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見当の付いている感情

己の腕の中にある少女についてシリルは考える。

無表情で涙を零すレイラを思わず抱き締めてしまってからというもの、シリルはその柔らかな感覚を忘れられずにいた。

顔を赤らめてシリルの胸に額を擦り寄せるレイラはそれなりに、いやとても可愛かった。普段は無表情な彼女が恥じらっている姿を見るのは愉しい。

ただひとつ反応に困ったものがあった。

抱き締めて頭を子供にするように撫でていると、何を思ったのかシリルの腰に手を回してきた。

その時、レイラの程ほどに大きめな胸が当たった。

向かい合って抱き締めているのだから当たり前なのだが、急にレイラも女性なのだと意識してしまい。気恥ずかしかった。

そのすぐ後に、メリルからあの話を聞いていなければ意識しすぎて同じ部屋には居られなかっただろう。

この国で王族といえば、神と同等の尊い血筋だ。

それにレイラはその中でも血が濃いのだ。幼い頃から刷り込みのようにあるその考えから、彼女をどうこうしようとは誰も思えないだろう。

現にシリルも可愛いとは思うが、『妹』という括りにいれて『女性』とは思わないようにしている。

『妹』のようなものにしておけば好きなだけ触れられるだろうという下心からいろいろ好き放題している。しかし、額や首筋にキスはしても唇にはしていない。だからセーフだと考えている。レイラはあくまで『妹のような存在』だ。

ただ、たまにそれが揺らぐことがある。

満月と少女という組み合わせは、どうしても過去を思い出してしまい。あのときの恐怖と無力感を思い出すだけだった。それなのに、満月とレイラという組み合わせには不思議と恐怖を感じなかった。それどころか、月の光を纏ったレイラに手を伸ばしそうになった。確かにあのときシリルは魅了されていた。

その日の夜は、どうしてもニーナのことを思い出してしまい年下のレイラに甘えてしまった。

彼女はシリルが男性ということを忘れているのではないかというぐらい、無防備だ。シリルが胸に顔を埋めても、下心があるとは露ほども思っていないようだった。全て下心からする行動ではないが、危機感を持ったほうがいい。シリルもたまに、このまま押し倒しても抵抗しないのでは、と思うこともあるくらいだ。

本気で押し倒せば『言葉』でねじ伏せられるだろうが。

前に暴漢に襲われていた時に、止めを刺そうとしたレイラを止めたのだが、間違えて胸を鷲掴んでしまったことがある。腹に手を回そうとしたときの事故だった。平手が飛んでくるのではと覚悟したが、レイラは、

『胸を掴まれたくらいで何も変わりません。ただの肉でしょう?』

と、顔色を変えずに言った。照れることも怒ることもなく。

シリルが風邪を引いたときも、着替えさせたり体を拭いたりしたのはレイラだ。清々しいほど異性と思われていない。

その頃にレイラが仲良くなったハロルドというガキ……。貴族の子息はレイラに好意を持っているようだったが、レイラは友人が出来て嬉しいとはにかんでいた。可哀想な少年だ。

それから数ヵ月もすれば、あっという間に卒業式だ。

今年はレイラが胡散臭くて苦手と言っていたミハイルが卒業した。生徒ではあるが、同い年のミハイルが居なくなるというのは寂しいものだった。そのミハイルが長期休暇に入ってからも学院に入り浸っているのを見て卒業式の感動が半減したが。

休暇一日目は、レイラがアルヴィンとドリスと三人で出掛けて行ったので、護衛の必要がなくなり部屋でのんびり過ごしていた。

(アルヴィンの本命はどっちなんだ? フォスターじゃなくてヴィンセントならまず俺を倒してもらわないと。)

二日目はレイラを抱えてのんびり過ごした。三日目はレイラの髪を弄って過ごした。四日目は運動がてらレイラと手合わせをした。それらを繰り返している内にこんな生活があと五年だけだということが、惜しくなった。

だから、出来ることなら紫水晶アメジストのネックレスを視てほしくなかったのだが、見当はついているからとシリルの布団に潜り込んで来たレイラに視させられた。

結果は良かったと思う。レイラの本当の両親を視ることができた。

母親は綺麗な女性だった。レイラと同じ色彩に、レイラをさらに箱入りにしたような人だった。

レイラは人工物の『記録』が視られるので、箱入りに成りようがない。家族や他人の濡れ場を一瞬だけ視たときは、その後気まずくて大変だったのだと漏らしていた。

父親は、なんというか面倒くさそうな男性だった。

器量は良いが、性格に難が有りすぎる。

(ある意味、違う人に育てられて良かったのかもな……。)

その後、いつも通りレイラと戯れていると急にレイラの様子がおかしくなった。屋上に散歩に行ってくるとか、急に泣いたり、泣いたのは月のものが近い所為だと言ったり。とにかく挙動不審になった。避けられている。

(まさか、俺もルークさんと同じだと思われたのか!?)

さすがにあれと同じにされたくない。

しかし、レイラが挙動不審なのはそれではないという。

避けられた悲しみに暮れていると、甘えてきた。

レイラから抱きついてくれることなど中々ない。

シリルが思わず「可愛い」と零すと、顔を赤らめていた。

恥ずかしがるレイラはとても可愛い。紅潮した頬、潤んだ紫水晶アメジストの瞳。彼女の兄弟たちが溺愛するのも頷ける。

その姿を見てシリルはレイラにお伺いを立ててみた。

キスをしてもいいのか。もちろん唇にはしない。

すると快くとはいかないが、わざわざ訊かないでくれと言われた。愉しくてたまらない。

赤い頬に口付けて、次は耳と首どちらにしようか悩んでいると、男が浸入してきた。

「ねぇ、君。僕の天使になにしてるの?」

(僕の? こいつは何を言ってる。)

気にくわない。折角、これからお楽しみを始めるつもりだったのに中断せざるを得ない。それにレイラはレイラのものだ。

(こいつが例の『ノア兄様』か。想像以上だな。)

勢いよくレイラに飛び付いて、号泣しているノアに呆れた。二重人格者なのだろうか。

その後、ウォーレンが迎えに来なければ堪忍袋の緒が切れるところだった。危ない。

うるさいのが帰ってくるまで、いつも通り安穏と過ごしていた。レイラの挙動不審はおさまらなかったが。

(俺なにかしたか?)

