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昔話 Ⅰ

恋に落ちるというのはこういうことを云うのか。


◇◆◇


その日、ルークは父に付いて神殿の巫女に会いに来ていた。

次の王となる予定のルークを巫女が見たいと言った為に、貴重な休みを潰すことになった。ぶっちゃけてしまえば面倒くさい。かと言って唯一の人である巫女の頼みを断ることはできない。

だから、適当に挨拶して帰って寝ようと思っていた。

思っていたのだが……。

たまに会うアドルフおじさんの姉と聞いていたから、てっきりよぼよぼのお婆さんが出てくるのかと思っていた。

それなのに、ルーク達を出迎えたのは若い二十代くらいの女性だった。

暗めだが綺麗な金色の髪に、巫女の血筋を表す透き通った紫色の瞳、白磁のように滑らかな肌。桜桃サクランボのような愛らしい唇から紡がれる言葉はすべて特別なものに聴こえる。

「カトリーナに似たのかしら、セオドアとあまり似てないわ。」

「何を言ってるんだアリア。とても似ているだろう? 髪の色が。」

「なに言ってるの父さん。銀髪は一族全体の特徴だよ。」

神の一族の特徴は眩い銀髪に金色の瞳。例外は巫女の血筋のみだ。彼の血筋のみ暗い金髪に紫色の瞳をしている。

「ルーク君。私はアリア・シトリンよ。よろしくね。」

そう言ってアリアが微笑みかけた。その笑顔にルークは衝動的に手を伸ばす。狂気を孕んだルークの瞳にびく、と肩を揺らしたアリアの頬を両手で包む。

「ど、どうし……っ…んんっ……。」

貪るように口付ける。抵抗らしい抵抗をせず紫の瞳を見開いていた。徐々にアリアの体から力が抜けていく。

翻弄されているアリアに、何度も何度も口付ける。

そうすることで、ルークの中のなにかが満たされていくのが分かる。今までさんざんやった火遊びが霞むぐらい。身体に力が充ち満ちていく。そして、ルークが口付けを深めようとしたときだった。

