの?」

「女神の死因と探し物の居場所を知りたい。」

「私になにか得になることがあるの?」

利益が何もないのにレイラの力は貸せない。

「裏の世界はオレのものだから、お嬢さんが欲しい情報は全部無償で提供してあげる。どうかな? 将来、使えると思うんだけど。」

「そうね。それなら教えても良いかしら。私の力は人工物よ。ヒトの手が加わっているものなら何でも視られるわ。」

将来的に、使える情報屋を手に入れておきたいと思っていた。情報を無償提供してもらえるならその方がありがたい。

「それなら早速、これを……。」

もそもそと懐からなにかを取り出そうとしたが、ウィラードは急に動きを止めて扉を一瞥し、舌打ちをした。

「誰かがお嬢さんを探しに来たみたいだ。路地裏なら見付からないと思ってたんだけど、お嬢さんの護衛は優秀みたいだね。」

忌々しそうにもう一度舌打ちをし、フードを深く被って身を翻した。扉から一番遠い窓を開け放ち、窓枠に足を掛け飛び降りようとして、何かを思い出したように振り返る。

「最後にもうひとつ。女神は言霊を使えないんだ。じゃあ、またね!」

ウィラードの姿は霧のようになり、窓の外に流れていった。

一体、ウィラードは何を伝えたかったのだろう。女神は『言葉』を使えなかった? それなら、何故レイラもアドルフも使えるのだろうか。ヒトである長の息子にその力はないだろう。となると、近親婚が多かった神の一族だ。濃すぎる血のどこかでそういった力が生まれたのかもしれない。

「無事かヴィンセント!」

蝶番を壊す勢いで扉を開いたシリルは、部屋を見回してレイラ一人しかいない事に気付くと怪訝な顔をした。

「なにがあった?」

「何も無かったです。そんなことより、先生どうして街に居るんですか?」

兄弟水入らずで楽しめばいいと、レイラを送り出したはずのシリルがなぜ街に居るのか。それと、どうしてレイラの居場所が分かったのだろう。ウィラードが言ったとおり、この場所だと見付かりにくいだろうに。

「念のため近くに居たんだが、気付いたらヴィンセントが居ないって騒いでたから探しに来た。」

「よく、ここだと分かりましたね。裏通りなのに。」

「……。勘? みたいなものだ。」

シリルの目力が増し、レイラと目を合わせてきた。何かを隠しているようだ。それを聞き出そうとしてもシリルは絶対に口を割らないだろう。

そろそろ視線を外してくれないだろうか。恥ずかしくなってきた。

「兄様たちの所に帰りましょうか。」

「ああ。そうだな。」

他愛もない会話をしながら路地を歩く。

しかし、シリルの話が終わってしまうと気まずい沈黙が流れてしまう。こんなとき何を話せばいいのだろう。

少し前を歩くシリルの横顔を見上げる。いつもレイラは何を話していただろうか。卒業式までいつも通りに過ごさなければいけないのだ。それなのに、昨日までの感覚を全く思い出せない。そんな非常に重大な問題があることに今、気付いた。

まだ早い段階で気づいて良かった。今なら二人きりなのはウォーレンたちと合流するまでだ。気付いたのが夜だったのなら、挙動不審になってシリルに勘づかれたかもしれない。

「レイラ! 無事で良かった!」

大通りに帰ると、まずノアに抱き潰された。

「何もされてない? 胸揉まれてない?」

「大丈夫よ兄様。」

頬が削ぎ落ちるのではというくらい何度も頬を擦り寄せられ、かなりうんざりしてきたところでキャロルがノアから引き剥がした。

「あまり心配させないで頂戴。こんなことなら街に来なければよかった。」

「そんなこと言わないで姉様。私なら誰が相手でも負けないわ。」

「手加減はしてあげるのよ?」

「……。ええ。」

「なにかしら、今の間は。」

もしも、ウィラードではなく暴行目的の相手だったなら手加減は出来なかったかもしれない。学院に通っているとはいえ、レイラはまだ弱い。手加減なんて高度な真似は出来ない。だからこそ、さっさと消してしまおうと思うのだが、毎回シリルに止められる。

(いつも図ったように現れるのよね。先生も神出鬼没だわ。)

そんなシリルはウォーレンと二人で遠い目をしている。

大人にしか分からないことでも話しているのか。

それとも、お互いの苦労話でもしているのだろうか。

(後で兄様の服でも視てみようかしら。)

レイラの昔の恥ずかしい話をされていたら恥ずかしくて二度とシリルの顔を直視できない。

特に、無表情になる前の話はお転婆なんて言葉で括られるものではないのだ。あれだけは誰にも話さないでほしい。墓場まで。

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