だから、ヴィンセント四兄弟が揃ってからもレイラの観察を続けていた。途中、レイラもちらちらとシリルを見ていたが、目が合いそうになると逸らされた。

その後、レイラはキャロルと女性二人で話したがった為、部屋の外で待つことになった。シリルはどう頑張っても女性には成れない。女性特有の悩みがあったのだろう。

部屋の外に出るとヴィンセント二兄弟が揉めていた。

「兄さんは知ってたの? レイラが男と暮らしてるの!」

「レイラから聞いた。」

「なら、どうして連れ戻さなかったの!? 狼と四六時中一緒なんて危ないのに! それに僕からレイラを取ったら何も残らなかったよね。今からでもいいから連れ帰ろう? じゃないと仕事が手につかない! 兄さんは商会を潰したいの?」

「商会を盾に俺を脅すな。説得はレイラにしろ。」

「それを言ったら口聞かないって言われてるんだよ!」

「なら諦めろ。」

とても面倒な男だ。この男とレイラが十七年間過ごしてきたのかと思うと、まともに育つわけもないなとシリルは思う。

「ん? ねぇ変態教師、きみも追い出されたの?」

その変態教師とはシリルのことだろうか?

ぴきりと額に青筋が浮かびそうになるが根性で押さえつける。こいつ……。ノアは一応レイラの兄。生徒の家族と揉め事は起こしたくない。

「変態教師ではなく、シリル・フィンドレイです。」

「フィンドレイって、侯爵家の?」

「……。」

シトリアの南方に住んでいるノアが知っているとは思わなかった。貴族名鑑を見れば誰でも分かるが、シリルに爵位があるわけでもない。侯爵なのは父だ。その事はできるだけ学院では隠している。情報科の生徒には隠せないのが辛い。

今は兄弟三人で跡目の押し付けあいをしている。姉もシリルも領地経営なんて柄じゃない。可哀想だが、跡継ぎ《いけにえ》となるのはエリオットの予定だ。

「なら安心だね。フィンドレイ侯爵は厳格な方だと聞くし、隠し子なんて許さないはずだから。」

「そうですね。厳格な父の息子の私はレイラさんに無体な真似は強いていませんね。隠し子は出来ようもない。」

「レイラと目が合ってきみは何も思わないの? 僕でも心臓が騒いでしまうのに。」

危ない。ノアは血が繋がっていないことを知らないはずなのに、身体はきちんと嗅ぎとっている。

心臓が騒いでしまうとは、女遊びしていそうな表現だ。こんなのとレイラと一緒にしたら穢れてしまう。

シリルはレイラと目が合うと顔が緩む。それに加え、学院でレイラとこんなに目が合うのはシリルくらいだと思うとさらにニヤける。微笑みかけてくれるのもシリルだけだ。好敵手はドリスだと思っている。

「そこまでだノア。すいません愚弟が。」

「いえ、お気になさらず。」

数刻前と同じ会話をウォーレンと交わし、ノアを観察する。

喋り方といい、落ち着きのなさといい、朝に視たルークのようだ。レイラとノアの立場を交換した方が余程しっくり来る。顔はさすがに似てないが、髪色と瞳の色ならレイラよりノアの方が近い。全体的に、

「こっちの方が似てるな。ヴィンセントは絶対に母親似だな。」

押しの強いルークとそれを適当にあしらっていたアリア。レイラの性格はアリアとウォーレンを足して割ったような感じだ。ノアに似なくて良かった。

「それはどういう意味ですか? 先生。」

「え?」

シリルの小さな呟きを拾ったらしいウォーレンが詰め寄ってきた。鋭い眼光にたじろぐ。今のウォーレンなら視線で人を射殺せそうだ。

「ノア。少し待っていろ。」

「別に良いけど。どうしたの兄さん?」

「先生と話してくる。」

「へぇ、行ってらっしゃい。」

シリルに興味を失くしたのか、突っ掛かってこなくなった。代わりにウォーレンに目を付けられた。

「あの、ウォーレンさん?」

ウォーレンに強い力で腕を引っ張られ、近くの空き部屋に連れて行かれる。部屋の奥まで来るとようやく腕を離された。そして、額に仕込み杖の先が突き付けられる。

「どこまで知っている? 誰から聞いた?」

そういえば、ウォーレンはレイラのことを知っている。リリス王女の情報は機密事項だ。それを一教師であるシリルが知っているのを不審に思ったのだろう。

「理事長から全て聞いてます。」

「それなら大丈夫か。頼む。それを誰にも洩らさないと誓ってくれ。まだ潰していない組織があるんだ。」

こんなところにも害虫駆除している人がいた。確かアドルフもそのために国中を飛んで回っていた。

可愛いレイラは誰にも渡したくない。今日ノアと会って、おそらく己の抱いているであろう感情については見当が付いているのだが、気付かなかったことにした方がレイラの為だ。もちろんシリルの為でもあるが。

「俺も面倒ごとには巻き込まれたくないので、わざわざ洩らしませんよ。……。俺の顔になにか付いてますか?」

「いえ、何でも……。」

もう既に巻き込まれているのでは、というウォーレンの視線はシリルには通じなかった。

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