「この馬鹿息子が! アリア姉さんになんてことしてんだ!」

襟首を掴まれアリアから無理やり引き離される。

不満たらたらでアリアを見つめると、頬に朱を散らせ、両手で口元を押さえていた。

真ん丸に見開かれた瞳を潤ませ、ルークを見つめている。

「なに……を……。」

「なにって、キスです。」

「馬鹿野郎! よりによって、アリア姉さんのファーストキスを奪ったんだぞ! あの姉馬鹿アドルフに怒られるのは俺なんだぞ!?」

セオドアに頭を殴られる。ルークも衝動的に無理やりキスしてしまったことは反省している。それも初めてのキスをだ。良いネタ……。ではなく大変なことをしてしまった。

それでもやってしまったからには責任を取るつもりだ。

別に、責任を取ることが目的になったわけではない。決して。

腰を抜かしているアリアの前に跪く。

「アリア・シトリンさん。私と結婚してくれませんか?」

「わ、私は無理やり、キ……そういうことをする人とは結婚しないわ!」

「一目惚れしたんだよ。私の妻は君に決めた。」

「よく考えて、私はおばさんよ! それにどうせ見た目だけでしょう。」

「年齢は関係ないよ。それに見た目だけじゃない。キスしたときに私の伴侶はアリアさんだと思ったんだ。」

感覚的なものだと言えば、アリアはわなわなと唇を震わせ、キッとセオドアを睨み付けた。その顔すら愛おしく思う。これが恋なのだろうか。

「セオドア! 貴方なんて教育してるの!?」

「俺じゃないっ! こいつの自主勉強の結果だ!」

「どんな自主勉強の結果よ! だ、だって。し、舌が……。」

「なに!? 姉さん舌入れられたのか?」

「い、い、入れられてないわ! というより、なんで入れるの!? キ、キスは唇と唇をくっつけるものでしょう?」

アドルフおじさんの姉というなら五十歳くらいのはずだが、そっち方面の知識がその程度だとは思わなかった。良い知らせだ。このまますべての初めてを貰っていこう。

「姉さん知らないのか!? 植物だろ? 視たことあるのかと……。」

「ええ、植物よ? けれど、そんなキス視たことないわ。そうよ。私は神殿から出たことないわよ。」

拗ねたように膝を抱くアリアを抱き締める。

警戒されているのか体が強張っているが、口説く時間ならたっぷりある。

ここは時が無茶苦茶な世界。巫女がいるからルーク達は外の時間に置いて行かれない。

「それなら私と結婚しましょう。私には出来た弟がいるので心配ありません。貴女とずっと一緒にいます。」

とりあえず今は、とアリアの耳に口付けた。

「ひゃっ!」

「もう、可愛い声出さないでください。私の理性を試しているんですか?」

「た、助けてセオドア!」

セオドアに向けて伸ばす手を絡め取り、手の甲に恭しく口付ける。

「父さん。そういうことだから。後は頼んだよ。」

「アリア姉さんの意思は!? どこにある!」

「すぐに落とすから問題ない。父さんには関係ないでしょ? 後は若い者でやるから出てってよ。」

「アリア姉さんは俺の四つ年上だ。」

「じゃあ、既婚者は出て行ってよ。」

動く気のないセオドアを見て、溜め息を吐く。

仕方ないとルークに怯えていたアリアを抱える。

そのまま、すたすたと神殿の奥へ向かって歩いて行く。

「嫌! 離して!」

手足をばたつかせて抵抗するアリアに微笑みかける。

「そんなに嫌がらないでください。傷付きます。」

「ご、ごめんなさい! そんなつもりじゃなかったの!」

「愛しい人に抵抗されるのは堪えます。」

「セオドア! ルーク君を医者にみ…っん……ぅ…。」

アリアが他の男に手を伸ばす姿が面白くなくて、また口付ける。そうすればアリアが、他の男の名前も呼ぶことなくルークだけを見てくれる。潤んだ紫の瞳に煽られ、角度を変えて何度も口付けた。

「父さんばかり頼らないでください。頼るなら私を頼って欲しい。」

「……っ…嫌……。」

甘ったるい顔をしたルークから顔を背け、涙を零すアリアは分かっているのだろうか、彼女の白い首筋がルークの目前に無防備に晒されているのを。

今、アリアが浮かべている表情といい、実にルークの好みだ。

堪らず、首筋に舌を這わせる。びくりとアリアの体が跳ねた。

「嗚呼、泣かないでください。キスだけじゃ我慢出来なくなる。」

ルークのその言葉に涙を引っ込めたアリアは、諦めたような顔をした後ぽつりと呟いた。

「もういいわ。好きにすれば。私は貴方を好きにならないもの。」

「そんな……。どうしてですか? 私はこんなに愛しているのに。」

「本当に好きならこんな酷いことしないもの。それに、会ったばかりの人に『愛してる』なんてよく言えるわね。」

「愛しいと思ったから言ったんだけどな。それに、今の顔すっごくオレ好み。食べたくなるよ。」

冷めた瞳で睨まれると征服したくなる。

その思いが顔に出てしまったのかアリアの瞳に怯えの色が出る。

「ねぇ、アリア。結婚しよう?」

「貴方まだ十六歳でしょう? もっと大きくなってからなら考えてあげるわ。」

子供扱いされているような気になり、こうなったら早く大人になってルークしか見えないほどメロメロにしてあげると決めた。その為に、弟を王にする準備を始めなければ。

「……。分かったよ。大人になったら迎えに来るね。僕の花嫁。」


◇◆◇


どうして、この人は私を好きなのだろう。


会って数分で無理やり口付けられた。

それも、半世紀近く奪われなかったファーストキスをだ。

初めては好きな人と。そんな風に夢見ていたのに呆気なく奪われてしまった。一体セオドアはどんな教育をルークに受けさせたのか。

アリアが物心つく頃には既に神殿の中にいた。

外の世界はたまに出るくらいで、弟やその友人くらいしか会ったことがない。

神殿と外の時間は違う。久しぶりに外に出ると幼かった弟はアリアの身長を越えていた。なんてこともあり、出来るだけ毎日外に出ていたのだが、それでも外との時間は合わなくて気付いたときには、神の一族は数人を残し全滅していた。

世間では王城で起きた大火事で死んだことになっているが、実際は違う。

いつまでも不思議に頼っている国民、そして、権力が神の一族だけに集中することを厭うた一部の民の凶行で皆、死んだ。

井戸に水銀を仕込まれ、それに一族が気付いたと分かれば大勢で乗り込んできて女子供も全員惨殺された。挙げ句に火を放ちすべてを燃やされた。

アリアにたまに会いに来ていた両親。形見だけでも拾おうと家のあった辺りを探したが何も残っていなかった。

ただ、弟のアドルフは純血の身でありながら混血の女性を愛し、周囲の反対を無視して駆け落ちしていたから助かった。

友人のセオドアとその妻カトリーナも遠く離れたジェイドに住んでいる弟夫婦に会いに行っていた。

帰ってきたアドルフは、まず王城を占拠していた賊を『力』で追い出した。その所為で『器』ではないアドルフは五日間眠ってしまったのだが。

そしてセオドアが王となった。民は王族が火事で皆死んでしまったものと思っていた為、大いに喜んだ。

そして数年後、セオドアとカトリーナの間に子供が産まれた。それがルークだ。彼が幼い頃に何度か会ったことはあるが、数年前から会っていなかった。見ない間に大きくなっていると思ったが、精神年齢は微妙だ。

母親のカトリーナはおっとりとしているように見えて、とても気の強い女性だった。あのセオドアが尻に敷かれるくらいに。

その息子がこんなに破廉恥な男に育ってしまったのは残念としか言えない。

「貴方まだ十六歳でしょう? もっと大きくなってからなら考えてあげるわ。」

執拗に口付けと婚姻を迫るルークが面倒になって、アリアが適当に言えば簡単に引き下がってくれた。こんなことなら最初から相手にしなければ良かった。マトモに相手するだけ無駄だったのだ。

「……。分かったよ。大人になったら迎えに来るね。僕の花嫁。」

諦めていないのか。いや、外の時間では五十代近いのに初心なアリアを弄んでいるのかもしれない。

「そう。なら楽しみにしてるわ。」

「っ、待っててね。すぐに貴女に相応しい大人の男になるから!」

痛いくらい強く抱き締められる。下手すれば骨が折れそうだ。暫くしてルークの力が緩み、ほっとしてルークの顔を見た。

「!」

熱を秘めた金色の瞳に息を呑む。これは、キスされる。

そう思って堅く目を閉じた。が、いつまで経っても口付けは降ってこない。アリアが恐る恐る瞳を開けると、信じられないことにルークは我慢している様だった。

唇を噛み締め、熱い視線もアリアに向けているが、何もしてこない。

「大人になるから。」

会って数十分しか経過していないが、その間に随分成長したものだ。

おそらく、わざと幼く振る舞っているようだった。なんとも得体が知れない男だ。

その出会いから神殿の時間で半年経った頃、アリアは閉ざされた世界で月を見ていた。神殿といわれても、暗い隧道の中にある異界のことだ。太陽も月も気まぐれに昇る。そのおかげで時間の感覚がない。

「アリアさま。扉の前に誰か来てます。追い返しますか?」

この男とも女とも言える容姿をしたミスカは精霊で、アリアの身の回りの世話をしている。この世界に住んでいるのはミスカとアリア、たった二人だけだ。

「扉を開いて連れてきてちょうだい。追い返しちゃだめよ?」

「承知しました。」

微かに笑ってミスカは客人を迎えに行った。どうせアリアに会いに来るのはアドルフかセオドアくらいだ。あんなにしつこく口説いてきたルークもあれ以来会っていない。

「あんなこと言ったって、若いんだもの、他の若い女の子に行くわよ。」

「酷い人だね。オレはそんなに信用ないのかな。」

まさか、と思った。こんなところに居るはずがない。考えていたから別人の声がそれに聞こえるのだ。

恐くて振り返れない。身動ぎもせずアリアは呆然としていた。

肩を掴まれ声の主と向き合う。月の燐光を纏ったその男は記憶にあるよりも身長が伸び、精悍な顔つきになっている。

「ルーク君……。」

腰に腕が巻きついてくる。以前より厚くなった胸板がアリアの体を受けとめる。

よりによって、こんな発言を聴かれてしまうなんて。この男の性格からして調子に乗るに決まっている。

「ねぇ。オレ二十歳になったから迎えに……。いや、こっちに引っ越して来たよ。」

「ど、どうして? 馬鹿なの!?」

「馬鹿じゃないよ。ちゃんと弟に仕事を頼んで来たんだ。」

「王子としての責任を放り出して! 駄目でしょう!?」

「大丈夫。弟の次に王になるから。」

「それは一体どういう……。」

そんなことより、と唇を指でなぞられる。

「もう。我慢しなくて良いんだよね?」

熱を秘めた金色の瞳にぞくりとする。この男は誰だ。発言は前に会った時と変わらないが、こんな色気たっぷりの表情はしていなかった。

「……。だ、駄目!」

「だって、アリアが大人になったら結婚してくれるって言ったよ?」

「言ってないわ! 考えてあげるって言ったの! 騙されないわよ。私の感覚だとまだ半年しか経っていないもの。」

「でも、それをちゃんと覚えてるんだね。」

まずい。更に追いつめられた気がする。

ルークのことは好きでも嫌いでもない。ただ少し苦手に思う。幼い頃はあんなに可愛かったのに。

今も満面の笑みを浮かべているが、寒気がするのは気のせいだろうか。まるで蛇に狙われた蛙の気分だ。

「大丈夫。優しくするから。」

「なにを?」

「これからのお楽しみ。」

楽しそうに笑ったルークは軽々とアリアを抱き上げ、ミスカに部屋の場所を聞いて、そのまま移動する。

嫌な予感がするのは気のせいなのだろうか。


◇◆◇


翌日、すっきりした顔のルークと声も嗄れ、足腰の立たなくなったアリアがいた。

「ごめんねアリアがあまりに可愛かったから。」

「な……にしたの。」

「夫婦になったんだから、子作りだよ。」

いつ夫婦になったのか。プロポーズのプの字も聞かなかったが。

それともあれか前にされたプロポーズのことか。

でも、アリアはイエスと言っていない。

昨晩、優しく触れられたのは覚えている。本気でアリアのことを好きなのも十分理解した。まだ絆されてはいないが。

「愛してる。」

「そう……。」

女は愛するより愛されたほうが幸せだという。

ここまでされたからにはその話を試してみるのも良いかもしれない。


◇◆◇


それから二年後、二人の間に女の子が生まれた。

髪と瞳の色は母親似で、顔立ちは父親に似た女の子。

女の子を産んでから母親は眠りにつき、母親の持っていた紫水晶アメジストのネックレスは弟であるアドルフの手に渡った。

父親は神殿から出てくることなく、赤子をアドルフに託したあと扉を閉ざした。

その赤子はリリスと名付けられ、しばしの間王女として育てられた。しかし、そのすぐ後リリス王女は消え代わりにレイラ・ヴィンセントという少女が生まれた。

それが昔の話。それがレイラのはじまり。

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